第782話 ワーウルフの眷属

「なんと……あのアーブル・カルヴァインですか?」


 リーゼンブルグ王国騎士団の司令官にワーウルフ討伐完了の報告に行き、レイスとなったアーブル・カルヴァインが憑依して操っていたと話すと、驚くと同時に呆れていました。


「まったく、どこまで執念深い男なんですか」

「本当にそう思いますよ。でも霊体が崩れて消滅したんで、今度こそは本当に最後でしょう」

「他のワーウルフもアーブル・カルヴァインが操っていたのですか?」

「いえ、そちらは鉱山の事故で亡くなって彷徨っていた野良レイスをアーブルが騙して利用していたようです」

「他のレイスも討伐されたのですか?」

「とりあえず、アーブルと一緒だった者と昨晩討伐したワーウルフに取り憑いていた者は浄化しました。ただ、あと二、三頭ワーウルフが居たはずなんですが、多分崩れた坑道で息埋めになっているか、潰されて死んだかのどちらかでしょう」


 最初に偵察した時、ワーウルフは十頭以上いたはずですが、影の空間においてあるワーウルフの死体は9頭だけです。

 ワーウルフに取り憑いて操れるほどのレイスですから、油断は禁物でしょうが、アーブルの呪縛から離れれば、大丈夫な気がします。


 ワーウルフの討伐が終わったので、坑道に残っている魔物については騎士団に任せる事にしました。

 魔物の討伐も難しい状態ですが、なによりも採掘を再開する目途が全く立たない状態です。


 坑道の崩落は連鎖的に起こっていたらしく、外から土属性の騎士が地下を探ってみたそうですが、魔術で探知できる範囲は壊滅状態だそうです。


「復旧までには相当な時間を要しますが、リーゼンブルグを支える鉱山ですから、諦めずに復旧させますよ」


 旧カルヴァイン領の鉱山は、リーゼンブルグで使われる鉄の殆どを賄っていると聞いています。

 つまり、ここの鉱山が使えない間は、新規の鉄製品の製造は大幅に落ち込むことになります。


「でも、相当な規模の落盤が起こっているみたいですし、新規に坑道を掘った方が早いのでは?」

「そうですね。その辺りは私は素人なので分かりませんが、今回の魔物の襲撃によって鉱山関係者が殺されてしまっているので、正直どうやって復興させるか道筋が見えない状態です」


 その意味では、鉱山を壊滅させるというアーブルの企みは成功してしまったようです。


「魔王様には今回も多大なご尽力をいただきました。ここからは我々が力を振り絞ってまいります」

「分かりました。我々に協力できることがあれば、ディートヘルム経由でいつでも言って下さい」

「ありがとうございます。本当に心強いです」


 ここからは自分達が頑張る……ということは、暗にこれ以上の手出しは無用だと断わられている感じです。

 別に、出しゃばるつもりもありませんし、協力を拒まれたからと言って腹を立てるつもりもありません。


 個人の力に頼るやり方は、その個人が居なくなったら立ち行かなくなる……いつもクラウスさんから言われている事です。

 騎士団に大きな被害を出しそうなワーウルフの討伐は終わりましたし、そろそろ退散することにいたしましょう。


 向かった先は、魔の森にある訓練場です。

 これからワーウルフの眷属化を試みようと思っています。


 保管しておいたワーウルフの死体は全部で九頭で、アーブルが取り憑いていた個体は上位種のような気がします。


「ではでは、僕の眷属になってくれるかな? おぉぉ……結構吸われる」

「グルゥゥゥ……」


 目を覚ましたワーウルフ達は、きょろきょろと辺りを見回した後で、僕に向かって頭を下げてペッタリと這いつくばりました。

 どうやらこれが、ワーウルフ流の恭順の姿勢らしいです。


「じゃあ、強化と属性付与もやっちゃおうか」


 影の空間に山積みになっている魔石を与えて、強化後の姿をイメージすると、ワーウルフ達を黒い靄が包み込みました。

 靄の中に電光が走り、雷鳴が轟いた後で姿を現したのは、白銀の毛並みを持つワーウルフ達でした。


「じゃあ名前を付けるよ。君がイチロウ、君がジロウ……最後の君がクロウだ」

「素晴らしい体を与えてもらい感謝します、ボス!」

「早速で悪いけど、色々と話を聞かせてもらえるかな」

「勿論です」


 イチロウの話によると、彼らは山の向こうで暮らしていた同じ群れのワーウルフだったそうです。

 オークを狩り、腹を満たして眠り込んでいる間に、アーブル達に体を乗っ取られたようです。


「体を奪われている間、意識はあったの?」

「はい、意識はあって物は見えていましたし、音も聞こえていました。ただ、体を動かそうとしてもまったく力が入らず、奴らに好き勝手に操られていました」


 イチロウは、これまでにもレイスに遭遇したことがあるそうですが、取り憑かれるような心配はしたことがなかったそうです。

 多分、普通のレイスではワーウルフに取り憑けるようになるまで、相当なレベル上げが必要なのでしょう。


「ワーウルフには、他の魔物を操る能力があるって聞いたけど、本当なの?」

「本当ですが、操れても数頭だけです」

「えっ、でも相当な数のオークやゴブリンがいたよね?」

「それは、群れを束ねている個体を操っていたからでしょう。その辺りの能力の使い方は、人間の方が狡猾ですね」


 どうやらアーブル達は群れを束ねる個体を操り、その手下どもに新たな群れを作らせて巨大な群れを形成していったようです。

 まぁ人間の中でも、とびきり狡猾なオッサンでしたからね。


「北の山脈を超えるのは大変だった?」

「それは大変でした。急な斜面を登ったり降りたり、横切ったり、普通の魔物は山脈を超えようなんて考えませんね」」


 急な崖から滑落して、かなりの数のゴブリンが命を落としたそうです。


「それじゃあ、今後も北から魔物の群れが山脈を越えて来る心配は無いのかな?」

「そのようなことを考える魔物はいないでしょ」

「そっか、じゃあ安心して鉱山の復興作業を進めても大丈夫そうだね」

「ボス、その鉱山なんですが、いまある鉱山を掘り返すよりも、新しい場所に作った方が早い気がします」

「新しい場所?」

「はい、剣とか槍の材料となる物を掘っていたんですよね?」

「そうだけど、他に鉄が眠っているような場所があるの?」

「ありますよ。魔物が臭い山と呼んでいる場所が」


 魔物にとって鉄の匂いは、剣や槍を思い出させる嫌な臭いなんだそうです。

 旧カルヴァイン領よりも、更に山奥に踏み込んだ場所に鉄の匂いのする山があるらしいです。


「ラインハルト、そこなら新しい鉱山になるかな?」

『さて、それは現地に行ってみないと何とも言えませんな』

「そうだよね。イチロウ、案内してくれるかな」

「お任せ下さい」


 アーブルのせいで鉱山が壊滅的な状態ですが、ワーウルフのイチロウからの情報で新しい鉱脈が見つかるかもしれません。

 とりあえず、現地調査に向かうとしましょう。

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