第806話 キリアの冒険者

「わふぅ! ご主人様、ギガースが動きだしたよ」

「えぇぇ! もう動き出したの?」

「わぅ、東に向かってる」


 魔導具屋のノットさんにギガース用の隷属の腕輪を注文して、出来上がるまで待つしかないと思って気を抜いていましたが、想定よりも早くギガースが動きだしたようです。

 監視していたウルトが知らせに来ました。


「ラインハルト、一緒に来て」

『了解ですぞ』


 ラインハルトと一緒にキリア民国へと移動すると、確かにギガースが移動を始めていました。


「まだ土のドームが残っているのに……なんでだろう?」

「冒険者がドーンしてたよ」

「爆剤を使ったのか、でも既に失敗したって聞いたけど、量を増やしたのかな?」

「分からないけど、ドーンは一回だけだった」


 ウルトの話では、爆剤での攻撃は一度きりで、爆破の規模も大きくなかったようです。


『もしかすると、騎士団が失敗した情報が伝わっていないのかもしれませんな』

「たまたま手に入った爆剤を使ってみたけど逆効果だった……みたいなかんじなのかな?」

『その可能性は高そうですな』


 移動を始めたギガースは、ゆっくりとした動きでフェルシアーヌ皇国の方へ歩いていきます。

 動きはゆっくりでも体のサイズが大きいので、移動速度は意外に速いです。


「冒険者は、もう打つ手無しなのかな?」

『どうもそのようですが、これでは街に誘き寄せているようなものですぞ』


 監視を行っていた冒険者たちは、散発的な魔術による攻撃を行いながら街道を東に向かって逃亡を試みています。

 ですが、攻撃は足止めにすらなっていませんし、このままでは住民が避難している街の方へとギガースを引き寄せるだけです。


「ウルト、コボルト隊のみんなと、この先の村に人が残っていないか確認してきて」

「わふぅ! 任せて!」

『ケント様、人が残っていたら、どう対処されるのですか?』

「人数次第かな。あまり大人数が残っていたら、ギガースを足止めするしかないし、少人数なら街まで送還術で飛ばしてしまおうかと思ってる」


 別にキリア民国の人を助ける義理は無いですが、それでも目の前で一般市民の命が失われるのを見たくはないです。


『ですがケント様、このままではギガースは街まで移動してしまうのではありませぬか?』

「そうだね、まだ土のドームが残っているから、その縄張りに戻るんじゃないかと期待してるんだけど……難しいのかな」


 ギガースが先程まで居た街に、何時から居座っていたのか分かりませんが、食糧となる土のドームを残している以上は、そこが奴の縄張りだと思ったのです。


「うーん……活きの良い餌の方が良いのか、それとも爆剤を使ったから脅威認定されたのかな?」

『どうやら、止まる気配は有りませぬな』


 ギガースは、冒険者を追って移動を続けていて、もう村の端が遠くに見えています。


「ご主人様、村には人は居なかったよ」

「分かった、ありがとう」


 どうやら村は既に避難を終えているようで、コボルト隊が探しても人の姿は見当たらなかったそうです。

 まぁ、土のドームを食べ終えてしまえば、次は自分達の番だと思うでしょうし、避難するのは当然ですよね。


『ケント様、村に人が居ないとなれば、ギガースは更に先に進むのではありませぬか?』

「うん、そうなったら街はパニックになるだろうね」

『よろしいのですか?』

「いや、村を過ぎても止まらなかったら、一当てしてみようかと思う」


 空から振らせた槍ゴーレムの破壊力ならば、土属性の魔力をまとっているギガースでも討伐は可能ですが、狙いが狂うと魔石が壊れてしまいます。

 ここでギガースを討伐しても、キリア民国から報酬が支払われることはないでしょうから、魔石が壊れたらタダ働きになってしまいます。


「ご主人様、冒険者が何かしようとしてるよ」

「何かって、待ち伏せでもしようと考えてるのか?」

「たぶん、ドーンだと思う」


 どうやら、爆剤を使った待ち伏せをしようと考えているようなので、様子を見に行くことにしました。

 冒険者が居るのは、村の入り口にある小屋でした。


 村に入る人間を見張るための小屋か何かなのか、小さいけれど石造りの頑丈そうなたてものです。

 街道からは二十メートルほど入った場所にあり、そこに弓を持った冒険者が三人と指示役と思われる一人が窓から外の様子を窺っています。


「弓なんかで、何をするつもりなんだろう?」

『火矢を使うようですぞ』

「そうか、爆剤を火矢で射って爆発させるつもりなのか」

『ケント様、あの道端の草に覆われている所に樽を隠しているのでしょう』


 ラインハルトの指差す方向には、街道脇に不自然に積まれた枯れ草の塊があります。


「確かに、あれに火矢を射れば火が着くとは思うけど、丁度ギガースの足が通る瞬間に爆発のタイミングを合わせられるのかな?」

『さて、それは冒険者達が、どれほど爆剤の扱いに慣れているかによるでしょうな』

「うーん……ギガースにどの程度ダメージが通るか見てみたいし、ちょっと補助するか」


 冒険者達の様子を窺っている間に、ギガースの姿が大きくなってきました。

 この待ち伏せが目的だとすれば、ギガースから逃げている冒険者達の行動も納得がいきます。


「おら、こっちだ! さっさと来やがれ、のろま!」

「今度こそ、痛い目に遭わせてやっからな!」

「頼むぞ、ばっちり仕留めろよ!」


 ギガースを煽りながら逃げて来た冒険者たちは、小屋の方にも声を掛けて、更に先へと進んで行きます。

 じゃあ、僕も準備しますかね。


 ギガースは、ズシッ、ズシッ……っと足音を響かせながら街道を歩いてきて、とうとう枯草の塊の前に足を下ろしました。

 その瞬間、小屋から火矢が射込まれ、同時に僕の光属性の攻撃魔術も枯草の塊を撃ち抜きました。


「ブォォォォォ!」


 ドーンという爆発音と共に、ギガースが大きな声を上げて街道脇へと倒れ込みました。


「やったか?」


 小屋の床に伏せていた冒険者の一人が、誰ともなしに声を掛けながら窓辺へと近付きました。

 辺りには土煙が濛々と舞い上がっていて、視界が全く利きません。


「ボォォォォォ!」


 倒れたギガースが暴れ回っているらしく、地響きが聞こえてきます。


『ケント様、少し離れた方がよろしいのでは?』

「そうだね、ちょっと離れて様子を見よう」


 影の空間に居る僕らは、土埃を浴びる心配はありませんが、それでも周りが見えないことには違いがありません。

 小屋から少し離れた場所に移動しても土埃が酷く、ギガースが暴れているらしい姿がうっすら見える程度です。


 風属性の魔術を使って土埃を吹き飛ばすと、ようやく状況が見え始めました。

 爆発の直撃を食らったはずのギガースの左足は、焼け爛れて出血しているものの原型を留めています。


 そして、石造りの小屋は叩き潰され、ギガースが冒険者の遺体を掘り出して貪り始めていました。


「やっぱり、ただ爆剤で攻撃を仕掛けても大きなダメージは通らないみたいだね」

『ギガースがまとっている魔力が問題なのでしょうな』

「隷属の腕輪を嵌めれば少しは違うかな?」

『今でも傷付けるところまではいってますから、あるいは足止めできるかもしれませんな』


 魔力の守りを消せればダメージが通るのでしょうが、普通の冒険者が隷属の腕輪をギガースに嵌めるのは困難です。


「ラインハルト、隷属のボーラの情報だけでも流した方が良いのかな? あれは魔物対策に使うものだし、大量破壊兵器って訳じゃないよね」

『そうですな、ただ、情報を流すとして、どこからどこへ流すかが問題ですな』

「確かに、僕はキリア民国には伝手が無いからなぁ……」


 四人の冒険者を腹に収めたギガースは、足が痛むのか移動を止めて、その場で丸くなって休息を始めた。

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