第775話 ワーウルフの中の人?

 旧カルヴァイン領の奪還を進めるリーゼンブルグ王国騎士団は、基本に忠実に行動し、リスクを最小限に留めて、着実に支配地域を広げています。

 対するワーウルフが率いる魔物の群れは、こちらも魔物らしくない行動をしているようです。


『ケント様、クラウス殿が予想した通りの奇襲を仕掛けてきました』


 監視を頼んでいるバステンによると、クラウスさんが予想したように、ワーウルフの遠吠え無しで襲撃してきたそうです。


「騎士団の被害は?」

『軽微ですね。負傷者は出たようですが、重傷を負ったり死亡した者は居ないようです』

「それは索敵を怠らなかったから?」

『その通りです。要所要所に索敵の得意な者を配置し、その他にも聞き耳を立てて周囲の様子を探っていました』


 これは冒険者でも同じですが、夜間の警備を担当する者の気が緩み、雑談に夢中になっていたりすると思わぬ奇襲を受けたりします。

 逆に油断なく気配を探っていれば、人間であっても周囲の小さな変化によって襲撃を事前に感知することができます。


『街並みのほぼ全域を制圧し終えたようですが、流石に疲れが見え始めましたね』

「このまま進軍を続けるのは難しい?」

『恐らくですが、一旦進軍を停止して、休息する日を設けると思います』

「なるほど、英気を養ってから改めて鉱山の奪還に着手する感じなのかな?」

『たぶん、そうなるでしょう』


 ここまで、騎士団側は大きな損耗をせずに作戦を進めてきましたが、魔物の側も街道への待ち伏せをしていた一部が討伐されただけです。

 鉱山の内部には、まだ多くの魔物が残されていますから、戦いの本番はこれからなのでしょう。


『ケント様……ワーウルフが変……』


 鉱山の内部を探っていたフレッドが報告に戻ってきました。


「ワーウルフが変って、どう変なの?」

『酒盛りをしてる……』

「はぁぁ? 酒盛りって、あの酒盛り?」

『そう……車座になって酒を飲んでる……』


 フレッドの話によると、ワーウルフ達は街から奪ってきた人間の酒を飲んで宴会を開いているそうです。


「ワーウルフって、酒を飲むものなの?」

『さぁ……聞いたことは無い……』

「バステンは知ってる?」

『私も聞いたことはありませんね』

「ラインハルトはどう?」


 生前、一番役職が上だったラインハルトなら知っているかと聞いてみたら、意外な話を口にしました。


『ゴブリンの酒という話は聞いたことがありますぞ』

「ゴブリンが酒を飲むの?」

『いえ、ゴブリンが木の洞に木の実や果実などを隠しておいたら、偶然それが酒になり、それを飲んで酔っぱらっている所を駆け出しの冒険者にあっさり殺された……という、おとぎ話のようなものです』

「へぇ、僕らの世界にも確か猿酒っていう同じ様な話があるよ。じゃあ、このワーウルフ達は偶然できた酒の味を覚えていて、街から酒を奪ってきたのかな?」

『さぁ、そこまでは分かりませぬが、別の可能性もありますぞ』

「別の可能性?」


 ゴブリンの酒の話をしている時には、穏やかだったラインハルトの雰囲気が引き締まりました。


『もしかするとレイスの仕業かもしれませんぞ』

「レイスって……幽霊とか、悪霊みたいなもの?」

『そうです。レイスやリッチなどと呼ばれるものは、実体を持たず、霊体のみで構成される魔物で、人や動物、魔物などに取り憑いて悪さをします』

「なるほど、生前が人だったら酒盛りしてもおかしくは……」


 そこまで口にして、嫌な考えが頭をよぎりました。


「まさか、アーブル・カルヴァインとか……?」

『可能性は無きにしも非ず……ではありませぬか』

「じゃあ、ワーウルフの親玉がアーブルで、他のワーウルフが取り巻き連中とか?」

『魔物どもが襲うならば、もっと小さな村などを手早く襲って逃げる方が楽です。それなのに比較的大きな街並みを全滅させ、更には鉱山の坑道に立て籠もる……何かの因縁があると考えた方が、しっくりくるのではありませぬか?』


 確かに今回の魔物の群れの行動は、不可解な点が多いです。

 それはワーウルフが率いているからだと思っていましたが、そのワーウルフが元は人間のレイスに操られていると考えた方が納得できます。


「ラインハルト、ワーウルフがレイスに操られているとして、どうやってレイスの仕業だと見分けるの?」

『通常、レイスは存在しているだけでは姿を見つけることが難しいですな。ただ、何かに取り憑こうとする時や魔力を用いる時には霊体が光って見つけやすくなりますぞ』

「存在しているだけでは見つけられないのは厄介だね。でもさ、それじゃあ簡単に取り憑かれちゃうんじゃない?」

『詳しい話はワシにも分かりませぬが、人のように自我の強い生き物に取り憑くのは、病などで弱っている状態でないと難しいようですな』

「なるほど、逆に魔物の方が取り憑きやすいのかな?」

『さて、それも分かりかねます』


 ワーウルフにレイスが取り憑いているとして、そのレイスがアーブルだった場合、奴はどんな過程を経て今の状況を作ったのでしょう。

 王都アルダロスの地下牢で獄中死したと聞いていますが、そこから霊体となって旧カルヴァイン領まで飛んできたのでしょうか?


 それとも、転生したらワーウルフだった……みたいな感じなのでしょうか。

 取り憑いているのがアーブルであるにしろ、ないにしろ、レイスが関係しているとなると、討伐のハードルは一段上がりそうな気がします。


「そう言えば、レイスってどうやって倒せば良いのかな?」

『霊体の状態の時には、光属性の浄化の魔術を使います。何かに取り憑いている状態の時には、一度外に引きはがす必要がありますな』

「魔物ごと討伐して終わり……とはいかないのか」

『おそらく、魔物を倒せば体の中には留まれなくなると思いますので、出て来た所を浄化すれば良いでしょう』

「浄化か……少し練習が必要かなぁ」

『ケント様は強力な治癒魔術が使えますから、問題無いでしょう。これまでにも、多くの魂を天に送っておられますから、同様の魔術で大丈夫なはずです』

「そうか、安らかに眠らせるイメージで良いのか……って、アーブルが僕の魔術で安らかに眠るかねぇ?」


 アーブル・カルヴァインとは、因縁浅からぬ間柄ですので、僕が安らかに……なんて祈っても逆にキレそうな気がします。


『もし、仮に浄化が出来なかったら、送還術で飛ばしてしまえば良いのではありませぬか?』

「うーん……でも、飛ばしても霊体だったら戻って来そうな気がするけど」

『それは、飛ばす場所によりけりでしょうな。例えば、あの隕石を砕いた所などはいかがです?』

「うわぁ……宇宙の果てか。たぶん、僕らが住んでる地球の位置も大きく動いているし、放り出すには丁度良いかもね」


 確かに、あの場所に送還してしまえば、リーゼンブルグに戻って来ることは不可能でしょう。

 というか、放り出した宇宙空間で霊体を維持できたとしたら、何も無い宇宙を永遠に漂うと考えたら、ちょっと残酷な気がしてきました。


「うん、やっぱりフルパワーを使ってでも浄化できるように頑張ろう」

『そうですな、もしワーウルフに取り憑いているのが、あの御仁だとしたら、いい加減執着を捨てて天に昇るのが正しいのでしょうな』


 事態は意外な展開を見せ始めましたが、本格的な戦いはこれからですし、それまではバステンに騎士団を、フレッドにワーウルフを監視してもらうことにしました。

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