第795話 特産品作り

 魔の森の訓練場に作業小屋を作りました。

 ヴォルザードとラストックを結ぶ街道は安全に通行できるようになっていますが、だからといって魔の森が安全になった訳ではありません。


 街道の安全が保たれているのは、コボルト隊やゼータ達がパトロールやマーキングをして、我々の縄張りだと魔物にアピールしているからです。

 南の大陸との陸続きの部分を切断したので、大量の魔物が押し寄せて来るような事態は無くなりましたが、魔の森に暮らす魔物の数は大きくは減っていません。


 今でもロックオーガはいますし、野生のギガウルフも生息していますから、街道が安全になったからといって、舐めた装備で森に踏み入れば命を落とすことになります。

 つまり、街道から徒歩だと一日はかかる場所にある、この訓練場は今でも僕以外の人は立ち入らない場所なのです。


 ついでに言うと、誰も来ないから好き勝手なことが出来ちゃったりするんですよね。

 土地も使いたい放題だし、東京では考えられませんよね。


 作業小屋を作ったと言いましたが、御大層なものではありません。

 土属性の魔術でグワっと土を盛り上げて硬化させて、とりあえず急な雨が降って中の物が濡れない程度の作りです。


 広さは六畳間ぐらいで、中には木箱が三つ並べてあります。

 ここで何をするかと言えば、ベルロカの実の発酵です。


 ベルロカは、綿貫さんから頼まれて探した地球のカカオに似た木の実です。

 リバレー峠の東斜面に自生している物や移植した木から採れた実を使い、カカオと同様の味が再現出来るか実験してみるつもりです。


 上手く発酵させられるのか、何日発酵させるのか、そもそもカカオと同じ味になるのかなど、色々不安材料はありますが、とりあえずチャレンジあるのみです。

 発酵のやり方も、ネットで集めた情報頼りなので、現場でしか感じられない匂いとか、温度、湿度などの環境は全て手探りです。


 まずはベルロカの実を割って、中の豆を布を敷いた木箱に広げていきます。

 ネット上だと、バナナの葉に包んで発酵させるのが良いという情報が多く見られるのですが、この辺りにはバナナと同じような葉っぱが見当たりません。


 ベルロカの実は、カカオと同じ働きをしてくれるなら、将来的にヴォルザードの産業に育てたいと考えています。

 そのためには、発酵の道具として手に入らないものがあると、継続的に作業が行えなくなります。


 なので、今回は木箱&布の組み合わせで挑戦です。

 ベルロカの硬い皮の中には、白い果肉に包まれた豆がビッシリと詰まっていて、見た目の感じだとカカオと良く似ています。


 この段階で豆を割ってみると、中はカカオと同様の紫色をしています。

 ベルロカの実にもポリフェノールが含まれているのでしょう。


 豆の周りの果肉はネットリとした舌触りで、甘味が強いフルーツっぽい味がします。

 この糖分が発酵するようです。


 果肉が絡んで塊になっている豆を解し、箱の中に詰めて布を被せておきます。


「ご主人様、まだ食べられないの?」

「うん、三日から五日ぐらい発酵させて、その後は乾燥させて、焙煎して、挽いて、砂糖やミルクと混ぜ合わせて、ようやく食べられるようになるんだよ」

「大変なんだねぇ……」


 作業を手伝ってくれているマルト達は、あんまりカカオには興味が無いようです。

 そういえば、チョコレートって犬とか猫には毒なんですよねぇ。


 うちの眷属は食べても大丈夫だけど、ヴォルザードの産業にしていくならば、そうした知識も広めていかないと駄目でしょうね。

 箱の中にベルロカの豆を詰め終えたら、布を被せて一旦作業は終了です。


 豆を発酵させるのは、いくつか理由があるそうです。

 一つ目は、豆の発芽を防ぐためです。


 この豆の部分はベルロカの種なので、そのまま放置すると芽が出てしまうそうです。

 二つ目は、渋みを抜くためだそうです。


 カカオの発酵は、アルコール、酢酸、乳酸菌などが作用するそうで、その過程で豆の渋みが抜けるそうです。

 渋柿に焼酎を掛けて密封しておくと渋みが抜けますが、あれと同じなんでしょうかね。


 三つ目の理由は、カカオ独特の香りを醸成するためだそうです。

 発酵の度合いによって、香りや味わいに違いが出るそうなんですが、なにしろ素人の手探りなので、今回は発酵させられればオッケーだと思っています。


 発酵には温度や湿度も関係するそうですが、その辺りも全く分かりません。

 ちなみに、この作業小屋には通気口は有りますが、出入口が存在していません。


 僕や眷属達は影移動が出来ますから、出入口が無くても大丈夫なんですよね。

 出入口を無くしたのは、その方が温度変化が少なくて済むと考えたからです。


 翌日、発酵が始まったようで、じんわりと豆が暖かくなっていました。

 発酵中は、豆を撹拌した方が良いそうですが、これまたどの程度の頻度で行えば良いのか分かりません。


 とりあえず、三つある箱の内、一つだけ撹拌してみました。

 酸素を全体に含ませるように、下側になっていた豆が上にくるように混ぜ、また布を被せておきます。


 更に翌日、発酵が進んで色が変わってきて、温度も上がっています。

 昨日撹拌した箱の方が、若干ですが発酵が進んでいる気がするので、残り二つの箱も撹拌しておきました。


「うん、うん、ここまでは順調みたいな気がする」


 三日目、更に発酵が進んで、豆の周りについていた白い果肉はドロドロに溶けています。

 匂いは……うん、発酵だからねぇ。


 色も昨日より茶色っぽくなっています。

 発酵が終わると豆が茶色くなるということなので、もう少しなのでしょう。


 また豆を撹拌して、布を被せておきました。

 四日目、更に発酵が進み、豆が茶色くなったので、豆を一つ取り出して割ってみました。


 紫色だった豆は、茶色くなっています。


「うん、見よう見まねだったけど、何とかなったのかな……」


 豆の入った箱を送還術で訓練所近くの河原に運び、発酵を終えた豆を水洗いします。

 洗い終わった豆は、訓練場に広げたブルーシートの上に広げて天日干しします。


 うん、めっちゃ手間が掛かりますね。

 魔術とか、コボルト隊の手伝いがあるから出来ますけど、人力だと重労働です。


「あー……でも、身体強化の魔術とか使えば楽にできるのかな」


 豆を広げ終えたところで、ネロを召喚して、僕も一緒に天日干ししました。

 天日干しは一日では終わらないので、夜になったら豆を集めて自宅に持ち帰り、翌日からは日当たりの良い場所をネロに選んでもらい、自宅の庭で天日干しを続けました。


 豆がカラカラに乾いた所で、確認してもらいましょう。

 アマンダさんのお店が休みの闇の曜日に、綿貫さんに確認してもらいました。


「どう思う? まだ焙煎前だけど、いい感じじゃない?」

「うん、カカオっぽい……てか、カカオにしか見えない」

「じゃあ焙煎してみよう」


 今回は試作なので、コーヒー豆を焙煎するための取っ手付きの金網に入れて、直火焙煎してみました。

 焙煎を終えた後、外側の皮を剥いて砕き、コーヒーミルで更に細かくします。


「おぉ、チョコレートの匂いするよ!」

「いいね、あとは味だな」


 粉にしたものを、更に乳鉢で磨り潰してから湯せんして温めると、豆の脂分が溶けだしてペースト状になりました。

 早速、綿貫さんに味見してもらいます。


「どうかな?」

「うん、上出来! これ、完全にカカオ」

「よし、じゃあチョコレートの試作を手伝って。クラウスさんにプレゼンするからさ」

「いいね、ヴォルザードをチョコレートの街にしよう」


 この日試作したチョコレートは、日本のお菓子メーカーの品物に比べたら、滑らかさでも、味わいでも劣っていたけれど、ヴォルザードの未来を照らす味わいに思えました。

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