第797話 外部委託

 クラウスさんにチョコレートのプレゼンを行った翌日、オーランド商店を訪ねました。

 店主のデルリッツさんは忙しい方なので、面談のアポを取っておこうと思ったのです。


 開店直後に訪れたので、まだお客さんの姿は少なく、店員さんも仕事の準備をしているように見えました。

 さて、どの店員さんに声を掛けようかと迷っていると、奥からデルリッツさんの執事、ギュスターさんが現れました。


「いらっしゃいませ、ケント・コクブ様。今日はどのような御用件でしょうか」

「デルリッツさんに相談したい事がありまして、いつなら都合が良いか伺いたいのですが……」

「それでしたら、このまま奥へ……」

「いや、僕の方でも準備する物がありますので、今日の午後以降で都合の良い時間を教えていただけますか」

「ケント様からのご要望であれば、いつでも構いません。本日、主は外出する予定はございません」

「では、午後から改めて伺わせていただきます」

「はい、お待ち申し上げております」


 ザ・執事という風貌のギュスターさんに対応してもらうと、何だか僕まで背筋が伸びますね。

 無事にアポは取れたので、綿貫さんと一緒に訪問させてもらいましょう。


 昨日、クラウスさんにプレゼンをした後、サンプルを追加するためにベルロカの豆を焙煎し、磨り潰すところまでをラインハルト達に手伝ってもらってやっておきました。

 チョコレートという形にするのは綿貫さんに頼まないといけないので、その前段階の材料にする所までは僕らが担当します。


 将来的に、ベルロカの栽培と収穫、それに発酵、乾燥までの過程は果樹園で行い、焙煎から先の過程をオーランド商店などに頼もうかと考えています。

 午後からの面談では、とにかくデルリッツさんに興味を持ってもらうことが最重要課題です。


 チョコレートの可能性を分かりやすく説明するために、日本に行ってチョコレートを使ったお菓子を買い込みに行きましょう。

 まずは板チョコですが、ビターとミルクは外せませんし、アーモンドやクランチもあった方が良いでしょうね。


 プレッツェル、チョコパイ、チョコチップクッキー、それと、きのこ型とたけのこ型も忘れずに買っておきましょう。

 プレゼン用だけでなく、自宅用のも買っておかないと、後で唯香に大目玉を食らいそうですからね。


 綿貫さんには、ベルロカ百パーセントの物と、砂糖とミルクを混ぜた物の二種類を用意してもらっています。

 素材と加工後の両方を味わってもらうためです。


 アマンダさんのお店の昼の営業が終わった頃を見計らって勝手口から訪問して、僕も賄いのご相伴にあずかりました。


「なんだい、ケントの所で全部やれば儲かるんじゃないのかい?」

「まぁ、アマンダさんの言う通りなんですけど、それだとお金が回っていかないですからね」

「オーランド商店なんて大店に任せたら、そこばかりが儲かっちまうじゃないか」

「最初はそうなると思いますけど、チョコレート作りは小規模でもやろうと思えばできますし、独自色を打ち出せば後発でも商売になるはずです」

「そうなのかい、まぁ一部の人だけが儲けるんじゃなくて、大勢が潤うようにしておくれ」

「はい、そのつもりです」


 アマンダさんの店で昼食を済ませた後、綿貫さんと一緒にオーランド商店を訪ねました。

 店の奥へと進んでいくとギュスターさんが現れて、来客用の部屋へと案内してくれました。


「ようこそいらっしゃいました、ケントさん」

「お時間をいただき、ありがとうございます、デルリッツさん」


 部屋で待っていたデルリッツさんと挨拶を交わし、綿貫さんを紹介しました。


「今日は、ご相談がおありと伺いましたが……」

「はい、ちょっと先の話になりますが、ヴォルザードで新しい産業を興そうと考えています」

「ほう、それは面白そうな話ですな。是非、詳しくお聞かせ願いたい」

「具体的には、ベルロカを使ったチョコレートというお菓子を流行らせたいと考えています」

「ベルロカというと、リバレー峠の東側で採れる、あのベルロカですか?」

「はい、あのベルロカです」


 さすが商売人とあって、デルリッツさんはベルロカを知っていましたが、それを使った菓子と聞いて怪訝な表情を浮かべています。

 確かに、加工していないベルロカの実では、流行するような菓子を作るのは難しいですからね。


「実は、僕らの暮らしていた世界でもベルロカによく似た実が採れまして、菓子の材料にするのは実の部分ではなくて種の部分なんです」

「種? ベルロカの種が食べられるのですか?」

「はい、これが加工したベルロカの種です」


 発酵、乾燥の過程を終えた種を見せると、またデルリッツさんは首を捻ってみせました。


「はて、ベルロカの種は、このようなものでしたか?」

「これは、ベルロカの種を加工したものです。これを焙煎して外皮を剥き、磨り潰して使います」

「ちょっと、どのような物になるのか想像も出来ませんな」

「そう思いまして、サンプルをお持ちしました」


 闇の盾を出して、綿貫さんから受け取って影の空間に置いておいたサンプルを取り出しました。


「こちらが、素材そのもので、かなり苦いです。こちらは砂糖やミルクを加えたものですから食べやすいです」

「では、素材の方から……むぅ、これは苦い。ですが、香りは良いですね」

「砂糖を加えた方もどうぞ……」

「ほぅ、これはこれは……確かに、これならば流行るでしょう」

「いいえ、デルリッツさん、チョコレートの可能性はこんなものでは無いんです。様々な素材と組み合わせ、様々な調理法によって、無限に形を変えるんです。これから、僕らの世界で売られている菓子のほんの一部を紹介します」


 日本で買い込んできたチョコレート菓子を一つずつ説明しながら並べていくと、デルリッツさんの目の色が変わってきました。


「ケントさん、菓子に革命が起こりますよ」

「はい、そのつもりです。その中心をヴォルザードにしたいんです」

「私は、何をすれば良いのですか?」

「現状、加工したベルロカの豆の残りには限りがあります。とても商品化するだけの量はありません」

「来年ならば、その量は増やせるのですね?」

「クラウスさんに、果樹園設置の許可はもらいましたので、今年よりは量を増やせるでしょうが、ランズヘルト中に売り出す程の量は難しいです」

「結構です。全て買い取らせていただきます」

「それは有難いのですが、ベルロカの種を焙煎し、外皮を剥いてから砕いて擂り潰すのに手間が掛かります。どれだけ細かく擂り潰せるかで、出来上がった品物の舌触りが変わってきます」


 論より証拠で、製品の板チョコと綿貫さんが作ったサンプルをデルリッツさんに食べ比べてもらいました。


「なるほど、確かに滑らかさが違いますね。つまりケントさんは、加工した豆を擂り潰してチョコレートにする過程を私に頼みたいのですね?」

「そうです。僕らの世界では、大きな機械を使って擂り潰していますが、それに代わる仕組みを考えてもらえませんか?」

「それは構いませんが、開発した仕組みは全て公開しないといけないのですか?」

「いいえ、例えば、擂り潰すための石臼の形状や動力をどうするのかなど、独自の工夫をこらした部分は秘匿していただいて結構です。ただ、新規参入が可能なように、チョコレートが加工したベルロカの種を焙煎し、擂り潰した物だという事は一般公開します」

「基本的な知識は与える、その先は自分らで工夫しろということですか……なるほど」


 オーランド商店はヴォルザードで一番大きな店ですが、競争の原理が働かず一社独占のような形では、世の中に広まっていかないでしょう。

 なので先行する有利さは与えても、独占してもらいたくないのです。


「では、ケントさんはベルロカの栽培で儲けるおつもりですね?」

「うーん……特に独占するつもりは無いですし、いずれヴォルザード以外でも栽培を試みる人達は現れると思います。ただ、出来れば早めにチョコレートを使える環境を整えたいのと、同じ材料を使えばチョコレートの加工の部分で店ごとの独自性が分かりやすいかと思ったんです」

「なるほど、あくまでも競争させて広めたいのですね」

「はい、ご協力を要請しておいて申し訳ない」

「いえいえ、競争大いに結構です。競争相手がいた方が商売は面白いですからね」


 ニンマリと笑ってみせるデルリッツさんからは、百戦錬磨の商売人の風格のようなものを感じました。


「ところでケントさん、こちらのサチコさんに助言を貰うのは構いませんか? あぁ、勿論相応の謝礼はお支払いいたします」

「ええ、構いませんよ。彼女は僕よりも遥かにお菓子の知識を持ってますからね。得難い人材ですよ」

「ちょっと、国分……」

「綿貫さんは、いずれ自分のお店を持ちたいんでしょ? だったらデルリッツさんと繋がりを持っておいて損は無いと思うよ」


 綿貫さんは少し戸惑ったような表情を浮かべていましたが、一つ大きく息を吐くと覚悟を決めたようにデルリッツさんと向かい合いました。


「分かりました。私としても、早くチョコレートを使いたいので、知り得るだけの知識を提供させていただきます」

「これは心強い、よろしくお願いしますね」


 こうして、ベルロカの種からチョコレートへの加工の部分でオーランド商店の協力が得られることになりました。

 同時に、綿貫さんはチョコレートプロジェクトのアドバイザーとしてオーランド商店と契約して、破格の報酬を得ることとなりました。

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