第803話 ケントの対応策
数日が経過して、キリア民国の続報が届きました。
現在、バルシャニアに届いている情報によれば、ダンジョンから複数のギガースが現れて大きな被害がでているそうです。
一度は滅んだという話が届いたキリア民国の政府は、かろうじて瓦解の際で踏み止まっているようです。
ただ、ギガースとの戦闘で多くの兵士を失い、魔物を撃退する戦力が不足しているようです。
「ギガースかぁ……あんな大きな魔物が地下から現れるものかね?」
『現れてしまった以上は仕方ありませぬ。国を守るには討伐するしかありませんな』
ラインハルトの言う通り、ギガースは放置する訳にはいかない魔物です。
かつて南の大陸から海を渡ったギガースが、バルシャニアの街を一つ壊滅させたことがあります。
「でも、討伐するといっても、どうやって?」
ギガースを放置すれば被害が増える一方でしょうが、集団魔術を用いて討伐しようとしたバルシャニア騎士団は大損害を被りました。
『キリア民国には、爆剤があるのでは?』
「そうか、火薬を使えば討伐できるかもね」
そう思ったのですが、キリア民国が爆剤を使ってギガースの討伐を試み、失敗したという知らせが届きました。
『ケント様、キリアの連中は隷属のボーラのような属性魔術を防ぐ術を用意していなかったのではありませぬか?』
「あぁ、そうかも……あれが無いと土属性魔術を使った反撃を食らっちゃうもんね」
隷属のボーラは、人間の奴隷に付ける隷属の腕輪の効果を魔物にも発揮させるための魔導具です。
ミノタウロスの角から削り出した長さ一メートル半程度の鎖を三本束ねたもので、鎖を束ねる根元に隷属の腕輪が仕込んであります。
これによって、鎖が絡み付いた魔物は属性魔術を発動させられなくなります。
ヴォルザードがグリフォンに襲われた時、グリフォンが身にまとっている風属性魔術による防御を崩すために考えつきました。
バルシャニアの騎士団がギガースの討伐を試みた時にも、隷属のボーラを使っていましたが、途中で砕けてしまって効力を失ってしまいました。
キリア民国は爆剤を使ってギガースの討伐を試みたものの、仕留めきれずに反撃を食らってしまったようです。
「爆剤を使った攻撃も失敗じゃ、いよいよ打つ手無しなのかな?」
『ケント様ならば、まだ方法があるのでは?』
「まぁね。でも、それをキリアに伝えて良いものなのか考えてるところ」
キリア民国の爆剤を使った攻撃は、単に爆剤の入った樽を置いて火を着けて、爆発力によってダメージを加えようとするものです。
ですが、黒色火薬の爆発力だけではギガースを倒すのは難しいでしょう。
ただし、砲身を作って弾を撃ち出せば、今よりも遥かに貫通力のある攻撃ができるはずです。
ですが、大砲は戦争の道具になります。
大砲という考え方を伝えて、キリア民国がギガースの討伐に成功すれば、次は他国の侵略に用いる可能性は十分に考えられます。
実際、キリア民国は爆剤を使って、隣国ヨーゲセン帝国に戦争を仕掛けています。
キリア以外の国の爆剤開発がどの程度進んでいるか知りませんが、大砲や鉄砲といった武器が発展を始めれば、今よりも多くの人が戦争で命を落としたり傷ついたりするでしょう。
『なるほど、ケント様はギガースを討伐できる方法を伝えながらも、戦争によって傷付く人を増やしたくないのですな?』
「まぁ、僕が情報を流さなくても、いずれ誰かが考えだすと思うけどね」
火薬が開発されれば、鉄砲や大砲が作られるようになるのも時間の問題でしょう。
それでも戦争で使われるのが、一年でも二年でも先になってもらいたいというのが正直な気持ちです。
『それならば、コンスタン殿に相談されてはいかがです?』
「そうだね、間にフェルシアーヌ皇国があるけれど、バルシャニアにまで影響が出ないとも限らないもんね」
現状、バルシャニアはどう対応するつもりなのか、大砲とか隷属のボーラといった物を広めて良いものかコンスタンさんに聞きに行きましょう。
新コボルト隊のメンバーが、連絡を担当する人物の居場所が分かるように持たせたネックレスを使ってコンスタンさんの所へと向かいました。
バルシャニア皇帝コンスタンの姿は、帝都グリャーエフの執務室にありました。
コンスタンを支える第一皇子グレゴリエ、第二皇子ヨシ―エフの姿もあります。
「ケントです、入ってもよろしいでしょうか?」
「おぉ、丁度良いところに来た。さぁ入ってくれ」
「失礼します」
闇の盾を出して執務室へと踏み込むと、コンスタンさんは二人の皇子にも近くに来るように手招きしました。
これは、何かやらされそうな気配がしますね。
「一応聞いておくが、キリアの件で訪ねて来たのだな?」
「はい、そうです。現状どうなっているのか、今後どのような対応をされるのか、話を聞かせてもらえますか?」
「よかろう……といっても、我々も直接知り得た情報ではないがな」
現状、ギガースはそれぞれの縄張りを確保して足を止めているようです。
ギガースの動きが止まったおかげで、避難民の動きや隣国フェルシアーヌ皇国への脱出も一旦止まったようです。
「バルシャニアとしては、まだ静観している段階で、支援を送る予定は無い」
「それは、キリア民国との間にフェルシアーヌ皇国があるからですか?」
「無論それもあるが、それだけではない。キリアは自らヨーゲセンに戦を仕掛け、いまだ停戦にも至っていない。バルシャニアは地理的には離れているが、その戦については中立の立場を表明している。もしキリアが支援を求めるのであれば、まずはヨーゲセンとの停戦を成立させてからだ」
勿論、現実問題としてバルシャニアがキリアを支援するには、フェルシアーヌ皇国を通らなければなりません。
バルシャニアはフェルシアーヌ皇国と友好関係を築いていますが、仮にそれが破棄された場合、バルシャニアがキリアと手を結んでフェルシアーヌを東西から攻めるといった状況が起こる可能性が出てきてしまいます。
だからこそ、キリアが支援を受けるにはヨーゲセンとの戦争を終わらせて、他国への侵略行為は行わないという約束をする必要があるでしょう。
「では、キリアへの情報提供も控えた方が良いですかね?」
「何の情報を知らせるつもりだ」
「ギガース討伐に関する情報です」
隷属のボーラや大砲や銃についての情報などだと告げると、コンスタンさんは首を横に振りました。
「追い詰められたキリアにしてみれば、喉から手が出るほど欲しい情報だろうが、それは戦の道具としても使えてしまう。バルシャニアとしては賛成できんな」
「ですが、こうしている間にも犠牲者は増えていますよね?」
「そうだな、ケントが手助けしたいのであれば、直接討伐してしまう方が良いのではないか?」
「僕がギガースを倒してしまう事については、バルシャニアとしても問題は無いのですね?」
「全く無い訳ではないが、爆剤を用いた兵器の情報を流されるよりは遥かに良い」
「なるほど……」
後々の影響を考えるならば、僕がキリアに出向いてサクっと討伐してしまう方が良いのでしょう。
それこそ断罪の槍を降らせれば、神の御業……みたいに思うかもしれませんね。
「ケント、倒すのは構わんが、一日で全部終わらせるなよ。多くても一日一頭、できるなら数日に一頭ぐらいにしておけ」
「一日で片付けるのは駄目ですか?」
「キリアやヨーゲセン、フェルシアーヌからも警戒されるぞ」
「でも、表に出なければ分かりませんよね?」
「どうかな。フェルシアーヌの連中は、例の王位継承争いの時に、ケントが暗躍したと思っているようだぞ」
「うわぁ……そうか……」
「まぁ、奴らから見れば、ケントの属しているヴォルザードは、遥か東方の国というイメージだが、一発でも悪目立ちする攻撃をポンポン使えるとなると、身の危険を感じて接触を図ってくるか、チャンスがあれば倒してしまえと考えるかもしれんぞ」
「それって、戦じゃなくて暗殺を試みるとかですか?」
「そうだ、ケントには守るものが多いのを自覚すべきだな」
僕が暗殺者に狙われるならまだしも、唯香達を狙われるのは恐ろしい。
アマンダさんやメイサちゃん、美緒ちゃんやルジェク……今の僕には守るべき存在が沢山いる。
人助けは悪いことではないが、恩を仇で返されることに繋がりそうな行動は避けるべきだろう。
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