第774話 領主への通達
結局、ワーウルフの遠吠えは聞こえたものの魔物による襲撃は無いままに一夜が明けました。
仮眠していた騎士達が起き出し、夜半から警備に当たっていた騎士が休息に入るようです。
「バステン、この後はどんな展開になるのかな?」
『まずは、街並みの中を索敵して、安全な範囲を広げていくことになるでしょう』
現在、魔物の群れは鉱山の坑道を根城としています。
ここ旧カルヴァイン領の鉱山は、リーゼンブルグの鉄を支えているので、何としても奪還する必要があります。
「ただの洞窟だったら水攻めで全滅させちゃえば良いのだろうけど、鉱山の役目が果たせなくなっちゃうもんね」
『その通りです。今でも魔物たちが坑道を好き勝手に作り変えているので、鉱山として操業を再開するには、改めて整備して安全を確保する必要があるでしょう』
少し前に、マールブルグの鉱山でも落盤事故が発生して、大きな騒ぎになりました。
こちらの世界には魔法が存在していますが、大規模な落盤事故などが起これば、復旧には時間が掛かります。
当然、生き埋めになった人がいれば命の危険に晒されることになります。
ワーウルフ達が陣取っている場所も、坑道を四本ぐらいまとめて大きな空間にしていますが、安全性には疑問が付きます。
坑道は一部が崩れれば、他の坑道にも影響が及びかねないので、鉱山が操業を再開するには少し時間が掛かりそうな気がします。
「じゃあ、今日は大きな動きは無いのかな?」
『おそらく、騎士団の方から仕掛ける動きは限定的でしょう』
「それじゃあ、魔物が北の山脈を越える可能性について、ちょっとクラウスさんに報告に行ってくるよ」
『そうですね。南の大陸からの魔物の極大発生の心配は無くなりましたが、北からの脅威が存在するならば備えておく必要がありますね』
引き続き、旧カルヴァイン領についてはバステンに監視をお願いして、僕は自宅に戻って朝食を済ませてからギルドに顔を出しましょう。
しっかし、ワーウルフのせいで途切れ途切れの睡眠になったので、ちょっと眠たいですね。
唯香から、ちゃんと寝ないと駄目なんだから……と、お小言を貰い、ちょっと濃い目のコーヒーで目を覚ましてから、ベアトリーチェと一緒にギルドに向かいます。
自宅の門を出て目抜き通りに出ると、ラストック方面に向かう人の流れの多さが目に付きます。
かつては、リバレー峠を越えてマールブルグやバッケンハイムに向かう北東の門の方が賑わっていましたが、今やこちらの方が盛況に見えます。
「なんだか、魔の森って呼び方も過去のものになりそうだね」
「ケント様のおかげですよ」
「僕だけの力じゃないよ。眷属のみんなが手伝ってくれなきゃ出来なかったし、リーチェ達の支えがあってこそだよ」
「それでもケント様が来る前は、こんな光景が見られるようになるなんて思ってもいませんでした」
ヴォルザードで生まれ育ったベアトリーチェにしてみれば、魔の森は魔物による不可侵領域みたいなものだと感じていたそうです。
実際、オークやオーガなどの大量発生が起これば、街に被害が出る事もありました。
魔の森を抜けるのはAランクの冒険者が護衛に付かなければ不可能で、それでも被害が出る事も珍しくありませんでした。
僕が初めて魔の森を抜けて来た時も、途中で魔物に襲われた馬車から色々と拝借しましたからね。
「リーチェもラストックに行ってみたい?」
「はい、ラストックだけでなく、リーゼンブルグの王都アルダロスやバルシャニア、ニホンにも行ってみたいです」
「そっか、じゃあ旧カルヴァイン領の騒ぎが一段落したら、みんなで出掛ける計画を立てようか?」
「はい、是非!」
そういえば、お嫁さん達と正式に夫婦の届け出もして、結婚披露パーティーもしましたが、新婚旅行はまだでした。
僕も、あちこち飛び回っていますけど、じっくりと観光したことは無いんですよね。
折角、自由に行き来が出来る能力があるのですから、色んな場所に行く計画を立てましょう。
ギルドに到着したのは、いわゆる朝の混雑する時間だったのですが、以前のような殺伐とした依頼の取り合い風景は少なくなっているようです。
「なんか、様子が変わった?」
「護衛の依頼が増えているので、以前のような取り合いは無いみたいです」
魔の森を抜ける護衛依頼も、以前のBランク以上限定からCランクでもOKになって、中堅以上の冒険者は依頼に困らなくなっているようです。
ただ、戦闘は不向きで、荷運びや日雇い契約の仕事をしている人や若手の状況は相変わらずのようで、その辺りの仕事の取り合いは続いているみたいです。
そういえばヴォルザードに来た直後、ギルドの戦闘訓練で一緒になった、リドネル、マール、タリクの三人組はどうしてますかね。
Dランクぐらいには上がったかな。
スカベンジャーの解体とかやってもらいましたけど、今でも三人で仲良くやってるのでしょうかね。
掲示板前の様子を眺めながら、リーチェと一緒に階段を昇ってクラウスさんの執務室に向かいました。
「おはようございます! って、まだクラウスさんは来てないのか」
リーチェに淹れてもらったお茶を飲みながら、マルト達をモフって待つこと暫し、ようやくクラウスさんが現れました。
「おはようございます」
「おぅ、どうした朝っぱらから」
「リーゼンブルグに魔物の大きな群れが現れたんで、ちょっと知らせておこうかと思いまして」
「ラストックに向かう街道に影響が出そうなのか?」
「いえ、魔物の群れが現れたのが、北方の旧カルヴァイン領なんです」
「北だと? まさか山脈を越えて来たってのか?」
「まだ、ハッキリしませんが、複数のワーウルフが群れを率いてます」
「ワーウルフとは、また面倒そうだな」
「ええ、昨晩もリーゼンブルグの騎士団に心理戦を仕掛けてきましたよ」
騎士団の進軍の様子や昨夜のワーウルフの遠吠えの状況を伝えると、クラウスさんは顔を顰めてみせました。
「騎士団も油断はしてねぇと思うが、今夜あたり遠吠え無しで襲ってくるかもしれないぞ」
「えっ? あっ、そうか! 襲う、襲うと見せかけて襲わない。その次は、何の前触れも無く襲うのか。うわぁ、嫌らしい奴らですね」
「ワーウルフを相手にするなら、魔物相手と思わないで、人間を相手にするぐらいのつもりで臨んで丁度いいぐらいだ」
「そんなに知恵が回るんですか?」
「ワーウルフが複数ってことは、そいつらを率いている個体が居るんだろう? だったら用心を重ねておいた方が良い」
確かに、あれが心理戦だとすれば、それ以上の策を弄してくる可能性は十分にあります。
「騎士団に助言しておいた方が良いですかね?」
「んー……どうだろうな。騎士達に経験を積ませるためならば、何も言わない方が良いだろうが……そうだな、索敵を怠っているようなら一言言っておいた方が良いかもしれねぇな」
クラウスさん曰く、油断なく索敵をして備えていれば、不意を突かれて混乱せずに済むようですが、逆に備えが無ければ大きな被害を被る可能性が高まるようです。
「というか、そのワーウルフ共をさっさと討伐して眷属に加えちまえば良いんじゃねぇのか? そうすりゃ、どこから来たのかも分かるんだろう?」
「まぁ、それは確かにそうなんですけど、討伐するにしても騎士団の動きを見てからの方が良いのかなと」
「まぁ、そのあたりの判断は任せるが、山を越えて来たと分かったら知らせろ。ランズヘルト側に越えて来る可能性もあるからな」
「はい、その時はコボルトの連絡網を使って、他の領主さんにも知らせるようにします」
「いや、既に入り込んでる可能性もゼロじゃないか……よし、他の領主には俺から知らせておく。お前は、どこから来たのかをシッカリ確かめておいてくれ」
「了解です、分かり次第知らせますね」
ランズヘルトの他の領主への連絡はクラウスさんに任せて、僕は旧カルヴァイン領の様子を見に行くことにしました。
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