第771話 騎士団の仕事ぶり(前編)

 ディートヘルムが出動を命じてから五日後、旧カルヴァイン領へと向かう山道の麓にリーゼンブルグ王国騎士団が到着いたしました。

 僕らは魔物の群れが他の領地へと向かわないように、影の中からの監視を続けながら、騎士団の働きぶりを見学しようと思っています。


 ついでに撮影も行って、動画サイトで配信しちゃいましょうかね。


「という訳で、騎士団の行動の解説は、元リーゼンブルグ王国騎士団の部隊長を務めていらっしゃいました、バステンさんにお願いいたします」

『お任せ下さい』

「さて、バステンさん、今回の騎士団の布陣をどう見ますか?」

『はい、今回リーゼンブルグ王国騎士団が総数千五百人、それに加えて、近隣の領地からも騎士が二百五十人ずつ、合計二千人は十分な人数だと思われます』

「僕らからは魔物は数千匹、悪くすると一万を超えるかもしれないと報告しましたが、それに比べて騎士の数が少な過ぎませんか?」


 リーゼンブルグ王国騎士団は、兵や物資を全て馬車に積み込み、途中の領地から替え馬の提供を受けて急行してきました。

 それでも五日も時間が掛かってしまっていますが、逆に考えると、急いだ故にこの数になっているようにも感じます。


『今回の魔物の群れは、ワーウルフが率いているようですが、群れを構成する魔物の多くはゴブリンやオークです。戦闘力では騎士の方が遥かに上ですから、この数でも十分でしょう』

「ですが、魔物の数が一万を超えている場合、人数としては五分の一ですよ」

『確かに、数だけを見れば少ないと感じるかもしれませんが、騎士には魔物には無い優位性があります』

「騎士の優位性ですか、日頃の訓練で培った連携とかでしょうか?」

『それもありますが、単純に武器や防具の装備が違います』

「なるほど、金属鎧で武装した騎士と腰布程度しか身につけていないゴブリンでは、ダメージを受ける確率が違い過ぎますね」

『その通りです。こうした大規模な戦闘は、短時間で勝負が決するものではありません。戦闘が長期間になるほど、装備の違いによるダメージの差は広がっていきます』


 冒険者が魔物と戦う場合、遭遇した瞬間に殺すか殺されるかの勝負になりますが、長期間の戦闘となると、傷を負わせて追い払うというパターンが増えます。

 手負いの魔物は危険ですが、それは頼る仲間がいない場合です。


 大きな群れの場合、魔物であっても不利だと感じれば仲間の所に逃げ帰るそうです。


『もう一つの優位性として、騎士団には必ず治癒士が同行しています。怪我を回復してもらえるか否かも、長期間の戦闘では大きな差となります』


 魔物は攻撃する武器でも、身を守る防具でも劣り、怪我の治療も受けられない。

 騎士は良く手入れされた武器を使い、防具で身を固め、負傷しても治療が受けられる。


 これほどの差があるならば、二千人対一万匹でも十分なのも納得です。


『そして、ケント様が仰られたように、連携という面でも騎士の方が優れています』

「それは、ワーウルフが指示を出したとしても?」

『勿論です、いくらワーウルフであっても、騎士団のような緻密な連携は行えません。それは、追々戦いの中で分かっていくと思います』


 バステンは元部隊長として、リーゼンブルグ王国騎士団を信頼しているみたいです。


「少し気になるのですが、王国騎士団と近隣領地の騎士とが交ざって行動しても大丈夫なんでしょうか?」

『多少の混乱はあるかもしれませんが、基本的にどこの領地の騎士も、戦術や動きは王国騎士団を手本としていますので、大きな混乱は生じないと思います』


 実際、今回のように合同で戦闘を行う場合もあるので、各領地の騎士たちも王国騎士団の基本を身につけ、その上で独自の技術を磨いているそうです。


「なるほど、それでは数の上でも心配は無用ですね?」

『はい、問題ございません。さて、そろそろ動きがあるみたいですよ』

「おぉ、何やら大盾に守られた一団が出てきましたね。あれは何ですか?」

『あれは、索敵を行う魔術士ですね』

「索敵ですか……空に向かって両手を突き出している人と、地面に両手を付けている人がいますね?」

『空に手を向けている者は風属性の探知魔術を使っているのでしょう。地面に手を付いている者は土属性の魔術を使っているのでしょう』


 風属性の探知魔術は、風の流れを感じ取ることで、物陰に隠れている者も見つけ出すそうです。

 土属性の探知魔術は、地面の形状を感じ取り、穴を掘って隠れている者を見付けるそうです。


『最初に旧カルヴァイン領を調べに向かった騎士団が辿り着けなかったのは、狭い山道での奇襲が原因だったようです』

「それでは、前回の遠征部隊には索敵を行う兵が居なかったのですね?」

『詳しい人員を聞いていませんが、その可能性は高いと思います』


 連絡が途絶えた旧カルヴァイン領の偵察を行うのに、索敵部隊が不足していたのは失敗だったと言わざるを得ませんね。


「バステンさん、索敵が終わった後はどうなりますか?」

『はい、この状況ですと、恐らく軽戦部隊が投入されると思われます』

「軽戦部隊と言いますと?」

『あちらに控えている部隊ですね』


 バステンが指し示す方向には、革鎧を着込んだ一団が待機していました。


「王国騎士なのに革鎧なんですね?」

『はい、軽戦部隊は名前の通り身軽に戦闘を行う部隊です。こうした山間の道では、両側の崖の上からの待ち伏せ攻撃が一番の脅威となります。なので索敵を行い、待ち伏せを察知して、軽戦部隊による急襲を行います』

「なるほど、足場の悪い場所を身軽に動くための革鎧なんですね」

『その通りです。ただし装備が軽いので、オーガなどの重量級の魔物が現れた場合には不利となりますので、その場合には無理せず撤退するように命じられているはずです』

「あくまでも、こちらの損害は最小に留める訳ですね。おっ、軽戦部隊が動くようです」


 魔術士の部隊が索敵を続ける一方で、指示を受けた軽戦部隊が動き始めました。

 恐らく身体強化の魔術を使っているのでしょう、かなりの急こう配の斜面に取り付いて身軽に登っていきます。


 こちらも影移動で軽戦部隊に付いていってみましょう。

 軽戦部隊は、岩などに身を隠したり大廻りをしながら進み、待ち伏せをしているゴブリンの背後へと周り込みました。


「バステンさん、ゴブリンは全く気付いていないようですね」

『索敵によって、ゴブリン達の居場所が分かっていますので、このように気付かれずに接近できます』

「それでは、あっさりと討伐してしまうんですね?」

『いいえ、ここでもう一度索敵を行うはずです』

「ここでも索敵するのですか?」

『いわゆる後詰の部隊がいる可能性がありますので、それを確認してから攻撃に移るはずです』

「魔物がそこまで戦術を立てるものなんですか?」

『いいえ、まず無いでしょう。ただし、騎士団が相手をするのは魔物だけとは限りません。大規模な山賊団や他国の兵と戦う場合も考えれば、後詰の確認を怠る訳にはいきません』


 今回の旧カルヴァイン領の奪還作戦は、そうした山賊や他国の兵士との戦闘も考慮した演習の意味合いもあるようです。


『さぁ、そろそろ動きますよ』


 バステンの言う通り、軽戦部隊がジリジリと距離を詰め始めました。

 半弓に矢を番えている者と魔術の詠唱を始める者が半々といったところでしょうか。


『攻撃は風の魔術と弓矢によって行われるはずです』

「他の魔術は使わないのですか?」

『極力、待ち伏せ部隊が倒されたことを知られないために、目立つ火の魔法は使いません。使うとしても水の魔法まででしょう』


 気配を殺して接近した軽戦部隊は、隊長の指示と同時に一斉攻撃を行い、ゴブリン共に断末魔の声さえ上げさせずに殲滅しました。


「いかがですか、バステンさん」

『非常に良い動きです。これならば、他の魔物たちは仲間が殺されたことに全く気付かないでしょう。攻め込む側とすれば、相手に悟られずに何処まで進めるかが後の状況に大きく影響してきますので、初手としては満点の出来栄えと言って良いでしょう』

「幸先良いスタートが切れましたね。この後は、どういう展開になりますか?」

『下で索敵を行っている魔術士と連携しながら、待ち伏せを排除しつつ進んで行くことになります』

「それでは、主力部隊の投入は山道を抜けてからですか?」

『その状況が一番望ましいのですが……ワーウルフが居ますので、一筋縄では行かないかもしれません』

「なるほど、それでは引き続き騎士団の進軍を見守りたいと思います」


 リーゼンブルグ王国騎士団は、基本に忠実に索敵を行いながら山道を進んでいきます。

 果たして、魔物達の反撃はあるのでしょうか。

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