第790話 冒険者の明暗(前編)
※今回は近藤に弟子入りしたオスカー目線の話になります。
「おいおい、ちゃんと動けんのか?」
「だ、大丈夫です」
苦笑いを浮かべたタツヤさんに聞かれたので、胸を張って答えたが、正直に言うとあんまり大丈夫ではない。
ジョーさんと一緒にトレーニングをした翌日、朝から魔の森での魔物の討伐に同行しているのだが、体のあちこちが筋肉痛で悲鳴を上げている。
ギルドで聞いた話では、最近魔物討伐に出かける人が減り、魔石の買い取り量が減っているそうだ。
買い取りの量が減れば、当然価格が上がってくる。
今なら同じ魔物を討伐しても、いつもよりも良い稼ぎになるのだが、ジョーさん達の目的は割り増しされた買い取り金額ではない。
パーティ―四人が、それぞれ工夫を重ねている戦闘技術を実戦で試す場であり、互いの実力を確認するためでもある。
「ジョー、ちょっと索敵を試させてくれ」
「いいぞ」
ジョーさんに声を掛けたタツヤさんは、両手を地面につけて目を閉じた。
土属性の魔術を使った索敵を試しているそうだ。
タツヤさんは目を閉じたままジッと動かずに集中していて、その間他の三人は無言で周囲を警戒していた。
「はぁ……上手くいかねぇな」
目を開けて立ち上がったタツヤさんは、手に付いた土を払いながら溜息を洩らした。
浮かない表情のタツヤさんに、ジョーさんが声を掛けた。
「タツヤ、どう駄目なんだ?」
「頭に入ってくる情報が多すぎて混乱する。ジョーは、どうやって制限を掛けてるんだ?」
「そうだな、まずは方向だな。全周を一度に索敵しようとすると無理が生じるから、慣れるまでは前だけとか、右だけとか、方向を限定してた」
「なるほど、四分割にすれば情報量も四分の一、八分割なら八分の一か。他には?」
「他は方向と似てるけど距離の限定、それと大きさの限定だな」
「あぁ、大きさの限定はやってるけど、なんつーか慣れないとぼやけるよな」
「そうそう、大きさのフィルタリングが安定しないと像がボケて分かりにくいんだけど、それは繰り返しているうちに安定してくると思うぞ」
「そうか、訓練あるのみだな」
ジョーさんとタツヤさんの会話を聞いていても、半分ぐらいしか理解できない。
それでも、僕もタツヤさんと同じ土属性なので、話を聞いていて損は無いはずだ。
「それとタツヤ、索敵している時、目は開けてた方がいいぞ。周りに仲間が居る時なら良いけど、一人の場合は目は開けておいた方が安全だ」
「あー……そうか、うん、そうだな……でもなぁ……」
「そこも慣れだと思うけど、最初から慣れておくか、索敵に慣れてから目を開ける練習をするか……どっちにしても、最終的には目を開けて索敵できるようにした方がいいぞ」
「そうだな、いずれ目を開けるとして、今は目を閉じた状態でクリアーに索敵出来るようにするよ。目を開けるのは意識しておく」
ジョーさんとタツヤさんの話が一段落したところで討伐を再開する。
先頭はカズキさん、その後ろにシューイチさんとタツヤさん、その後ろに僕とジョーさんの隊列だ。
「ジョーさん、もしかして今も索敵してるんですか?」
「やってるぞ、後ろには目が無いからな」
驚いたことに、ジョーさんは後方の様子を風の魔術で監視しているそうだ。
「索敵って、どんな感じでやってるんですか?」
「そうだな……ふぁ~っと吹かせて遮る奴をビビって捉まえる感じだ」
「はぁ……」
昨日、魔術の使い方を聞いた時も、ヒュッてやって、ズバッ……なんて感覚的な説明しかしてくれなかったので、冒険者として手の内を見せたくないのかと思ったが、そうではないらしい。
魔術のアドバイスをしてくれたケントさんの説明がそんな感じらしく、ジョーさんも体得するまで時間が掛かったそうだ。
ケントさんの助言を元にして魔術の使い方を体得したけど、理屈ではなく感覚的に覚えるしかなく、理論的な説明は難しいそうだ。
「ふぁ~で、ビビ……ですか?」
「そうそう、土の感覚は俺には分からないからタツヤに聞いた方がいいぞ」
「はい、そうします」
この後、タツヤさんに聞いてみたら、ザーっと広げてポーンって感じだと言われた。
分からない、全然分からない……この人たち天才すぎる。
色々な技術を試しながらの討伐なのに、危ないと感じる場面は殆ど無い。
唯一、危ないと感じたのは、僕が単独でオークと対峙した時だけだ。
僕の戦闘技術をあげるために、四人が条件を整えてくれた。
三頭の群れだったが、一頭はシューイチさん、もう一頭はカズキさんが引きつけて分断してくれた。
「ビビるな! 相手を良く見ろ!」
「は、はい!」
「足から狙え、動きを止めて削っていけ!」
「はいっ!」
ジョーさんの指示に従って、なんとかオークが動かなくなるまで追い詰めたが、止めはカズキさんが風の魔法で首筋を切り裂いて刺した。
正直、自分で止めを刺したかったが、オークは死んだふりをするから駄目だと言われた。
致命傷を与え、完全に死んだのを確認するまでは、離れた距離からの攻撃でやれと言われた。
確かに、それをやっていれば、かつてパーティーを組んでいたルイーゴも、断末魔のオークに襲われて死なずにすんだのだろう。
「オスカーは、何か飛び道具とか持っておいた方が良いな」
「飛び道具って言われても……」
「タツヤ、投げナイフを教えてやれよ」
「おぉ、いいぞ」
タツヤさんが腰の革袋から取り出したのは、変わった形の黒いナイフだった。
「投げてみな。先に重心を作ってあるから、的に向かって腕を振り下ろして放すだけでいい」
「はい……あっ、結構重たいんですね」
「じゃないと刺さらないからな。身体強化も使って、思いっきりやってみ」
「はいっ!」
カズキさんが止めをさしたオークの死体に向かって思いっきり投げると、ナイフは刃の半分以上が突き刺さった。
「これ、投げやすいですね」
「だろう? 何度も試して、やっとこの形に辿り着いたんだ」
「えっ、タツヤさんが作ったんですか?」
「おう、最初は手で形作ってから硬化させてたけど、今はサクサク作れるぜ」
そう言ってタツヤさんは地面に右手をつくと、まるでそこから拾い上げるように投げナイフを作ってみせた。
「凄い……凄いですね」
「まぁ、慣れだよ、慣れ。てか、さっさと魔石を取り出しちまえ」
「あっ、はい! すぐやります」
三頭のオークから魔石を取り出したら、少し離れた場所まで移動して、血の匂いに引かれて近付いてきたゴブリンの群れを待ち伏せで倒し、魔石を取り出したところで午前の討伐を終えた。
オークとゴブリンの死体から、十分に離れたところで昼の休憩を取った。
食事はオーランド商店が開発中の携帯食で、これまでの物と比べると格段に美味しい。
お茶は、ジョーさんが不思議な形の水筒から分けてくれたのだが、朝入れて持って来たはずなのに湯気が立つほど温かかった。
「ジョーさん、午後はどうするんですか? さっきの場所に戻りますか?」
「いや、あの場所にあれ以上死体を増やすのはマズいから、別の場所で討伐する。まだ試したいこともあるしな」
僕は自分の分のオークに手一杯で見られなかったが、シューイチさんもカズキさんも、担当したオークを魔術だけで瞬殺していたらしい。
それでも二人とも改善の余地があると言っているのだから、全然追いつける気がしない。
昼食後は、しっかり休憩した後でヴォルザード方面に戻りながら獲物を探した。
隊列は、ジョーさんが先頭、二列目に僕とタツヤさん、後方がシューイチさんとカズキさんの順だ。
歩き始めて少しした所で、ジョーさんが止まれのハンドサインを送って来た。
「前方で戦ってる奴がいる、動いているから分かりづらいが、ソロみたいだ」
「どうする、迂回するか?」
タツヤさんの問いに、いつもは即決するジョーさんが少し考え込んだ。
「ちょっと気になるから距離を詰めてみよう。二対一みたいなんだが、手間取ってるみたいだ」
一人で魔の森に入るなんて、余程腕に覚えのある人か実力を過信しているかのどちらかだ。
ジョーさんを先頭に距離を詰めていくと、木立の間を動き回る三つの影が見えた。
「ヤバい、ロックオーガだ!」
単独の冒険者が戦っていたのは、特徴的な赤銅色の大きな体を持つロックオーガだった。
「ぐはぁ……うがぁぁぁぁ!」
ロックオーガに掴まった冒険者が、腕を引きちぎられるのが見えた。
「オスカーは待機! 鷹山、一頭頼む、いくぞ!」
冒険者が先に戦闘を始めた魔物を討伐するのはマナー違反とされているが、冒険者が明確な窮地に陥っている場合はその限りではない。
ジョーさんたち四人は、ロックオーガを恐れることなく走りだした。
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