第783話 新しい鉱脈

 ワーウルフの眷属イチロウが言っていた『臭い山』は、旧カルヴァイン領の鉱山がある山を登り、急峻な尾根伝いに進んだ先にありました。

 針葉樹が生い茂っている場所もありますが、露出した岩肌は赤茶けて見えます。


 一般的に鉄分を多く含む岩石は、風雨に晒されると酸化して赤く見えます。

 まだ鉱石を詳しく調べた訳ではありませんが、これは結構期待出来るんじゃないんですかね。


「この辺りの山全体が鉄鉱石の鉱脈だとしたら、凄い埋蔵量じゃないかな」

「どうですかボス、お役に立ちそうですか?」

「まだハッキリと言い切れないけど、可能性はあるね」

『ケント様、鉱山としての可能性は……』

「分かってる、みなまで言わないでラインハルト」


 鉄を豊富に含む鉱脈があるかもしれませんが、問題はどうやって辿り着くかです。

 ぶっちゃけると、僕らは歩いて登ってきたわけではなく、見えている所を目標に設定して影移動で進んできました。


 鉱脈としては有望かもしれませんが、ここまで辿り着くには大きな困難を伴います。

 それに、鉱山として機能させるには、掘り出した鉱石を運び出さなければなりません。


 登山家が装備を整えて登るような場所では、鉱山として機能させるのは難しいでしょう。


「ちょっと、空から見てみるよ」


 影の空間に体を残して、星属性魔術で意識を空へと飛ばします。

 もう一度、旧カルヴァイン領の鉱山から稜線を辿ってみますが、険しいという印象しかありません。


 旧カルヴァイン領の鉱山へは、麓の街並みから一本道が続いていますが、鉱山の入口の少し先までしか続いていません。

 その先は獣道があるだけで、殆ど人間が足を踏み入れた痕跡も残っていません。


「こっちへ回り込んで……いや、駄目か。逆からだと……こっちの崖が立ち塞がるのか」


 道を通すルートを探ってみても、かなりの難工事になりそうな所ばかりです。

 ただ、日本と違って、こちらの世界には魔術があります。


 土属性を使う、バルシャニアの工兵部隊のような集団ならば、あるいは道を切り開けるかもしれません。


「ただいま」

『どうでした?』

「うん、絶対に不可能ではないけど、かなり厳しいね」

『やはり、無理ですかな』

「その判断は、鉱石を持ち帰って専門家に見てもらってからにしよう」

『そうですな。我々ならば、先に辿り着いて採掘できますな』


 鉱石の質が悪ければ、道を切り開く意味なんてありませんが、良質な鉱石が大量に埋まっているなら、道を切り開く方法を摸索すべきでしょう。

 とりあえず、問題の山へと移動して、召喚術を使って功績を切り出します。


「うわぁ、近くで見ると本当に真っ赤だ」


 山肌を形作っている岩石は、まるでレンガのような色をしています。


「どれどれ……召喚」


 表面からレンガぐらいの大きさに岩肌を切り抜いてみると、赤いのは表面から一センチちょっとで、中側は金属っぽい光沢があります。


「おぉ、なんかモロに鉄って感じするね」

『これは、相当鉄の含有量が高いようですな』


 表面から一メートル、十メートル、二十メートルと場所を変えて採掘してみると、深い所から切り出した鉱石は、更に金属光沢が増しているように見えます。


「これは、相当純度が高そうに見えるけど……どこで鑑定してもらえば良いんだろう」

『ケント様、とりあえずディートヘルム殿下に託されてはいかがです?』

「そうだね。じゃあ、アルダロスに戻ろう」


 リーゼルトを目印にしてアルダロスへと移動すると、ディートヘルムは宰相のトービルと何やら打ち合わせを行っているようです。

 話の邪魔をしたら申し訳ないので影の空間から覗いていると、どうやら旧カルヴァイン領の復興について話し合っているようです。


 何しろ、住民全員が魔物の餌食となってしまっていますし、鉱山の経営に詳しい人間も例外なく犠牲となっています。

 更には坑道が、あちこちで崩落している状態ですから、復興は簡単ではないでしょう。


 それでも、リーゼンブルグ王国の鉄を支えている鉱山ですから、放棄してしまう訳にもいきません。

 どこから人を集めるのか、そして鉱山の経営はどうするのか、二人とも頭を悩ませているようです。


 こんな所に新しい鉱山の話なんて持っていったら余計に混乱しそうですが、元の鉱山の立て直しと両方をやろうとすれば更に人員が必要となります。

 やっぱり、早めに知らせておいた方が良さそうです。


 二人の話が行き詰ったところで、闇の盾を通って執務室へ足を踏み入れました。


「どうも、お疲れ様です」

「これは、魔王様。この度は色々とお世話になりました」


 またディートヘルムが跪きそうになるのを止めて、情報の擦り合わせから始めます。


「もうワーウルフの討伐が終わったのは聞いてるのかな?」

「はい、レイスとなったアーブル・カルヴァインが操っていたことも聞きました」


 ディートヘルムに付いているリーゼルトは、旧カルヴァイン領との連絡役も果たしていますし、コボルト隊からの情報も仕入れています。

 アーブルはリーゼンブルグ王国にとって因縁深い相手ですし、僕の近くにいるマルト達からも情報が伝わっているようです。


「少し覗かせてもらったけど、やっぱり人員に苦労してそうだね」

「はい、住民が全員犠牲になってしまっていますし、いわく付きの街に積極的に移住したいと思う者は多くありません」


 確かに魔物に襲われて全滅した街に移住なんて、あまり気分の良いものではないですね。


「正直に申し上げて、復興にどれほどの時間が掛かるか予想もできませんし、かと言って鉄が無くては国全体が困ってしまいます」

「その鉱山の件なんだけど、ちょっとこれを見てもらえるかな?」

「これは……かなり鉄を含んだ鉱石に見えますが」


 ディートヘルムが目配せすると、トービルも大きく頷いてみせました。


「これは、旧カルヴァイン領の鉱山よりも更に山奥に行った所から採ってきたものなんだ」


 新しい鉱山として有望な山を見つけた経緯を説明すると、ディートヘルムたちは身を乗り出して聞き入っていました。


「魔王様、この鉱石はいただいても構わないのでしょうか?」

「いいよ、そのために持って来たんだしね」

「ありがとうございます。トービル、すぐに調べさせてくれ」

「かしこまりました」


 トービルは四つのサンプルを持って行こうとしましたが重すぎて持ち上がらず、警護の近衛騎士を呼んで運ばせました。

 王室付きの学者に調べさせて、鉱山としての可能性を確定させるようです。


「素人目だけど、かなり有望だとは思う」

「問題は場所ですね?」

「かなりの難工事になると思うし、今ある鉱山の修復と両方は出来ないんじゃない?」

「そうですね。正直難しいと思いますが、今ある鉱山は別ルートを使って採掘するという方法が使えないか検討させています」

「なるほど、それなら今までの行動を直すよりも早そうだね」

「はい、知恵を絞って一日でも早く鉄の生産を再開したいと思っています」


 カミラの跡を継いだ頃は、まだ少し受け身な感じがしていたディートヘルムですが、先程のトービルとの話し合いでも積極的に自分の意見を述べていました。

 それだけ知識も付いてきたし、自分が国を立て直すんだという強い意思が感じられます。


 トービルが戻ってくるまでの間、星属性の魔術で上空から偵察した情報を紙に描いて伝えました。

 新しい鉱山として活用するかどうかは、僕が持ってきたサンプルだけでは決められないでしょう。


 いずれ現地まで足を運んで、鉱脈の範囲などを調査してからでないと、道を切り開く計画を立てられないでしょう。


「詳しい調査は専門家に任せるよ。調査の結果、鉱山として開発する事になったら、道を切り開く手伝いをするよ」

「ありがとうございます。復興させるにしても、新しい鉱山を開発するにしても、短期間では終わらないでしょう。またご協力をお願いするかもしれません、その際はどうかよろしくお願いいたします」


 ディートヘルムは、旧カルヴァイン領にいる王国騎士にも指示を出して、坑道の魔物の討伐と平行して、現地までのルートを確保出来るか調査させるようです。

 どこを通れば比較的楽に着けるのか、僕ももう少し調査してみますかね。

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