第780話 レイスの策略

 結局、ほぼ夜通しで戦っていたリーゼンブルグ王国騎士団は、さすがに疲労困憊といった様子です。

 ここに残っている魔物を投入されたら戦線が崩壊するのではないかと危惧したのですが、どうやら魔物側は仕掛けてこないようです。


「うーん……何を考えてるのかね?」

『日が出て明るくなり、雨も上がって見通しも良くなっていますから、残っている戦力だけでは押し切れないと考えたのでしょうな』


 リーゼンブルグ王国騎士団は疲弊してはいますが、既に一部の索敵担当を除いて休息に入っています。

 戦力を維持するためには、休むのも仕事だと割り切っているようです。


 鎧を着こんだまま大鼾をかいている者もいますし、あまり美味しそうに見えない携帯食をモリモリと口に詰め込んでいる者もいます。

 これだけ切り替えが出来るのは鍛えられている証でしょうし、選ばれた精鋭なんでしょうね。


『ケント様、偵察に出ていたワーウルフが戻っていった……』

「そんな奴がいたの?」

『物陰に隠れてコソコソ動き回ってた……』

「報告を受けたのは、例のワーウルフ?」

『そう、怒りまくってた……』


 どうやら、ワーウルフの親玉に取り憑いているオーブとかいう人物の思い通りにいかなかったようですね。

 報告してくれたフレッドの言葉にも、少し笑いが含まれています。


「思い通りにならずに腹を立てるあたりは、やっぱり人間なんだね」

『うーん……それは疑問……』

「何かあったの?」

『怒りに任せてゴブリンを殺して、貪ってた……』


 魔物に取り憑いている間は、その魔物の体を維持しなければならないから、他の魔物を食べるのは当然なんでしょうが、問題は食べ方だそうです。

 爪で引き裂いて殺したところまでは良いとして、腹の中に鼻面を突っ込んで心臓や魔石を貪る様は、魔物そのものだったそうです。


『取り憑いた魔物の性質に引き摺られているのかもしれませんな』

「ラインハルト達も、僕と会う前は一応魔物だったんだよね?」

『我々はスケルトンとして彷徨っていましたが、ゴブリンなどを殺して魔石を吸収して体を維持してましたから、魔物であっても人としての意識が強かった気がしますな』


 僕はスケルトンになった経験が無いから分かりませんが、人としての意識を残した魔物というのも複雑な感じがしますね。


「じゃあ、このままオーブなる人物がワーウルフに取り憑いた状態を続けていたら、人としての意識が消えていっちゃうのかな?」

『その可能性はありますな』

「うーん……オーブがアーブル・カルヴァインだった場合、あの性格が魔物側に引っ張られるのはマズい気がするな」

『元々の性格に加えて、更に残虐性が増すかもしれませんぞ』

「だよね……ん? いや待てよ、そうとも言えないかな」

『と言いますと?』

「だって、魔物は自分達が食べる以上の獲物を狩ったりしないでしょ?」

『そう言われると、そうですな』


 魔物にとって狩りは命を繋ぐための行為であり、反撃を食らえば負傷したり、悪くすれば命を落とす危険性もあるリスクを伴います。

 なので、魔物は空腹だったり、自分の身を守る時でなければ襲って来ません。


 まぁ、大抵の魔物は腹を空かせているので、襲ってきますけどね。

 それでも、自分が食べる分を確保すれば、更に別の獲物を襲うことは、まず有り得ません。


 無差別に、食べる目的以外で殺すのは、むしろ人間がする行動です。


『では、ワーウルフに取り憑いていれば、かの御仁の性格も柔らかくなるのですかな?』

「いやぁ……ならないでしょ。アーブルだとしたら、そんな柔な性格はしてないと思うよ」

『でも、ゴブリンを食ったら眠ってた……』

「えっ? もしかして、本当にワーウルフに引き摺られてるのかな?」

『中身がアーブルなら、あるいは……』


 レイスになった極悪人が、魔物に取り憑き続けたら改心するか……という実験は面白そうな気がしますが、今は面白がっている場合じゃないですね。


『ケント様、奴らは坑道を完全に崩してしまうつもりかもしれませんよ』


 フレッドとは別に、坑道の魔物を観察してきたバステンの話によると、坑道のあちこちを魔物が掘り返しているようです。

 鉱山の坑道は、採掘を行う人達が安全に作業が出来るように、マージンを設定してルートを決めているそうです。


 その坑道を無計画に掘り返せば、当然落盤の可能性が増えていきます。


「でも、それじゃあ自分達も生き埋めに……って、レイスだったら大丈夫なのか!」

『その通りです。実体を持たないレイスならば、生き埋めになったとしても死ぬ心配も無いですし、土や岩盤を摺り抜ければ地上へ戻って来られます』

「って事は……騎士団を道連れにしようって考えてるのか」

『その可能性は大ですね』


 レイスという魔物の特性を考えるなら、ある意味正しい選択ですが、攻め込む側から見れば最悪の作戦です。


「ラインハルト、こういった場合には騎士団はどう攻めるの?」

『洞窟に潜む相手は煙で燻して、ノコノコ出て来た所を討伐するのが一般的ですが、このように広い空間がある場合には、あまり効果的ではありませんな』

「風属性の魔術で煙を誘導しても駄目なの?」

『坑道が長すぎますな』

「それじゃあ、坑道に踏み込んで討伐するしかないんだ」

『そうなりますな』

「それで踏み込んでいくと自分達も生き埋め覚悟で坑道を崩される……もう完全にアーブルでしょ」

『まぁ、例の御仁であるなしに関わらず、生き埋めとは無縁の我らがやるべきでしょうな』


 ラインハルト達は昨晩も結構暴れていたようですが、まだ暴れ足りないんでしょうかね。

 我らがやるべき……と言いつつも、言葉には期待するような響きが混じっています。


「とりあえず司令官に状況を知らせて、坑道崩落への対策があるか聞いてみるよ。その上で対策が難しい場合には僕らで対処しよう」

『騎士団が対処するとなると、入口から地道に坑道を固めながら出て来る魔物を討伐する事になるでしょうな。やって出来ないことはありませぬが、相当な時間を要すると思われますぞ』

「そんなこと言って、本当はまだ暴れたいんじゃないの?」

『そ、そんなことはありませんぞ……ただ、ワーウルフに取り憑いているのが、リーゼンブルグを散々引っ掻き回したアーブル・カルヴァインならば、キッチリと引導を渡してやるべきでしょう』


 暴れ足りないのも確かでしょうが、それ以外にリーゼンブルグの騎士の誇りがアーブルを許せないのでしょう。


「そうだね、もうアーブルに関わるのは懲り懲りだから終わりにしよう」


 騎士団の司令官にワーウルフに取り憑いたレイス達が生き埋め作戦を計画していることを伝えると、ラインハルトが予想した通り、現状では地道な対応しか難しいという答えでした。

 なので、僕らがワーウルフを先に討伐して、その後で統率が取れなくなった魔物の討伐を騎士団が行うこととなりました。


 ではでは、うんざりするような因縁にケリを付けにいきますかね。

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