第796話 ケントのプレゼン

 ベルロカを使ったチョコレートの試作品を持って、クラウスさんの執務室を訪ねました。

 今日は綿貫さんが一緒なので、送還術でギルドの廊下まで移動しました。


「ケントです、皆さんお茶にしませんか?」


 声を掛けてドアを開けると、机に向かって項垂れていたクラウスさんがパッと顔を上げ、ニヤリと笑みを浮かべました。


「おぅ、いいタイミングだ。丁度休もうと思ってたところだ」

「休もうと思っているのは一日中じゃないんですか?」

「ば、馬鹿野郎、俺だって真面目に仕事する時はやるんだぞ」

「はいはい、そういう事にしておきましょう」

「この野郎……で、何を持って来たんだ?」

「ちょっと前に話した、ベルロカの種を使ったお菓子を持ってきました」

「おう、そういえば、そんな話をしてたな。上手くいったのか?」

「まだ試作の段階ですけど、悪くないと思いますよ」


 用意したのは、ビターとミルクの二種類のチョコレートとホットチョコレートです。


「まずは、ホットチョコレートから味見してみて下さい」

「うん、いい香りだな……ミルクと混ぜたのか?」

「はい、クラウスさんにはちょっと甘いですかね」

「だな、俺はもう少し甘さは控えめが良いが、アンジェやリーチェはこの位の方が良いんじゃねぇか?」


 クラウスさんの言葉に、アンジェお姉ちゃんとベアトリーチェは頷いています。


「ケント、すっごく美味しいよ。これ売り出したら、絶対に流行るよ」

「味、香り、甘味……とっても美味しいです」


 ラインハルト達の手も借りて、入念にすり潰した成果が出ているみたいですね。


「こちらは、ホットチョコレートの元になった物を固めたもので、ほろ苦いのと甘いのと二種類あります」

「苦いのはどっちだ?」

「こっちです」

「どれ……うん、嫌な苦みじゃないな。これなら酒のツマミにもなるんじゃねぇか?」

「地球でも強いお酒のツマミにする人が多いですね」

「ほう、ちょっと試して……」

「お父様、まだ仕事中ですよ」


 すかさずベアトリーチェに釘を刺されましたが、その程度でへこたれるクラウスさんじゃありません。


「何言ってんだ、味見も立派な仕事だ。ほら、ケント……リーブル酒を出せ」

「もうしょうがないなぁ……一杯だけですよ」


 影の空間からリーブル酒とショットグラスを取り出して、クラウスさんの分と僕の分も注ぎました。


「うん、悪くねぇ……いや、こいつはいいな」

「うん、合いますね」


 芳醇なリーブル酒とビターチョコレートの組み合わせは、ちょっと大人な味がします。

 リーブル酒を中に詰めるのも良いかもしれませんね。


 アンジェお姉ちゃんとベアトリーチェは、やっぱりミルクチョコの方が好きみたいですが、ビターチョコも気に入ってくれました。


「んで、この試作品はサチコが作ったんだな?」

「はい、国分に手伝ってもらいながら、私が作りました」

「他にも応用が利くのか?」

「はい、地球では最も人気のあるお菓子の一つで、調理方法が無限と言っても過言ではありません」


 板チョコ、粒チョコ、アーモンドやピーナッツを混ぜたり、ケーキやクッキーの材料として使ったり、チョコレートがいかに万能な材料であるか、綿貫さんは熱く語りました。


 クラウスさんは綿貫さんの説明を聞いた後で、僕に向き直りました。


「それで……ケント、俺に何をしてもらいたいんだ?」

「ヴォルザードの街が運営する果樹園を作れませんかね?」

「お前が運営するんじゃないのか?」

「僕個人が儲けるんじゃなくて、街の新しい産業に出来ませんかね?」

「俺は構わない……というより、願ったり叶ったりだが……」


 クラウスさんは、視線をベアトリーチェに向けました。

 まだベアトリーチェには何も相談していませんが、僕としては僕ばかりが儲ける形にはしたくないんですよね。


「駄目ですかね?」

「果樹園を造成するのは、お前のところの眷属になるんだろう?」

「そうですね」

「それを街が丸ごと貰うってのも、おかしな話じゃないのか?」

「そう言われると、確かにそうですね」

「ヴォルザードに新しい産業が生まれるのは有難いが、誰かの手柄を横取りする形は駄目だ」


 正直に言うと、労働者を雇うとか、仕事の管理とか、面倒な部分は丸投げしちゃおうかと思っていたんですけど、ちょっと当てが外れた感じです。


「それに、街が運営するようになると、サチコの儲けが減っちまうぞ」

「私は、果樹園の運営とかで儲ける気はなくて、いつか自分のお店を持つときに、チョコレートを使えるようにしたいんです」

「ケントに頼んで日本から持って来た方が早くねぇか?」

「そうなんですけど……私はヴォルザードで救われたんで、少しでも街に貢献できたらいいなって思ってるんです」


 綿貫さんの夢は、スイーツの専門店を開業することであって、ベルロカの栽培で儲けることではありません。

 綿貫さんの意思を確認した後で、クラウスさんは少し考え込んでから僕に向き直りました。


「ケント、やっぱりお前がやれ」

「えっ、果樹園の運営ですか?」

「そうだ。眷属を使っても構わないし、人を雇っても構わない。とりあえず果樹園を作る許可は出すから、利益が出るところまで軌道に乗せろ」

「軌道に乗ってから街に寄贈しろってことですか?」

「馬鹿野郎、俺はそこまで悪党じゃないぞ。ちゃんと利益が出るようになって、それでも運営するのが面倒だとか、難しいと思うなら、相応の値段で買い取ってやる」

「それじゃあ、作った時点で買い取ってもらっても一緒じゃないんですか?」

「全然違うだろう。ベルロカが、こんな形に化けるなんて、ヴォルザードの人間は誰も知らない。その状態で果樹園を買い取ったら、お前がコネを使って儲けているって思われるぞ」


 ベルロカは果肉の部分を食べられますが、その為だけに栽培する価値があるかと問われれば微妙です。

 利益が出るか怪しい果樹園を街に売りつけた……なんて思われると、僕の評判が悪くなると心配してくれているようです。


「なぜベルロカを栽培するのか、ベルロカが化けたチョコレートが知られるようになれば、その価値が正しく評価されるようになる。果樹園を買い取るとすれば、その後だ」

「別に、僕は世間の評判とかどうでも良いんですけど……」

「馬鹿野郎! お前の評判は、家族の評判に繋がるんだぞ。いつまで一人身のガキでいるつもりだ!」

「うひぃ、すみません……」


 久々に、クラウスさんにマジな雷を落とされました。

 確かに、僕の評判が悪くなれば、家族も影響を受けるんですよね。


「ケント、ベルロカの種を醗酵、乾燥させた物はまだあるのか?」

「はい、まだ残ってます」

「試作したチョコレートは?」

「残ってます」

「だったら、デルリッツに売り込んで来い」


 デルリッツさんは、ヴォルザードで一番の大店、オーランド商店の商店主です。

 近頃は、近藤たちが専属の護衛みたいな形で世話になっています。


「えっ、商品にするほど大量にはありませんよ」

「分かってる。だが、来年以降なら量も用意出来るんじゃないのか?」

「果樹園からの収穫は限定的でしょうけど、他からも実を集めれば、それなりの量は準備出来るかと……」

「だったら、売り込み先を開拓しておくべきだろう。こんな商品があるんです、来年なら量を用意できますけど……みたいに話しておけば、デルリッツなら必ず食い付いてくるぞ」

「なるほど……」

「物を売り買いすることに関して、ヴォルザードでデルリッツ以上に長けている人間はいないだろう。その材料を使って、どういった商品にして、どう売り捌くか、販売に関しては奴に任せれば、すぐにチョコレートを広めてくれるぞ」


 確かに、一般の人々に広めるには、手広く商売をしている所に扱わせるのが手っ取り早いですよね。


「ただし、ベルロカをどう加工するかは黙っておけよ。種を加工したものだとだけ言っておけ」

「醗酵、乾燥させた物をチョコレートにする過程も黙っておいた方が良いんでしょうか?」

「そこは教えないと駄目だろう。というか、その過程が面倒なんだろう? サチコは、そこをすっ飛ばしてチョコレートになった物を使いたいんだよな?」

「そうです。滑らかになるように擂り潰すのが大変なんです」


 人の力では本当に大変なので、何らかの動力を使った設備が必要になります。


「だったら、材料としても売れると教えてやれ。そうすりゃ、大量に加工する工程を奴が考えるだろう」

「なるほど……分業するんですね」

「相手は生粋の商売人だ、食い物にされないように気を付けろよ」

「了解です」


 オーランド商店には、綿貫さんにも同行してもらいたいので、準備を整えてから翌日以降に出向く事にしました。

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