第798話 元女冒険者の決断
※女冒険者ロレンサの記憶を持つリリサ目線の話です。
誰かの子供として生まれれば、血の繋がりがあれば、世間的には家族だと思われるが、心の繋がりが無ければ本当の意味での家族にはなれない。
同じ時間を過ごし、同じ思いを共有し、相手を思いやって初めて家族になっていくのだ。
マールブルグの女冒険者として過ごした人生は、あまり幸せではなかった。
父親は鉱山で働く鉱夫で、酒癖の悪い男だった。
鉱山で働いていたから体は大きかったが、気の小さい男で、酒が入ると気が大きくなって、飲み過ぎを諫める嫁に声を荒げ、手をあげることもあった。
自分は危険な鉱山で家族のために頑張っている俺様に、口答えするとは何事か……というのが父親の主張だったが、稼いだ分だけ飲んでしまうから生活は苦しかった。
母親は私を近所の家に預けて働きに出ていて、その他に家でも内職をしていた。
更には、鉱山から帰って来た父親の世話をしているのに、怒鳴り散らされ、暴力を振るわれる。
子供ながらに、なんでこんな生活をしているのかと思ったほどだが、当然のように無理が祟って体を壊し、私が十歳の頃に他界してしまった。
母親の最期の言葉は、これでやっと楽になれる……だった。
父親の収入の殆どは酒に消え、働いていた母が他界すれば、当然のように生活は苦しくなる。
母親が死んだ頃は、可哀想に思った近所の人たちが食事を恵んでくれていたが、それもいつまでも続く訳ではなく、父親に食料を買う金が無いと言えば殴られた。
父親が酔いつぶれて眠り込んだ後、財布に残った僅かな金を抜き取り、それで食い繋ぐような生活が続いた。
私は父親に似て体が大きく、母親が死んで暫くした頃からは胸も膨らみ始めた。
十二歳になった頃、酔った父親に手籠めにされそうになって、思い切り股間を蹴り上げて、椅子で滅多打ちにして家を飛び出し、それきり戻らなかった。
年を偽ってギルドに登録して、冒険者の真似事を始めたけれど、当然上手くいくはずもなかった。
優しそうな顔をして近付いて来たゲス共に騙されて、何度も酷い目に遭ったが、最後には叩きのめして、それまでのツケを払わせてやった。
世の中の男が全てゲスだとは思わないが、私の近くに来るような男なんかロクなものじゃないと思って生きてきた。
だからジョーのことも、出会った当初は信じられなかった。
真面目そうな男でも、体を交えた途端に亭主気取りで指図をしてくるようになるものだが、ジョーは変わらなかった。
年も少し離れていたし、私になんか勿体ない……なんて思っている間に、下らないガキ共に殺されちまった。
そして、何の因果か女冒険者の記憶を持ったまま生まれ変わっちまった。
「リリサちゅわ~ん! パパ帰ってきまちたよぉ!」
唇を尖がらせて迫って来るシューイチの鼻面に、天使の笑みを浮かべながら拳を叩き付ける。
「ほごぉ! そうでしゅか、そんなにパパに会いたかったでしゅか」
赤ん坊の力とはいえ、的確に鼻っ柱を叩いたのだから痛くないはずがないと思うのだが、シューイチはデレデレに崩れた顔を戻す気配も無い。
まったく、親バカという言葉は、この男のためにあると言っても過言じゃないだろう。
生まれ変わった私は、ジョーとパーティーを組んでいたシューイチの娘として生まれ変わった。
一緒に組んで仕事をしていた時も、一人だけ嫁がいると言っていたのは覚えているが、あまり印象に残っていなかった。
まぁ、年の割にはシッカリしている方だろうが、それもジョーが隣にいれば霞んでしまう。
自分の父親になって分かったのだが、シューイチは家族に対して愛情が深い男だった。
私に対する愛情表現が過剰なのは困りものなのだが、嫁や嫁の母親に対しても愛情深く接しているのが良く分かる。
嫁シーリアに対しては事ある毎に愛していると囁き、嫁の母フローチェに対しては感謝の言葉を欠かさない。
依頼が終われば、真っ直ぐに家に帰ってきて、酒に酔っている姿を見るのは稀だ。
酔った時でも愛情表現が更に過剰になるだけで、声を荒げることもなく、ましてや暴力を振るうなんて思えない。
家の中には笑顔が溢れ、これが一家団欒なのだと初めて知った。
シューイチの嫁シーリアも、私に溢れんばかりの愛情を注いでくれる。
前世の母親も、私が物心つく前には愛情を注いでくれていたのかもしれないが、その頃の記憶は残っていない。
一日の大半を一緒に過ごしているから、シーリアとフローチェの母娘も数奇な運命を辿ってきたことも知った。
フローチェは、隣国リーゼンブルグの平民の娘として生まれたが、狩りの途中で立ち寄った王に見初められ……なんて言うとロマンチックだが、実際には手籠めにされて王城へと連れ去られたらしい。
お城ではさぞや贅沢な暮らしが待っているかと思いきや、他の王妃からイジメを受ける軟禁生活だったらしい。
それでも、なんとか殺されずに生き延びてきたが、腹違いの姉であるカミラ王女によって、召喚された勇者を体で篭絡するように命じられたそうだ。
最初は母親を守るために引き受けた役目だったが、いつしか二人は愛し合うようになったらしい。
数奇な運命を辿りながらも、愛娘に愛情を注いで育てたフローチェ。
その愛情を一身に受けて育ったシーリアは、私に溢れんばかりの愛情を注いでくれる。
私に母乳を与えるシーリアの慈愛に満ちた表情は、女の私が見惚れるほどの美しさだ。
この家には、愛情が満ち溢れている。
シューイチよりもシーリアよりも長く、フローチェと変わらないぐらい生きた記憶があるのに、こんなに愛情に包まれた生活は知らなかった。
これこそが家族なのだと思い知らされた。
シューイチも、シーリアも、フローチェも、何の疑いもなく私を愛してくれている。
それなのに、私に女冒険者の記憶があるなんて知ったら、三人はどう思うだろうか。
酒場でちょっかい出してきたヒヨッコ冒険者を〆て、恨みを買って刺されたら、乳房を見せて挑発して一物を切り落とす。
愛娘の中身が、そんな荒んだ女冒険者だと知ったら、間違いなく幻滅するだろう。
これだけ愛情を注いでもらっておいて、その恩を仇で返すような真似は出来ないだろう。
その人の子供として生まれたから家族になる訳じゃない。
たくさんの愛情を注ぎ、注がれ、思いを一つにして暮らしているから家族なのだ。
もう私は、女冒険者ロレンサではない。
シューイチとシーリアの愛娘リリサだ。
家族の一員として、家族の思いを壊す訳にはいかない。
私が女冒険者ロレンサだった記憶を持っていることは、決して知られる訳にはいかない。
それと同時に、家族を守るためならば、ロレンサの経験と知識を惜しみなく活用するつもりだ。
「リリサちゅわ~ん! 今日はパパとお風呂入ろうか? 綺麗綺麗しちゃおうか?」
んー……前言撤回、この男にはちょっと釘を刺しておこう。
「うきゃぁ!」
「がっ……」
またキスしようと顔を寄せてきたシューイチの顎に、抱き付く振りをして頭突きを食らわした。
顎の先をかすめるように衝撃を加えると、脳が揺れて立てなくなるらしい。
これもジョーが教えてくれた知識だ。
あとは赤ん坊らしく泣いておけば、万事OKだろう。
「ふぎゃぁぁぁ! ふんぎゃぁぁぁぁ!」
「ちょっと、シューイチ!」
「いや違う、チューしようとしたら、顎に……うちの子、天才……」
「もう、お風呂は私が入れるわ」
「ゴメンよぉ、シーリア。リリサもゴメンね」
おっと、ちょっとやり過ぎちまったか。
「あらあら、それなら三人で入ってらっしゃい。リリサの湯上りの準備はしておいてあげるわよ」
さすが、フローチェ……婆ちゃん? 孫がいるなんて思えない若さと美貌だね。
しょうがない、シューイチとお風呂に入ってやるか。
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