第772話 騎士団の仕事ぶり(中編)

「ギャギャァァァ……」

「ギギャギャァァァ……」


 旧カルヴァイン領へと続く山道に、ゴブリンの叫び声が響き渡りました。

 街までの道程の三分の二まで、リーゼンブルグ王国騎士団は気付かれずに進んで来られましたが、とうとう魔物たちに発見されてしまったようです。


「バステンさん、これは索敵に失敗したのですか?」

『そうとも限りません。ここまで殆ど声も上げさせずに、待ち伏せしていた魔物を殲滅してきましたが、血が流れれば臭いが漂ってしまいます』

「なるほど、血の臭いが風などに乗って流れ、それで気付かれてしまったのですね?」

『その可能性が高いと思います』


 魔物たちは、人間よりも遥かに鼻が利きます。

 獲物を口にしなければ命を繋いでゆけないし、自分よりも強い魔物に襲われれば殺される心配もあります。


 そのため、魔物は血の臭いに対してはとても敏感です。


「発見された後、軽戦部隊はどのように対処するのですか?」

『相手がゴブリン程度ならば、引き続き殲滅。オーガなどの危険度の高い魔物が出て来た場合には、引き付けながら撤退するはずです』

「引き付けながらの撤退というのは?」

『ギガウルフやストームキャットのような足の速い魔物でなければ、撤退するだけならば問題なく出来るはずです。なので、一旦本隊とは別の方向に向かってから撤退に入るはずです』

「なるほど、相手の戦力が本隊に集中するのを防ぐのですね?」

『その通りです。足を狙った攻撃を行い、相手の動きを鈍らせます』


 バステンの言う通り、相手がゴブリンだけなので軽戦部隊は進軍を続けています。

 その間にも、山にはゴブリンの叫び声が響き、時折オークの声も混じり始めました。


 街道を進んで来た騎士団の本隊でも動きがあるようです。

 騎兵の一団が列の先頭へと移動を始めました。


「バステンさん、馬にも鎧を着せているようですよ」

『はい、重騎兵と呼ばれる部隊です。街並みまでの道程が少なくなってきたので、力押しでの突破を考えているようですね』

「待ち伏せとかは大丈夫でしょうか?」

『軽戦部隊が先行して、頭上の安全を確保出来た所で、一気に走らせるのかもしれません』


 いくら馬にも鎧を着せていても、頭の上から岩や丸太を落とされたらタダでは済みません。

 そうした待ち伏せを軽戦部隊が排除したら、重騎兵たちは一気に街並みまで走り、安全地帯を確保する役目を担うようです。


「本隊側の索敵部隊は後に下がったようですね?」

『安全確保は軽戦部隊に任せたのでしょう。広範囲の索敵は、慣れている者にとっても魔力と知力をフル動員しての重労働です。そろそろ体力的にも魔力的にも限界だったのでしょう』


 本体側の索敵部隊が後方に下がった直後、崖の上から甲高い指笛の音が響いてきました。

 それを聞いた重騎兵部隊の隊長は、手にした馬上槍を高く掲げた後、山道の先を指し示すように振り下ろしました。


「進めぇぇぇぇぇ!」


 隊長の号令と共に、重騎兵達は一斉に馬を走らせ始めました。

 山間の道に重たい馬蹄の音を轟かせながら、重騎兵達は一心不乱に馬を走らせていきます。


「凄い迫力ですね、バステンさん」

『重騎兵こそが騎士団の花形だと考える者も少なくありません』


 重騎兵は、危険な戦場で先頭切って突っ込んで行く役割を担います。

 鎧を着せた馬を自在に走らせる騎乗技術、騎乗のままで戦う戦闘技術、重騎兵は騎士団の中でもエキスパートだけが選ばれる栄えある部隊だそうです。


 軽戦部隊が頭上の安全は確保してくれましたが、山道の脇に潜んでいる魔物までは排除できませんでした。

 木や岩などの影からゴブリン共が山道に飛び出して来て、行く手を阻もうとしますが、重騎兵達は全く速度を落としません。


 ドガっと鈍く重たい衝突音を残して、ゴブリンの体が宙に舞い、道に叩き付けられ、後続の重騎兵を乗せた馬に踏みつけられて肉塊へ変えられてしまいました。


「お、おぅ……これは凄い。けど、あれは?」

『まぁ、お手並み拝見といきましょう』


 ゴブリンは跳ね飛ばしましたが、道の行く手にオークが姿を現しました。

 重騎兵が乗っている馬は、普通の馬と比べると屈強な体付きをしていますが、それでもオークと衝突したらダメージを受けるでしょう。


 オークとの距離が十メートル程に縮まった所で、重騎兵は馬上槍を鋭く前方へと突き出しました。


「ブギィィィィ……」


 オークの腹に風穴が開き、よろめいた所を重騎兵が槍で叩き伏せながら通り過ぎて行きました。

 道に倒れてしまえば、後はゴブリンと同様の運命を辿るだけです。


「なるほど、騎士団の花形と言われるのも分かりますね」

『一度走り始めた重騎兵の部隊を止めるのは至難の業です。ロックオーガならまだしも、オーク程度では相手になりません』


 自分の後輩にあたる騎士達の活躍を見て、バステンも鼻が高そうです。

 まぁ、骨なんで鼻は無いんですけど、ちょっと天狗になってますね。


 その後も散発的に現れる魔物を跳ね飛ばしながら重騎兵達は進み、旧カルヴァイン領の街並みへと辿り着きました。

 重騎兵達は見通しの良い場所を選び、馬首を外に向けて円陣を組みました。


 ここを旧カルヴァイン領奪還のための足場とするつもりなのでしょう。

 圧倒的な力を見せ付けながら山道を突破してきた重騎兵達ですが、流石に疲労の色は隠せないようで、馬の中にはガクガクと足を震わせているものもいます。


「かなり疲れているみたいですね」

『鎧は重量がありますし、山道の途中には急な登坂もありましたから、特に馬に負担が掛かっているようです』


 鎧を着込み、馬上槍を振るっていた騎士達も疲れているようですが、全ての重量を背負っていた馬の疲れが顕著なようです。

 どれどれ、ちょっと援護してあげましょうかね。


 重騎兵の隊を率いていた隊長の正面に闇の盾を出して、表に踏み出しました。


「お疲れさまです」

「ま、魔王様!」

「あぁ、下馬は不要です。皆さんの頑張りに、ちょっと差し入れをいたしますから、そのまま……そのまま……エリアヒール!」


 円陣を組んでいる重騎兵達を範囲に指定して、エリアヒールを発動させました。


「こ、これは……疲れが抜けていく」

「馬の震えが止まった……」


 うん、ちゃんと効果があったみたいですね。


「では、引き続き頑張って下さい」

「はっ! ありがとうございました!」


 重騎士達の敬礼を受けながら、影の世界へと戻りました。


『破格の差し入れですね。ですが、重騎兵と回復役の組み合わせは有効ですね。今後、リーゼンブルグ王国騎士団でも配置が検討されるかもしれませんね』

「見ていた限りでは、重騎兵の突破力は凄いと思いますが、馬への負担が大きいのが課題だと思いますね。特に今回は山道を登る形だったので、余計に負担が大きかったように感じます」


 バステンと重騎兵の運用に関する感想を話し合っていると、後続の本隊が追いついて来ました。

 ここで一旦、重騎兵の仕事は終わりのようです。


 この後は、いよいよ本隊の仕事ぶりが見られるのでしょうかね。

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