第794話 モヤモヤする思い

 夕食後、唯香とマノンにギリクの傷の状況を訊ねました。

 たぶん無いとは思いますが、何かの事情で再生治療を施すとなった場合、前情報として知っておいた方が良い……なんてのは口実ですね。


 ぶっちゃけ単純に気になっているだけです。


「それじゃあ、肩の関節から先が無くなっている感じ?」

「うん、鶏の手羽とか、骨付きモモ肉の関節部分で千切ったみたい」

「断面は刃物の傷じゃないから酷い状態だったよ」


 生身の体が関節部分で千切れている様子なんて、想像するだけでグロいから夕食の時には話題にしなかったんだけど、唯香もマノンも淡々としています。

 まぁ、守備隊の診療所で働いているから、頻繁に酷い怪我人が運ばれてくるらしく、要するに慣れてしまっているようです。


 出会った頃は、中性的で線の細いボクっ娘だったマノンも逞しくなったものです。


「唯香、処置としては、大きな血管の端を閉じて、傷口に肉を盛って皮を張るイメージ?」

「うん、私にはそこまでしか出来ないからね。というか、あの傷で魔の森の中から運ばれて来て、まだ意識があったんだからタフだよね」

「一応、血止めのポーションは持ってたんでしょ。それに、近藤達が手当てしたみたいだし」

「うん、傷口は軟膏を厚く塗って塞いであったから、ボクが洗浄したよ。応急手当としては、あれ以上は無理じゃないかな」


 近藤たちは、討伐に出掛ける時も、護衛に出掛ける時も万全の準備を整えています。

 その近藤たちが偶然通り掛かったから助かったのでしょう。


「まぁ、いずれにしても冒険者としては終わりだなぁ……リーチェ、こういう場合、街からの支援とかは無いの?」

「状況に応じてギルドから見舞金は出ますけど、今回の場合はあまり多くは望めないかと……」

「状況に応じて……っていうのは?」

「魔物の極大発生などで、街の防衛に駆り出されて負傷した場合などは、通常よりも多い見舞金が出されます」

「なるほど、それは街から半強制的に参加させられているからだよね?」

「そうです、街からの依頼の最中に負傷したという扱いです」


 魔物の大群がヴォルザードに押し寄せて来た場合、Cランク以上の冒険者は街の防衛に駆り出されます。

 まぁ、守らなければ生き残れないのですが、それでも強制的に参加させられるから、負傷時の見舞金も高くなるのでしょう。


「じゃあ、一人で魔の森に入って負傷したギリクの場合は?」

「聞いている範囲の情報から考えますと、個人の意思でパーティーも組まずに魔の森に入って魔物に襲われての負傷ですので、見舞金は気持ち程度しか出ません」

「そっか、冒険者は自己責任だもんね。少額でも見舞金が出るだけ有難いと思うべきなのかな」


 冒険者は、言うまでもなく危険を伴う仕事です。

 その代わり、魔物や山賊などの危険を跳ね除ける実力を身につけてランクを上げれば、一般的な仕事の何倍も稼ぐことが出来ます。


 特に最近は、ラストックの復興特需によって、魔の森を抜ける街道の往来が増え、冒険者の多くが護衛依頼によって潤っているようです。


「ギリクも大人しく護衛の依頼をこなしてれば良かったのに、仕事はいっぱい有るんだよね?」

「はい、最近はギルドの朝の風景が様変わりするほど依頼が入ってますよ」

「他人に頭を下げたら死ぬ……みたいなガキっぽい考えを捨てられないから、そんな目に遭うんだよ」

「ケント様もヴォルザードに来てから随分経ちますから、色んな冒険者を見たと思いますが、ギリクさんのような人は少なくないですよ」


 ベアトリーチェが言うには、冒険者は腕っ節が物を言う商売でもあるので、俺が一番強い……負けてねぇ……みたいな人が一定数居るらしいです。


「ただ、そうした人達でも気の合う仲間を見つけて、多くはダンジョンで活動するようになりますね」

「なるほど、腐れ縁みたいな仲間なら、他人に頭を下げないような連中でもやっていけるし、ダンジョンなら依頼主に頭を下げる必要も無いってことか」

「はい。ですから、ダンジョン近くの宿で冒険者相手に宝石の買い取りをしている業者さんは、そうした冒険者の気質を逆手に取って、上手くおだてて安く買い取るそうですよ」

「へぇ、それは知らなかった。面白いね」

「業者からすれば安く買い取っても、原石が大きければ一度に手にする額は大きいので、冒険者は買い叩かれたという意識を持たないようです」

「なるほどねぇ」


 前回、ギリクが偶然ダンジョンで掘り当てた原石は、どこで買い取りをしてもらったのか知りませんが、一度に大金を手にすれば気が大きくなるのは仕方ないんでしょうね。


「なるほどねぇ……」

「ケント様、ダンジョンに行かれるつもりですか?」

「えっ? ううん、そんな気は無いよ。というか、僕と眷属でダンジョンに潜ったら、お宝を根こそぎ取ってこれちゃうよ。それはさすがにマズいでしょ」


 影に潜って移動ができる僕らにとって、ダンジョンはヴォルザードの街中と大差ありません。

 魔物の群れに袋小路に追い詰められたとしても、影に潜れば逃げてこられますからね。


 それに加えて、土属性のコボルト隊やゼータたちを動員すれば、他の冒険者が掘り出す原石や鉱石なんて無くなっちゃいますよ。


「それは、ちょっと……ヴォルザードの経済全体を考えると、好ましくないですね」

「でしょ? だからダンジョンには出入りしていないんだ」

「そこまで考えていらしたのですね」

「うん……でも、うちの家計が苦しくなったら稼ぎにいくかも」

「その可能性は低いですね。先日も魔石の売却でギルドから振り込みがあったばかりですから」

「あれっ? まさかギリクが一人で魔の森に入ったのって、魔石不足が関係してたりするのかな?」

「それは無いと思います。ケント様が売却した分で、当面の魔石不足は解消されたはずです」

「だよねぇ、なんで一人で魔の森に入って、ロックオーガ二頭と戦ってたんだ?」

「急に襲われたんじゃないですか?」

「ロックオーガって、ただでさえ大きいオーガよりも更に大きいんだよね。ましてや、それが二頭もいたら、ちゃんと周囲を警戒して行動していたなら、普通は先に気付くと思うんだよね」


 ロックオーガは危険な魔物ですが、先に発見できれば回避できる魔物でもあります。

 というか、魔の森に入るならば、ロックオーガやオーガ、オークなどの大型な魔物と鉢合わせになったりしないように警戒するのが常識です。


 一人で魔の森に入って、ロックオーガ二頭と戦闘になるなんて、常識はずれな行動の結果としか思えません。


「ケント様、もう気になさらなくてもよろしいのでは?」

「うん、そうなんだけど、なんか気になるんだよなぁ……」


 どうにも、胸の中のモヤモヤした気持ちが収まらず、ちょっと夜のギルドに出掛けました。

 もう帰ってしまったかと思いましたが、職員用のスペースには明かりが灯っていました。


 机に向かっているのは、当然のようにドノバンさん一人です。


「こんばんは……」

「ギリクの件か?」

「はい」

「出て来い、ちょうど茶を飲もうと思っていたところだ」


 なんだか、ドノバンさんにしては珍しく疲れた表情をしていますね。


「タツヤとカズキが魔石の買い取りのついでに報告していった」

「うちにはジョーが知らせに来ました」

「ふっ、さすがにマメだな」

「有難いですよ」


 ドノバンさんは、お茶の支度をしながら大きな溜息をつきました。


「どこで道を間違えやがったのかな」

「期待してたんですか?」

「冒険者は何だかんだ言っても腕っ節が必要だからな」

「でも、最低限の常識とか判断力は必要ですよね」

「それは追々身に付くだろうと思ったんだがなぁ……」


 ドノバンさんの話では、昨日の夜もギリクはギルドの酒場で管を巻いていたそうです。

 しかも、ドノバンさんが仕事を終えて帰る時、若手の冒険者と口論になった挙句、酒場から叩き出されていたそうです。


「さすがに見かねて、何やってんだと声を掛けたんだが……うるせぇ、今日は酔ってたからだ、俺は負けてなんかいねぇとかぬかして帰っていきやがった」

「そんじゃ、泥酔した翌日に魔の森に入ったんですか?」

「どうかな、足元が危うくなる程は酔ってなかった気がするがな……」

「酔ってなくても若手に負けるほど鈍っていたんですか?」


 ドノバンさんは、無言で頷いてみせました。


「これから、どうするんですかね?」

「さぁな、おれはギリクの親じゃないし、奴の面倒ばかり見ていられる訳じゃないからな」

「片腕になっても出来る仕事ってあるんですか?」

「片腕じゃ難しい仕事もあるが、片腕でも出来る仕事はいくらでもある。そんなものは本人のやる気次第だ」

「手を差し伸べるつもりは無いと……」

「ケント、やつはガキじゃないんだぞ。お前よりも年上の成人だ。助けてやりましょうかと声を掛ける方が失礼ってもんだ」

「確かに……」

「お前から関わる必要は無い、放っておけ」

「分かりました」


 この夜、ドノバンさんが淹れてくれたお茶は、いつもより渋く感じました。

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