第776話 レイス
※今回はワーウルフの中の人?目線の話になります。
惨めな最期だった。
リーゼンブルグ王国をこの手に掴む寸前までいった俺様が、薄暗く汚い地下牢に繋がれ、名も知らぬ下っ端の騎士どもに殴られ、蹴られ、衰弱し、誰にも看取られずに息を引き取った。
俺は王になるはずだった。
俺には王になる才覚があった。
カルヴァイン領を取り仕切る父親の下に生まれ、父や別腹の兄を蹴落として領主としての地位を手に入れた。
鉱山の街を取り仕切る者どもを従え、王位継承争いを続けている第二王子派での存在感を増し、国を乗っ取る道筋も付けた。
リーゼンブルグに留まらず、バルシャニアやキリアとも繋がりを持ち、いずれは周辺の国々さえも従えるはずだった。
なのに、結末は惨めな獄中死だ。
全ては、あの世間知らずなクソガキのせいだ。
リーゼンブルグ王国を手中に収めるための最後のピース、第三王女カミラを手籠めにする寸前、突然現れて全てを台無しにしやがった。
それでも俺様は諦めなかった。
牢の中からも外の連中に指示を出し、脱獄し、かねてより篭絡しておいた第三王妃の所に潜伏して機を窺っていた。
キリアから爆剤と共に手に入れたブロネツクの闇属性の術士を使い、全てを引っくり返してやるつもりだったが、それもあのクソガキに潰されてしまった。
俺自身、右腕を肘の先で失い、捕らえられた。
一度目の投獄ではカルヴァイン領の領主としての扱いを受けたが、二度目はただの罪人として扱われた。
それでも投獄された直後は、また脱獄し、今度はカルヴァイン領から再起を図るつもりでいたのだが……その見込みは甘かった。
城の地下牢に閉じ込められ、外部との連絡を完全に断たれ、俺に恨みを持つ騎士や兵士を選んで監視が行われると、挽回する術は残されていなかった。
息絶える三日ほど前に、地下牢にクソガキが姿を見せた。
カミラを従え、周囲の騎士までもがクソガキが王であるかのように畏怖の念を向けていた。
それでも、クソガキが調子に乗り、ふんぞり返って俺を見下していれば、すぐに今の地位を失って転がり落ちると笑ってやったのに、奴は俺に頭まで下げてみせた。
俺の才覚を認め、力を認め、実績を認め、その上で俺様が失敗した理由を淡々と語ってみせやがった。
腹が立つ、これほど腹立たしいクソガキには会ったことない。
自分は破滅したお前とは違う、惨めな失敗などしないと、冷静な自信を見せつけてくる姿は、馬鹿な男に見下されるよりも数倍、数十倍の腹立たしさだった。
必ず仕返ししてやる、たとえ命が尽きようとも恨みを晴らす。
自分の命が尽きていくのを自覚しつつも、クソガキに対する恨みだけは消えそうもなかった。
地下牢の冷たい床に転がされ、痩せ衰えた体が冷えてゆき、身動きすることも、息をすることすらままならず、やがて意識が失われた直後、俺は宙に浮かんでいた。
「これは……惨めなものだな」
自分の眼下に転がっているボロ雑巾のような死体が、かつてのアーブル・カルヴァイン、俺自身だと気付くと、奇妙な寂寥感がよぎった直後に沸々と怒りが湧き起ってきた。
自分は惨めに死に、いわゆる霊体となった今も、天に昇ろうなどという気持ちは微塵も起こらなかった。
霊体に人間用の牢は意味をなさなかった。
鉄格子を摺り抜け、フワフワと漂いながら地上への階段を上った。
警備の兵士を見つけ、取り憑いてやろうと試したみたが、体の中に入ることすら出来なかった。
殴りつけ、蹴りつけても摺り抜けるばかりで、綿埃すら動かすことが出来なかった。
自由に動けるようになったと思ったが、見聞きするしか出来ないのでは意味がない。
何とか人の体を乗っ取り、俺の意のままに動かせるようにならないかと試みつづけたが、摺り抜けてしまうだけだった。
ただし、霊体となった俺に体の中心を通り抜けられると、悪寒のような気持ち悪さを感じるようだ。
二度、三度と繰り返してやると、見張りの兵士は身震いをして、隣りにいる同僚に風邪を引いたのかもしれないと言っていた。
つまり、何らかの影響を及ぼしているのは確かなようだ。
俺は地下牢を離れて、城の内部へと潜入を試みたのだが、見えない壁のようなものに行く手を阻まれた。
どうやら結界のような物らしいが、そんな物が仕掛けられているなんて聞いた事が無かった。
結界はグルリと城を囲んでいて、俺のような霊体は弾かれて内部へは入り込めないらしい。
強力な結界というよりも、俺の能力が低すぎて弾かれているような気がする。
たぶん、まじない程度の物で、力ある魔物には意味をなさないが、生まれたばかりの霊体である俺には効果を発揮しているといったところなのだろう。
いずれにしても、今のままでは無力な霊体として消えるだけだと考えた俺は、力の弱いものから操れないかと試してみた。
かつては一国を手に入れる寸前までいった俺様だが、最初に操れたのは蚊だった。
そして、操った蚊に人の血を吸わせてみると、ほんの僅かだが力が増したような気がした。
気のせいかと思ったが、魔力が高そうな人間を選んで血を吸わせると、確かに力が増した。
蚊の次は肉食の虫、その次はネズミ、小型の肉食獣といった感じで、力が増すごとに操れるものも大きくなり、やがてゴブリンにも取り憑いて操れるようになった。
操るものとは感覚を共有することも出来るし、逆に動かすだけで感覚は遮断することも出来る。
つまり、ゴブリンに取り憑いて人間の娘を犯し、快楽を得ることも出来るようになった。
討伐されそうになれば、さっさとゴブリンから抜け出れば良い。
また別の個体を選んで、取り憑けば良いだけだ。
魔物に取り憑き、別の魔物を殺し、魔石を取り入れる度に力は増していった。
オークにも取り憑けるようになったが、まだ人間には取り憑けないし、クソガキに復讐出来るとも思えなかった。
クソガキには復讐できないが、リーゼンブルグに対する恨みは晴らせそうだと思い、計画を進めることにした。
かつて俺様が支配したカルヴァイン領を破滅させることは、リーゼンブルグから鉄を奪い弱体化させることに繋がる。
カルヴァイン領を破滅させる計画を進める中で思いついたのが、魔物を統率する魔物ワーウルフと野良レイスの存在だ。
深い恨みや後悔、未練などを残して死んだ者は、俺様のように霊体となって漂うらしい。
ただし、霊体にも差があって、殆どの物は自我すら曖昧で漂うばかりだ。
だが、俺様が力を分け与えて思考を誘導すると、霊体に自我が生まれ、手下として使えるようになった。
野良レイスには、街道で野盗に襲われた者や森で魔物に食われた者などが多いようで、頻繁に遭遇できるものではなかったが、集まって漂っている場所を見つけた。
それは、旧カルヴァイン領の鉱山だ。
自慢する訳ではないが、俺様が仕切っていた頃も鉱山の労働者には多くの死者が出ていた。
キツい仕事、落盤などの事故で毎月のように死者が出ていたが、宿舎という名の牢獄で家族を管理していたから労働者どもは従うしかなかった。
そうして命を落とした者が野良レイスとして何体も漂っていた。
そいつらに力を与え、思考を誘導し、旧カルヴァイン領を破滅させるための手下とした。
力を増やす方法を教え、実行させ、リーゼンブルグに気付かれないように、北の山脈を越えた地で力を蓄え、手下どもと共にワーウルフの群れに取り憑いた。
更に、オークやゴブリンの群れを支配し、満を持して山脈を越え、旧カルヴァイン領を蹂躙した。
王家の直轄地となったようだが、呆れるほどに脆弱で、住民を皆殺しにしても気は晴れなかった。
だが、いよいよ王国騎士団が俺たちを討伐に来たらしい。
相手にとって不足は無いし、例えワーウルフの体が討たれようとも、別の魔物に取り憑き、何度でも旧カルヴァイン領を襲ってやるつもりだ。
魔物の代わりはいくらでもいる。
さて、リーゼンブルグ王国騎士団は、どの程度損害を補充し続けられるかな。
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