第778話 雨中の決戦(中編)

 ラインハルト達が嬉々として飛び出していった後、とりあえず魔物の接近だけでも知らせておこうと思いました。

 司令官に知らせようかと思いましたが、最前線で闇に目を凝らしている見張りの兵士に知らせた方が良いでしょうかね。


「ブギィィィィ!」

「敵襲ぅ! 敵襲ぅぅぅぅぅ!」


 どこに知らせようかと迷っていたら、闇の中からオークの断末魔の叫びが聞こえてきました。

 ラインハルトやバステンだったら、自分が殺されたと気付かせず魔物を倒してしまうはずですので、叫び声を上げられる程度に加減して倒しているのでしょう。


 魔物の接近に気付いたリーゼンブルグの騎士達は、休息をしていた者も含めて全員が持ち場へと散っていきます。

 あらかじめ魔物の襲撃を伝えておいたからでしょう、休息していた兵士たちも鎧などの防具を着けたままで休んでいたようです。


 準備は万全といった感じですが、陣地の周囲は普通の人では目の前に来るまで魔物の接近に気付けないぐらいの暗さの上に土砂降りの雨です。

 闇は魔物にとってはアドバンテージで、人間にとってはウィークポイントです。


 僕は闇属性の魔術が使えるから夜目が利きますが、騎士団はどう対処するのかと思っていると、陣地の内側から外に向かって魔導具の明かりが照らされました。

 地球で使われているサーチライトのような強力な明かりではありませんが、それでも何とか周囲の様子を確認できる程度の明るさがあります。


「水、構え! 風、待機!」


 魔物達の足音が迫って来ると、現場の指揮官から号令が飛びました。

 号令を聞いた一団が最前列に並び、並んだ騎士の間から前方を見るように一歩後方に別の一団が並びました。


 恐らく最前線の騎士が水属性魔術の使い手で、後に並んだのが風属性の使い手でしょう。

 雨の音を掻き消すように、魔物の足音が高くなり、闇のカーテンの向こうからゴブリンの群れが現れました。


「放て!」

「応っ!」


 最前列に並んでいた騎士達は、号令と同時に足元に向けていた右手を勢いよく振り上げました。

 すると、強い雨で水浸しとなっていた地面から無数の鋭い水の矢が、迫って来るゴブリン共に向かって放たれました。


「ギピィィィ……」

「グガァァァ……」


 水の矢は易々とゴブリンの体を貫通し、その後ろ、そのまた後のゴブリンまでも串刺しにしてから崩れ消えました。

 ハチの巣状態になった体から鮮血を噴出させながら先頭を走っていたゴブリン共が倒れましたが、それを踏み越えながら群れは進んできます。


「風! 放てぇ!」

「応っ!」


 魔法を放ち終えた水属性の騎士は後ろに下がり、代わって風属性の騎士達が最前線へと踏み出し、腰だめにした右手をバックハンドの要領で水平に振り抜きました。

 その瞬間、風の刃に切り裂かれた雨のカーテンが飛沫となって飛び、直後に仲間の死体を踏み越えて進もうとしていたゴブリン共を上下に両断しました。


「おぉ、すげぇ……」


 騎士団が集団で攻撃魔術を放つ様子を初めてみましたが、さすがに訓練を重ねているとあって狙いは的確ですし、威力も申し分ありません。

 風属性の騎士が魔術を撃ち終えると、再び水属性の騎士が前に出ます。


 魔術の攻撃力で考えると、火属性が一番攻撃力が高いとされていますが、この土砂降りの雨では威力を発揮出来ないので、攻撃に参加していないのでしょう。

 騎士団には弓兵もいるはずですが。そちらも姿が見えません。


 弓矢ならば雨は関係ないようにも思えますが、何か思惑でもあるのでしょうか。

 水属性と風属性、交互に二回ずつ攻撃を放った後、水属性の騎士達が三度目に放った魔術はそれまでの水の矢と異なった魔術でした。


 魔術を放つ動き自体は同じに見えたのですが、現れたのは水の矢ではなく水の壁でした。

 高さは一メートルぐらいでしょうか、突如地面から立ち上がった水の壁が近付いて来ていたゴブリン共を死体もろとも押し流していきます。


「おぉ、人工の津波みたい」


 群れの先頭を走っているゴブリン共が倒されれば、迫って来る速度は落ちると思っていましたが、実際には仲間の死体には目もくれず、踏みつけて進んで来ていました。

 このまま同じ様な場所でゴブリンの死体が積み重なれば、攻撃魔法の妨げになるかもしれないと思っていましたが、ちゃんと対策を考えているのですね。


 それに、雨は騎士にとっては厄介な存在だと思っていましたが、水属性の魔術を使う者にとってはアドバンテージのようです。

 自分で魔術を使っておいてなんですが、正直、何も無い場所から水が出る仕組みは良く分かりません。


 ですが、何も無い場所に水を出すよりも、元々ある水を動かしたり扱ったりする方が、魔力の消費は少なくて済みますし、より多くの水を扱えます。

 たぶん、リーゼンブルグ王国騎士団の騎士であっても、雨が降っていない状況で先程のような大量の水を必要とする魔術を使うのは難しかったでしょう。


 人工津波のような魔術のおかげで、魔物達の突進の速度はガクンと低下しました。

 後ろから迫ってくる魔物と前から押し戻されたゴブリン達がぶつかり合って、混乱が生じているようです。


「これは、ラインハルト達の援護は要らなかったかな……」


 なんて思い始めていたら、魔物達の動きに変化が現れました。

 カン……とか、ガツン……とか、騎士達の鎧に雨とは違うものが当たる音が聞こえたかと思ったら、ガチャンと音を立てて明かりの魔導具の一つが消えました。


「石だ! 石を投げてきたぞ!」

「魔導具に覆いを下ろせ、弓兵は前に出ろ!」


 雨に混じって石が降り注ぐ中を、それまで後方に控えていた弓兵達が最前列へと向かいました。


「距離、五十! 構え……放て!」


 弓弦の音高く矢が放たれると、闇の向こう側からゴブリンの悲鳴が聞こえてきて、投石が止みました。


「距離、そのまま! 構え……放て!」


 どうやら弓兵達は、指示された距離を目標にして勘で矢を放っているようです。

 そして攻撃魔術と弓矢が、どんな効果の違いをもたらすのか分かりませんが、次第に魔物達の投石は止んでいきました。


 雨脚は相変わらず弱まる気配をみせませんが、魔物達が突進してくる足音は聞こえなくなってきました。

 ここまでリーゼンブルグ騎士団の被害といえば、明かりの魔道具が一部壊されたのと、投石で騎士の鎧に凹みや傷ができたぐらいでしょうか。


 もしかして、ラインハルト達が半分どころか大半の魔物を片付けてしまったのかもしれませんが、それでも騎士団の対応は見事でした。


「うん、良く訓練されてるみたいだし、素人の僕が手出しする必要も無いかな……」


 夜も更けてまいりましたし、そろそろ帰宅しようかと思ったら、また悲鳴が聞こえてきました。


「うぎゃぁぁぁぁ……」


 聞こえてきたのは、魔物の断末魔ではなく人間の悲鳴です。


「オークだ! 入り込まれたぞ!」

「くそっ、何処から来やがった」

「落ち着け! オーク程度で慌てるな!」


 訓練された騎士にすれば、オークは油断できない相手ではあるものの絶望的な相手ではありません。

 ただ、雨の夜という条件下で、オークは松明などを薙ぎ倒しながら滅茶苦茶に暴れているので、混乱が広がっています。


「囲んで動きを止めろ! 明かりを守れ!」

「ぐわぁぁぁ……」

「こっちも入られた! 応援頼む!」


 どうやらオーク達は泥だらけの地面を這って近付き、一気に飛び込んで来たようです。


「前線の隊列を崩すな! 来るぞ、水、構え!」


 陣地の中が混乱したところを見計らい、再び魔物の群れが突っ込んで来ます。

 どうやら、簡単に終わらせてはくれないようです。

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