第779話 雨中の決戦(後編)

 押し寄せるゴブリンの群れを押し返し、ほっと一息ついた所へオークが乱入する。

 相変わらず大粒の雨が降り続いている戦場は、泥沼の様相を呈してきました。


 現場の騎士達は必死の戦いを繰り広げていますが、影の空間から覗いていると雑魚キャラが押し寄せた後に高得点キャラが出てくるレトロゲームのように見えてきます。

 ただし、体力回復のアイテムとか、攻撃力アップのアイテムをゲットできる訳ではないので、騎士達の動きは時間を追うごとに鈍くなってきているように見えます。


「ではでは、ちょっとテコ入れしますかねぇ……エリアヒール!」


 ゴブリンの殺到が途切れて、少し間が空いた瞬間を狙って騎士達にエリアヒールの魔術を掛けました。


「なんだ、体が軽くなったぞ」

「痛みが……消えた?」


 向こうがゴブリンやオークを使い捨てにしてるなら、この程度の援助は許されますよね。

 騎士団の仕事ぶりをバステンに解説してもらった時に、騎士の人数と魔物の数の差について説明してもらいました。


 確かに、普通の状況ならば一対五ぐらいの差でも完封して勝利出来るのでしょうが、強い雨という天候、闇夜という時間、そしてワーウルフが操るという状況を加味すると劣勢に追い込まれてしまうようです。


「うーん……ラインハルトたちに思いっきり暴れてもらった方が良かったのかな?」

「わふぅ、ご主人様、ワーウルフが坑道から出て来たよ」

「全部出て来た?」

「ううん、半分ぐらい」

「どれどれ、ちょっと討伐してみようかな」


 今回、魔物の群れを操っていると思われるワーウルフは、ワーウルフ自身がレイスに操られている可能性があります。

 もっと言うなら、そのレイスを操っている元締めのような存在がいる可能性が高いです。


 坑道から出て来たワーウルフは全部で五頭だそうで、その中から一番端にいる一頭を討伐してみます。


「ウオォォォ……ウォフ、ウォフ、ウォォォォ……」


 ワーウルフは抑揚を付けた遠吠えで、魔物の群れを誘導しているようです。

 整列させた……といっても雑に並んでいるだけですが、魔物の群れの後ろから遠吠えで煽りながら前進させています。


「さて、どうやって討伐しようかねぇ……」


 討伐するのは良いとして、土砂降りの雨の中に出て行くのが面倒です。

 なので、ちょっと場所を移すことにしました。


「送還!」

「ウォウ?」


 ワーウルフを飛ばした先は、バルシャニアに近いダビーラ砂漠で、空には星が瞬いています。


「えっと……魔物を倒せばレイスは中に居られなくなるんだっけ? ではでは、光属性の攻撃魔術を発動」


 眉間に狙いを定めて光属性の攻撃魔術を撃ち込むと、ワーウルフはグラリとよろめいた後で、砂の上にバッタリと前のめりに倒れ込みました。

 すると、倒れたワーウルフから幽体が離脱するかのように、黒い影が浮かび上がってきました。


『うぅぅ……お前の仕業か……』

「僕がワーウルフを倒しましたけど、あなたはどなたですか?」

『俺が誰かだと? 俺は、俺は……誰だ?』


 どやらワーウルフを操っていたレイスのようですが、これまでに見た霊体よりもどす黒く澱んだ感じがして、まさに悪霊という雰囲気です。

 ただ、恨みつらみが強すぎて魂が変質してしまっているのか、生前の記憶は曖昧になっているようです。


「僕はヴォルザードの冒険者ですが、あなたは何をされていた人ですか?」

『俺は、そうだ、俺は鉱山で働かされてたんだ。毎日、毎日、休みも貰えず、家族を人質にされて扱き使われて……そうだ、落盤事故で死んだんだ』

「そうですか、それは無念でしたね」

『そうだ、だから俺たちを扱き使って、虫けらみたいに殺した連中に思い知らせてやるのさ』

「その相手は誰ですか?」

『カルヴァイン家の連中だ! 奴らを皆殺しにして、復讐してやる!』

「カルヴァイン家は取り潰しになりましたよ」

『はぁぁ? そんなはずは無いだろう、現にカルヴァイン家の兵隊が居るじゃないか』

「あれはリーゼンブルグ王国騎士団ですよ」

『はっ? そんなはずは……』

「誰がカルヴァイン家の兵士だと言ったんですか?」

『あの、一番デカいワーウルフに取り憑いている、なんつったか……そう、オーブとかいう男だ』


 話を聞いていくと、この男性はどうやら鉱山の中で事故死した後、成仏できずに坑道を彷徨っていたようです。

 そこへ、同じ様なレイスが現れて、復讐に協力しないかと誘われたようです。


『言われるままに動いていたら、魔物に取り憑けるようになって、そんで奴の計画に乗ったんだ』

「そうですか……残念ながら騙されてるみたいですね」

『騙されている? オーブの奴か? 奴が騙してるのか?』


 ワーウルフの体から抜け出した影響なのでしょうか、出て来た頃から比べると幽体の輪郭が崩れてきているようにも見えます。


「それか、未だにあの場所はカルヴァイン家が支配していると勘違いしてるんでしょう」

『ちょっと待て、それじゃあ俺たちが殺させた街の連中とかは……』

「まるで無関係の人達です」

『う、嘘だ……そんなの出鱈目だぁ!』


 おっと、チョットヤバげな感じですね。

 それまで中年のオッサンという感じだった霊体が崩れて、腐乱したゾンビのようになりつつあります。


 このままだと、マジな悪霊化しそうなので浄化を試みます。

 眷属のみんなに影から出ないように念話を送ってから、癒しを意識して光属性の魔術を発動させました。


『おあぁぁぁぁ……うぞだぁ……』

「あれっ、落ち着いて、ちょっ……」

『うぞぉぁ……』


 僕がこちらの世界に召喚された直後、ラインハルト達の同僚を天に送った時のイメージで魔術を発動させたのですが、ゾンビ化したオッサンの霊体はボロボロと崩れて消えてしまいました。


「これって、浄化失敗……?」


 ラインハルト達の同僚を送った時には、キラキラした光に包まれて昇華していく感じでしたが、今回は幽体自体が崩れて消えてしまったように見えます。

 レイスとなった時点で霊体に変質が生じて、通常の浄化は出来なくなってしまうのでしょうか。


 それとも、自分が罪も無い人々を殺したというショックで霊体を保てなくなったのでしょうか。


「うーん……魔物に殺された人たちの気持ちを思うと、浄化できなくて良かったようにも思えるし……なんだか複雑だなぁ」


 とりあえず、考えている時間が無駄なので、別のワーウルフで試してみることにしました。

 その結果、事情聴取的な会話をすっ飛ばして浄化を試みたのですが、やっぱり霊体はボロボロと崩れて消えてしまいました。


 霊的な反応も消えてしまいますし、浄化というよりレイス討伐という感じですね。

 その後、残りの三頭のワーウルフも使って色々と手順を試してみましたが、キラキラ浄化は成功しませんでした。


 やはり、レイス化した時に霊体に何らかの変質が生じていると考えるべきなのでしょう。

 それとも、何の罪も無く殺された住民達の恨みが浄化を阻んでいるのでしょうかね。

 とりあえず、ワーウルフの遺体は眷属化させるか迷っているので、キープしておいて旧カルヴァイン領へと戻りましょう。


『ケント様、どうやら山場は越えたようですぞ』


 魔物の群れと楽しく遊んできたのか、スッキリした表情でラインハルトが戻ってきました。


「うん、雨も小降りになってきたみたいだし、魔物達の統率も乱れているみたいだね」

『ワーウルフはいかがでしたか?』

「そんなに手強いという印象は無かったよ。みんなレイスに取り憑かれていたから、むしろ野性的な動きはできなかったのかも」

『なるほど……人間の霊が操ると、十全な動きが出来ないのでしょうな』

「まだ、坑道には魔物が残っているんだよね?」

『ワーウルフも残っていますな』

「まだ何か企んでいると考えるべきかな?」

『でしょうな』


 雨中の戦いは騎士団に軍配が上がったようですが、魔物側はまだ何か策を残しているように感じます。

 何段にも備えをするしつこさは、やっぱりあの人物を思い出させます。


 レイス達が口にしていたオーブなる人物は、アーブルだと考えるべきなのでしょうね。

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