第802話 ダンジョン都市
キリア民国北部の街、レニグッドはダンジョンで栄えた街だ。
レニグッドのダンジョンは、ヴォルザードのダンジョンに良く似た鉱石系のダンジョンで、様々な宝石が産出される。
当然宝石は高値で取り引きされるが、レニグッドのダンジョンに潜る冒険者は、その他にも魔物から取れる素材を目当てにしている。
ヴォルザードの場合、街の西側と南側は魔の森に接していて、他の地域に比べると魔物の出没率が高い。
そのためヴォルザードでは、悪くすると逃げ場を失うダンジョンに潜らなくても、容易に魔物を見つけられるが、キリア民国で魔物を狩るのは容易ではない。
魔物の素材の中でも、魔石は魔道具の動力源として使われていて、キリア民国でも生活に欠くことの出来ない存在だ。
なので、レニグッドのダンジョンは、宝石を探す場所であるのと同時に、魔石の採掘場としての役割も果たしている。
レニグッドのダンジョンの入口は大きな洞窟で、ホールの奥に地下へ向かう通路がある。
ヴォルザードと同様に、ダンジョンの入口には頑丈な門があり、緊急時には外から内側に向かって門を閉め、魔物が溢れだすのを止める役割を担っている。
洞窟の入り口から道を挟んだ向かい側には冒険者ギルドの建物があり、その周囲には冒険者向けの宿や飲食店、歓楽街などが広がっている。
ヴォルザードは、過去にダンジョンが溢れて街に大きな被害が出た経験から、少し離れた場所に城塞都市を築いたが、レニグッドのダンジョンが溢れた記録は無い。
そのため、ダンジョンの入口に門は設けられているものの、周囲の街並みは他の街と変わらない作りとなっていた。
レニグッドのダンジョンで近年変わったことと言えば、魔物に襲われて命を落とす冒険者が減ったことだろう。
ダンジョンで一番危険なのは、袋小路のような逃げ場の無い場所へ魔物に追い込まれることだ。
腕の立つ冒険者であっても、数の暴力には押し切られてしまう場合がある。
ましてや経験の浅い冒険者などは、これまでならば成す術が無かった。
状況を変えたのは、爆剤の発明だ。
鉱山の採掘に使われた爆剤は、やがて兵器となって隣国との戦争に用いられることになるが、ダンジョンの攻略でも使われるようになった。
いわゆる、手榴弾が使われるようになったのだ。
逃げ場の無い場所に押し込められそうになった時に、手榴弾を使うことで魔物の圧力を削ぎ、反転攻勢を掛けられるようになった。
狭い通路での手榴弾の使用は、自分達もダメージを負う危険をはらんでいるが、何もしなければ食われるしかない状況ならば、使用をためらう理由は無い。
手榴弾の使用が一般的になると、レニグッドのダンジョンでは耳栓をして、ハンドサインで合図をするのが新たな常識となった。
冒険者の死亡率が下がり、更なる発展を始めたレニグッドで最初に起こった異変は地震だった。
レニグッドの周辺には火山帯は存在していないが、いわゆる地殻変動によって比較的大きな地震が起こることがあった。
その日起こった地震は、地球基準の震度では5弱程度の揺れで、商店の棚から物が落ちたりはしたが、建物には被害は出ない程度の揺れだった。
ただし、地下の洞窟状のダンジョンでは崩落などが起こっている可能性もあり、攻略に向かった冒険者の家族たちは、眠れない夜を過ごすことになった。
幸い、地震当日にダンジョンに潜っていた冒険者の多くは、無事に地上へと帰還した。
大多数の冒険者が地上に戻った一方、帰還予定日になっても連絡の取れない冒険者もいたが、それが地震の影響なのか、それとも単に魔物に襲われて命を落としたのかは分からない。
地震の発生から五日程経つと、多くの冒険者は地震のことなど忘れて、いつもと同じ様にダンジョンへと降りていったのだが……。
その日を境に、冒険者の帰還率が極端に低下していった。
そして、戻って来られた冒険者たちは、口々にダンジョンの様子がおかしいと主張した。
「あんな浅い場所にいる魔物じゃないぞ」
「普段とは数が違い過ぎる、手榴弾を使ってやっと押し戻せたんだ」
「とにかく、あちこちから悲鳴が聞こえてきて……」
これまで、上層では数頭の群れだったゴブリンが十数頭の群れとなり、中には剣や槍で武装した個体や魔法を使う個体もふくまれていた。
更には、オーガやロックオーガなど、上層では見かけない大型の魔物も現れた。
ダンジョン内部の変化に対応できた冒険者は生き残り、そうでない者達は消息不明となった。
この時点でレニグッドの冒険者ギルドは、ダンジョンへの新たな立ち入りを禁止した。
頑丈な鉄製の門を閉じ、冒険者が戻ってきた時に備えて、すぐに開けられるようにギルドの職員とベテラン冒険者が待機していたが、閉鎖後に戻って来た冒険者はいなかった。
レニグッドにとってダンジョンは生命線で、仮に立ち入りが出来ない状態が長く続けば街の存続が危ぶまれる。
立ち入りを再開するには、ダンジョン内部で何が起こっているのか確認する必要がある。
そこで冒険者ギルドは、腕利きの冒険者を選抜して、調査チームを編成することになったのだが、その人選を行っている最中に次なる異変が起こった。
ダンジョン内部から、ゴブリンの群れが上がってきて、門を突き破ろうとし始めたのだ。
門の外で待機していた冒険者達が魔法や弓矢で攻撃を行っても、ゴブリン達は止まる気配も見せずに突っ込んで来た。
門の手前にゴブリンの死体が積み重なったところで、今度はオーガの群れが現れた。
オーガの群れの中にはロックオーガの姿もあり、門に向かって体当たりを始めた。
「手を休めるな! このままだと門を壊されるぞ!」
「応援を呼んで来い! こいつら止まらないぞ!」
ゴブリンと違って、オーガは攻撃を受けても止まらずに突進し、鉄製の門を門柱ごと揺さぶった。
街に警報の鐘が鳴り響き、駆け付けた冒険者や守備隊員が門を守るために奮戦を始めた直後、ダンジョンの奥からロックオーガを超える巨体が姿を現した。
「嘘だろう……ギガースだ!」
「ヤバイぞ、攻撃を集中させろ! 門に近付かせるな!」
冒険者達の攻撃をものともせずに接近してきたギガースは、一撃で門を破壊してダンジョンの外へと出て来た。
しかも、ギガースは一頭ではなく、次から次へと姿を現して、レニグッドの街を蹂躙し始めた。
足止めしようと試みた冒険者は、ギガースの土属性魔術で地面から繰り出された土の槍に貫かれて絶命した。
かつてバルシャニアの海岸の街ライネフを一頭で壊滅させ、多くのバルシャニア兵の命を奪ったギガースが群れで現れれば、冒険者では止める術が無かった。
地上に出たギガースはレニグッドの街に留まらず、他の街へ向かって移動を始めた。
更には、ダンジョンからゴブリンやオーク、オーガなどの魔物も溢れ出した。
着の身着のままで街を追われたレニグッドの住民達は、魔物に追われるように安全な街を目指し、それを狙って魔物達も移動する。
騒動の中心地であるレニグッドの街からは人の姿が消え、魔物が支配する土地へと変わっていった。
街中に突如として魔の森が現れて、ジワジワと勢力圏を広げているようなものだ。
ダンジョンから地上に出て来たギガースは、最終的に十頭を超えた。
キリア民国の騎士団が出動し、体を丸めて休眠状態に入ったギガースの周囲に爆剤を仕掛けて討伐を試みたが倒しきれなかった。
手負いとなったギガースは猛烈に暴れ回り、キリア民国騎士団は多くの兵を失ってしまう。
現状、キリア民国政府は、その機能を完全に喪失した訳ではないが、ギガースに続いてダンジョンから溢れた魔物から逃れ、フェルシアーヌ皇国へ逃れた国民は国が滅んだという印象を抱いたようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます