第777話 雨中の決戦(前編)

 リーゼンブルグ王国騎士団は地道に支配地域を拡大し、旧カルヴァイン領の街並みの奪還をほぼ終えました。

 とは言え、生存者は一人もいないどころか、一人の遺体も回収できませんでした。


 住民達の遺体は、ゴブリンやオークなどが食べてしまうか坑道へと持ち帰ってしまい、廃墟となった建物には黒い血痕や朽ちた肉片しか残されていません。

 一体どれほどの人数が犠牲になったのかすら分からない状態です。


 騎士団に対して数回の襲撃を行った魔物達は、その後は坑道へと立て籠もって鳴りを潜めているようです。

 ただ、酒盛りをしては眠りこけていたワーウルフ共が起き出して、なにやら画策し始めている模様です。


『何を言ってるのか分からないけど、襲撃を計画しているのは間違いない……』


 フレッドの話では、起き出したワーウルフ共は街並みの地図を地面に描き、そこに矢印やら線を書き加えて作戦を練っていたそうです。


『ケント様、魔物共の食糧も底を突いてきたようです。大規模な襲撃を仕掛けて来るかもしれません』


 バステンの話では、街並みから持ち出してきた食糧や住民の遺体を食い尽くした魔物たちは、腹を空かせて苛立ち始めているそうです。


「ラインハルト、ここまで騎士団は上手く対処してきたけど、大規模な襲撃があった場合に損害を出さずに乗り切れそうかな?」

『さて……少々厳しいかもしれませんな』

「魔物の数が多すぎる?」

『それもございますが、騎士団にも疲労の色が見て取れます』


 ここまで地道に、基本に忠実に作戦を遂行してきたリーゼンブルグ騎士団ですが、それでも不意打ちのように襲撃してくる魔物への対処に追われ、睡眠不足の状態が続いているようです。


「ワーウルフ達が大規模な襲撃を画策していると知らせた方が良いかな?」

『被害を最小限に抑えるためには、知らせた方がよろしいですな』

「経験値を積ませるという意味ではどう?」

『大規模な襲撃を受けること自体が貴重な経験となりますから、例え知らせておいても経験は無駄にはならないと思いますぞ』

「分かった、ちょっと知らせてくるよ」


 司令官がいる天幕の入口から少し離れた場所に闇の盾を出して、表に踏み出した後で見張りの騎士に向かってリーゼンブルグ式の敬礼をしました。


「こんにちは、ケント・コクブです。司令官にお会いできますか?」

「はっ、少々お待ち下さい!」


 見張りを務めていた騎士は、ビシっと敬礼を返した後で天幕の中へと入って行きました。

 うん、ちょっと前だったら、なんだお前は……みたいな扱いだったのに比べると、僕も名前が売れたものですね。


「魔王様、どうぞお入り下さい」

「どうもありがとう」


 うん、それでも魔王様なんだね。

 天幕に入ると、司令官と思われる人物が敬礼で出迎えてくれました。


「ようこそいらっしゃいました、魔王様」

「ちょっと気になる動きがあったので、お邪魔しました」

「気になる動きとおっしゃいますと、ワーウルフ共ですか?」

「そうです。そろそろ大規模な襲撃を仕掛けてきそうです」


 フレッドやバステンが探り出したワーウルフや魔物達の状況を報告すると、司令官は表情を引き締めました。


「それでは、これまでの襲撃は我々を消耗させるものだった可能性が高いのですね?」

「どこまでワーウルフが計算しているのか分からないけど、その可能性が高いでしょう」

「お知らせいただき、ありがとうございます。正直、部下達にも疲れが見え始めていましたし、ここまで大きな損害も無く乗り切れてきたので、少々気の緩みのようなものも感じていました。すぐに情報を周知し、部隊の引き締めを行います」

「よろしくお願いします。僕らは基本的に手出しを控えるようにしますが、損害が大きくなりそうな場合には援護します。それまでは、皆さんの腕前を拝見させていただきます」

「はっ! 魔王様のお手をわずらわせないように奮戦いたします」


 司令官ともう一度敬礼を交わしてから、影の空間へと潜りました。

 その直後、司令官は大規模な襲撃に備えるよう全軍に通達を回しました。


 いよいよ、リーゼンブルグ王国騎士団とワーウルフ率いる魔物の群れの戦いはクライマックスを迎えるようです。

 恐らく襲撃は夜を待って行われると思われるので、一度帰宅して仮眠しておくことにしました。


 自宅警備主任のネロを探して移動すると。庭ではなくてリビングで丸くなっていました。


「ネロ、今日は日向ぼっこしないの?」

「雨が降りそうにゃ」


 確かに窓の外を見てみると、ドンヨリとした雲がかかり始めています。


「本降りになりそう?」

「明日は雨にゃ」

「そっか……ネロ、お腹貸してね」


 ネロのお腹に寄り掛かって、夕食まで一眠りしておくことにしましたが、窓の外だけでなく今夜の戦いにも暗雲が垂れ込めているようです。

 夕食の時間に目を覚ますと、ポツポツと雨が降り始めていました。


『ケント様、あちらでは雨脚が強くなってきましたぞ』

「それじゃあ、間違いなく仕掛けて来るね」

『奴らにとっては好条件ですからな』


 ラインハルトの言う通り、雨の夜は夜目の利く魔物にとっては大きなアドバンテージになります。

 雲が月を隠し、雨が松明の火を消してしまうと、視覚による情報に頼る人間は動きを大きく制限されてしまいます。


 加えて、風属性の探知魔術も雨がノイズとなって精度が低下するそうです。


「ラインハルト、魔物を間引こう」

『騎士団との交戦状況を確認しなくてよろしいのですかな?』

「今すぐ始めるとワーウルフに気付かれそうだから、坑道を出て、騎士団を襲う直前に間引いていこう」

『どの程度減らしますか?』

「とりあえず半分程度に減らして、それでも騎士団が苦戦するようなら、後続を討伐して圧力を下げよう。ちょっと今夜は条件が悪すぎるからね」

『そうですな。今の感じだと夜半近くには土砂降りになりそうですからな』


 雨は時間を追うごとに激しさを増し、地面には水溜りが見受けられるようになりました。

 索敵を担当している風属性の術士もお手上げのようで、強い雨の中に立って聞き耳を立てるぐらいしか方法が無いようです。


 日付が変わる頃になると、街並みから距離にして二キロほど離れた鉱山では、ワーウルフに指示されたゴブリンやオークが、ぞろぞろと坑道から出て山道を下り始めました。

 魔物の群れは、バチャバチャと泥を跳ね上げながら速度を増し、騎士団が覆いの下で焚いている松明の明かりを見ると走り始めました。


「よし、始めよう」

『了解ですぞ。やるぞ、バステン、フレッド!』

「ちょっ、とりあえず半分だからね、半分!」

『分かってますぞ、お任せくだされ、ケント様! ぶははははは!』

『ケント様、私が分団長を止めますから、ご心配なく!』

『たぶん……無理……』

「うぉい!」


 ラインハルト達は、影の空間から嬉々として土砂降りの闇夜に飛び出して行きました。

 うん、めっちゃ心配です。

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