第805話 冒険者ケント
「こんにちは、ご無沙汰してます」
「おぉ、ケント君、久しぶりだね。もしかして、手間の掛かる注文かな?」
ギガース用の隷属の腕輪を作ってもらうために、魔導具屋のノットさんを訪ねました。
ノットさんの言う通り、手間の掛かる注文なんですが、何だか歓迎されているみたいです。
「お忙しいところを申し訳ないのですが、大型の魔物用の隷属の腕輪を作っていただきたいんです」
「以前作ったボーラではなく腕輪の方が良いのかい?」
「はい、ボーラは投擲しないといけないので、僕が使うのは難しいですし、解けてしまう可能性もあるので、今度は腕輪にしようと思っています」
「大きさは、どの程度なのかな?」
「大人が腕で輪を作る程度でお願いします」
ギガースの腕は大人が抱えるほどの太さがありますから、その程度の大きさじゃないと上手く嵌らないでしょう。
「それだけの大きさだと、単一の素材で輪を作るのは難しいね」
「隷属のボーラを作った時のように、ミノタウロスの角を削り出して鎖にするのはどうですか?」
「うん、現実的には、それ以外の方法は無いだろうね」
「勝手に決めつけてるんじゃねぇぞ」
僕とノットさんで話を進めていたら、店の裏手から野太い声が聞こえてきました。
「それ以外に方法は無い……なんて考え方をしていたら、職人としての成長が止まっちまう。考えられる限りの方法の中から、最良だと思うものを選んで仕事するのが職人ってもんだ!」
声の主は、ノットさんの父親で魔導具職人のガインさんです。
「ご無沙汰してます、ガインさん。また面倒なお願いなんですが、よろしくお願いします」
「ふん、今度は何を倒しに行くんだ?」
「またギガースなんですが、今回は少しやり方を変えてみようかと思ってます」
「それみろ、ケントだって違うやり方を摸索してるじゃねぇか。お前も職人の倅だったら、創意工夫をする心を忘れんじゃねぇぞ」
といっても、ガインさんはバリバリ現役の魔道具職人で、ノットさんは魔導具を販売する店を切り盛りしているのだから、その辺の空気感は違っているんじゃないかな。
それでも、ガインさんが表に出て来てくれたので、直接製作してもらいたい隷属の腕輪のイメージを伝えられました。
「ふん、前回と基本的には同じ構造だな」
「はい、理論的には同じものですけど、出来れば使い捨てではなく、再利用できると有難いです」
「つまり、強度を上げろってことだな」
「まぁ、前回とは使われる環境も違っているので、負荷自体は大きくないと思いますが、丈夫である方が有難いです」
前回、バルシャニアでのギガース討伐に使った隷属のボーラは、ミノタウロスの角から削り出した鎖を使っていましたが、火属性の魔術に晒された直後に水属性の魔術があたり、結果的に砕けてしまった。
今回は火に晒すこともないし、水で急冷する予定も無い。
それにキリア民国には十頭を超えるギガースが現れているそうだから、毎回使い捨てにするのは勿体ない気がする。
今のところは一頭だけ討伐する予定だが、状況が変われば他の個体も討伐することになるかもしれない。
打ち合わせを終えたガインさんは、早速工房へ戻って製作に取り掛かるそうだ。
「ケント君、ありがとうね」
「ノットさん、お礼を言うのは僕の方ですよ」
「いや、うちもラストックの復興特需の影響で注文が増えて助かっているのだけど、製作を頼まれるのは日常用途の物ばかりで、ケント君に頼まれる一点物みたいに手の掛かるものじゃないんだよ」
「なるほど、職人としての腕の振るい甲斐が無い……みたいな感じですか」
「親父は、どんな魔道具だって使う人にとっては重要なんだから、特別に手を掛けるような差別はしない……って言うんだろうけど、それでもねぇ」
「まぁ、僕もゴブリンを討伐するのと、ギガースの討伐では熱の入り方が違いますからね」
ガインさんにすれば、どんな仕事だって手は抜かない……って感じなんでしょうが、それでも力の入れ具合とか、やり終えた達成感は違ってくるのでしょう。
「そうだケント君、ミノタウロスの角って在庫持ってたりする?」
「ミノタウロスの角ですか、たぶん有ると思いますけど……もしかして品薄になってます?」
「うん、討伐をする冒険者が減って、魔石とか素材の値段が上がってきているんだ」
「あぁ、それもラストックの復興特需の影響ですね」
少し前に、クラウスさんから魔石が足りないから融通しろと言われましたが、その原因がラストックの復興特需でした。
魔の森を抜ける護衛依頼を受けられるランクが引き下げられ、割の良い護衛依頼が増えたことで討伐に出掛ける冒険者が減り、結果として魔石や素材が品薄になっているようです。
魔道具を製作するには、魔力を通しやすい魔物の角や牙、骨などの素材が必要不可欠です。
以前品薄になった時には、素材を投資目的で売り買いする人が増えたからでしたが、今回もそうした影響があるのかもしれません。
今回のギガース用の隷属の腕輪にも、多くの素材が必要になりますし、その他の品物を作るのに悪影響を及ぼさないように、手持ちの素材をノットさんに売却しました。
「えっ、以前の倍以上の値段じゃないですか?」
「そうなんだ、これでも市場価格よりも安いんだけど……もう少し払おうか?」
「いやいや、これで十分ですよ。いつも面倒なお願いしてますしね」
念のための予備を含めて二つ注文したギガース用の隷属の腕輪は、ガインさんの話だと三日で完成するそうです。
三日後に取りに来る約束をして、ノットさんの店を後にしました。
『ケント様、少し素材をギルドに売却した方がよろしいのではありませぬか?』
「そうだね、まだクラウスさんから打診されないけど、素材が倍の値段になると色んな影響が出そうだもんね」
という訳で、ノットさんの店からギルドへ向かいました。
手持ちの素材を買い取りに出して、市場の品薄を解消しようと思うのですが、そもそも何の素材が不足しているのかが分かりません。
手当たり次第に持ってる素材をドーンって出しちゃったら、間違いなくドノバンさんに怒られます。
どうしたものかと考えていると、カウンターにオットーさんの姿を見つけました。
相変わらず見た目はくたびれたオッサンですけど、頼りになるんですよねぇ。
「こんにちは、オットーさん」
「おお、ケントじゃないか、どうした?」
「ちょっと教えてもらいたいんですけど、魔物の素材で品薄のものって何ですか?」
「素材は、どれもこれも品薄じゃよ。ラストックの復興特需で需要は増えておるが、討伐に行く冒険者が減っておるからのぉ。手持ちが有るなら、少し卸していかんか?」
「はい、そのつもりで来ましたんで」
オットーさんと相談しながら、特に不足している素材を中心にして、手持ちの素材を買取に出しました。
僕が持っていなくて、特に不足しているものは、コボルト隊に捕りに行ってもらいました。
「さすがはSランクじゃな、これで市場の高騰を少しは抑えられるじゃろう」
「また時々売りに来ますよ」
「良いのか? 指名依頼の方が儲かるじゃろう?」
「そこまでガメツク儲けようとは思ってませんよ。ギガースを狩りに行く予定ですし」
「ギガースじゃと!」
「あぁ、キリア民国の話なんで、ヴォルザードには影響ありませんよ」
「ふぅ……あまり脅かすな。魔石はオークションに出すつもりじゃな?」
「はい、捕れたらですけどね」
「ケントなら問題なかろう。魔石以外の部分は、こちらに持ち込んでくれ。皮とか骨、それに腱は良い素材になるからな」
「了解です、倒したら持ち込みますよ」
買取のお金は口座に振り込むように頼んで、ギルドを後にしました。
うん、何だか今日の僕は冒険者っぽいですよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます