第773話 騎士団の仕事ぶり(後編)

 一言で言い表すならば、地味です。

 ど派手な突破を見せてくれた重騎兵の部隊に続いて現れたリーゼンブルグ王国騎士団の本隊は、戦闘ではなく陣地の設営を始めました。


 上がってきた山道を退路として確保しつつ、重騎兵が確保した見通しの良い場所の周囲に土属性の魔術で塀を築き、空堀を掘り、陣地を築いていきます。


「まぁ、日も西に傾いてきたし、安心して休める場所の確保は大事だよね?」

『その通りです。ブースターなどの薬物に頼れば、休息無しに戦い続けることも出来なくはありませんが、その後の反動を考えれば休息をしっかり取る方が良いに決まっています』


 ブースターの反動は体験済みですので、余程の緊急事態でもなければ使いたいと思いません。

 騎士団も、それこそ国家存亡の危機などに直面すればブースターの使用を検討するのでしょうが、今の時点では考えていないのでしょう。


「この様子だと、本格的な戦闘は明日以降になりそうだね」

『分かりませんよ。魔物は人間の都合なんて考えてくれませんからね』

「そうか、あちらから仕掛けてきたら、騎士団としても戦わざるを得ないもんね」

『勿論です、魔物との戦いは、殺すか、それとも殺されるかの戦いです』


 騎士団にすれば、一日も早く旧カルヴァイン領を奪還したいと考えているのでしょうが、既に生存者の発見は絶望的なので、焦って仕掛けるつもりは無いのでしょう。

 陣地の設営は土属性の者を中心として、属性ごとに分かれて作業を分担しているようです。


 土属性の者は壁を築き、地面を均し、水属性の者は馬達に水を与え、その他の者達は天幕の設営や食事の準備を始めるようです。


「この人数分の食事を作るの?」

『食事を作るといっても、スープなどの汁物を一つ作る程度でしょう。殆どは携帯食で済ませるとしても、汁物が一品あるだけで気分が大きく違ってきます』


 確かに、ボソボソの携帯食を食べるのに、温かいスープがあれば人心地がつきます。

 飛躍的に栄養素が増える訳ではありませんが、精神的な満足度は天と地ほども違うはずです。


 山道の安全を確保していた軽戦部隊も合流してきましたが、流石に疲労の色が隠せません。

 いくら身体強化の魔術を使っていても、険しい斜面を登り、道なき道を進んで来たのですから疲れていても当然です。


 軽戦部隊は割り当てられた天幕で装備を解き、携帯食とスープで腹を満たすと横になって休息を取り始めました。

 重騎兵の部隊も同様に、装備を解いて休息し始めています。


「何事も起こらなければ、彼らは朝まで休めるのかな?」

『恐らくそうなるはずです。陣地の設営などを行った本隊が、夜半までと夜半からに分けられて夜間待機します。その他の者は装備を解いていますが、襲撃があれば即座に装備を整えて応戦するはずです』

「じゃあ、僕も帰って夕食にしようかな」

『こちらの様子は自分が見守っています。もし、騎士団が危機的な状況に陥った場合には、我々が手助けしても構いませんか?』

「んー……そうだね、騎士団が経験値を得るのも大事だけど、あまり損害が出るのは好ましくないからね。押しこまれて犠牲が出るようならば手助けしてあげて。それと、魔物が襲撃してきたら知らせてくれるかな」

『了解です、コボルト隊を迎えに出します』

「うん、よろしくね」


 今夜は、これ以上騎士団側からの動きは無さそうなので、一旦自宅に戻って僕も休息することにしました。


「ただいま~」


 影の空間から自宅の玄関に出て靴を脱ぎ、リビングへ向かうとカミラが歩み寄ってきました。


「いかがですか、騎士団の様子は?」

「うん、ここまでは順調という感じ。犠牲者を出すことなく、旧カルヴァイン領の街並みまで辿り着いたよ」

「そうですか、ケント様のおかげです、ありがとうございます」

「僕は見ていただけだから、何も貢献していないし、今日の成果は騎士団の実力だよ」

「それでも、見守っていただけるだけで有難いです」


 本当に今日は見物していただけなので、カミラに礼を言われるような事は何もしていないのですが、そう言っても納得しそうもないので騎士団の様子を話して聞かせました。


「それでは、リーゼンブルグ王国騎士団の名に恥じぬ成果を上げられたのですね?」

「うん、バステンに解説してもらいながら見ていたけど、連携もしっかりと取れた良い動きだったと思うよ」

「そうですか、それは何よりです。弟の話では、直轄地とした旧カルヴァイン領には、あまり戦力を置いていなかったそうなんです」


 アーブル・カルヴァインとその一派は全て捕らえて、反乱が起こる可能性は無くなったものの、土地柄ゆえに余計な戦力を置いておかない方が良いと考えたそうです。

 その結果として、今回の大きな魔物の群れに対処するには戦力が足りなかったようです。


「やっぱり場所的には、魔物の大きな群れに襲われる可能性は低かったの?」

「そうです。魔物の大きな群れに襲われるとすれば南部、魔の森と接する場所が殆どで、旧カルヴァイン領のような北方では殆ど聞いた事がありません」

「もし北の山脈を越えて来たのだとしたら、ランズヘルトも備えておかないといけないかな」

「そうですね。ただ、これから冬に向かいますから、山脈を越えて来れるとは思えません。来るとしても、来年の春以降でしょう」

「そうか、夏ならまだしも、冬は雪も降るし越えられないか」


 厳冬期の高山なんて、自前の毛皮があるワーウルフならまだしも、ゴブリンやオークでは凍死してしまうでしょう。

 ただ、これからの季節は大丈夫だとしても、魔物の大群が北の山脈を越えて来るかもしれません。


 今回の事例は緊急ではありませんが、ランズヘルトの各領地と情報共有しておいた方が良さそうです。

 夕食を食べ終えて、お風呂にも入って、そろそろ寝ようかと思っていたら、コボルト隊のトルトが呼びにきました。


「わふっ、ご主人様、ワーウルフが出て来たよ」

「早速か……分かった、すぐ行く」


 外出の支度を整えて、バステンを目印にして影移動しました。


「どんな感じ?」

『遠吠えで威嚇してます』


 バステンの言う通り、山から山へと響き渡るように、ワーウルフの遠吠えが聞こえています。

 設営された陣地の中では、休んでいた騎士達が急いで臨戦態勢を整えています。


 陣地の中から、外の暗がりに向けて魔導具の明かりが灯されています。

 夜目が利く魔物と、何の備えもせず夜間に戦うのは不利です。


 魔道具の明かりでハンデを埋めようとしているのでしょう。

 陣地の周囲に作られた塀には狭間が設けられていて、騎士達はそこから槍を突き出したり、魔法や矢を放つ準備を終えています。


 そして、休息していた騎士達も手早く装備を着込み、臨戦態勢を整えました。


「かなり練度が高そうに見えるけど」

『そうですね。良い動きです』


 陣地に響くのは命令を伝える声だけで、無駄な私語を交わしている者は居ません。

 後は、押し寄せて来る魔物を迎え撃つだけ……と思ったのですが、いつの間にかワーウルフの遠吠えは聞こえなくなり、いくら待っても魔物は姿を見せませんでした。


 息を飲むような張り詰めた時間が過ぎてゆき、索敵を繰り返した後で騎士団は警戒態勢を一段緩めました。

 これまで警戒に当たっていた人員が休息に入り、これまで休んでいた者達が周囲を警戒しています。


『ケント様も戻ってお休み下さい』

「うん……いや、何だか嫌な予感がするから、ここで休んでるよ」


 ネロ、マルト、ミルト、ムルトを呼んで、もふもふに埋もれて仮眠を取っていると、嫌な予感は的中しました。


『ケント様、ワーウルフの遠吠えです』

「やっぱりか……でも、襲って来ないと思うよ」

『ワーウルフが神経戦を仕掛けてきていると?』

「そんな気がするんだよね。以前、僕らがバルシャニアの軍勢に仕掛けたみたいに、騎士団を眠らせず、消耗させるつもりなんじゃないかな」


 ワーウルフの遠吠えが聞こえれば、騎士団としては警戒態勢を整える必要に迫られます。

 一方のワーウルフは、吠えるだけ吠えたら休んでしまえば良いのですから、殆ど体力を消耗せずに済みます。


 そして予想通り、その晩魔物たちの襲撃はありませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る