第770話 ワーウルフ

「ところで、ワーウルフを見ておきたいんだけど、どこに居るのかな?」

「坑道の奥……」


 ラインハルトに聞いたつもりでしたが、答えてくれたのはフレッドでした。


「フレッドは周囲の監視に加わらなくても大丈夫なの?」

「バステンとゼータ達が手分けして見張ってる……」

「そっか、じゃあワーウルフの所に案内して」

「りょ……」


 フレッドの案内で影の空間を移動して、坑道の奥へと進みました。

 ワーウルフの居る場所は、坑道を上から四分の一ほど下がった所だそうです。


「えっ? ここの坑道って、こんなに広かったっけ?」


 案内された場所は、ホールのようになっています。

 天井までの高さは普通の家の倍ぐらいで、広さはバスケットボールのコート二面分ぐらいあります。


「坑道を何本かまとめてホールにしたらしい……」


 この鉱山では、中心となる大きな坑道から枝別れするように何本もの坑道が掘られています。

 上下四本ぐらいの坑道をまとめて、一つの大きな空間に作り変えたようです。


 これもワーウルフが、ゴブリンなどに指示を出して作らせたのでしょうか。

 ホールの中には、ワーウルフと思われる魔物が十頭ほど集まっています。


 大きいコボルトぐらいに思っていたのですが、想像していたよりも凶悪そうに見えます。

 背丈は大きいもので二メートル以上、全身が灰色の毛で覆われた二足歩行の狼という感じのフォルムですが、ガチムチに筋肉が発達しています。


「二足でも四足でも戦えるし、武器や戦術を使う者もいる……」

「あっ、ホントだ。あいつは盾を持ってるし、こっちのは大剣を持ってる」

「戦闘力はロックオーガよりも上……」

「そんなに強いの?」

「魔力を通すと毛が硬くなって刃が通り難くなるし、動きが俊敏……」

「確かに、足の筋肉とかヤバそうだね」


 魔物の中には、意識せずに身体強化魔術を使う者がいるそうで、ワーウルフもその一種だそうです。


「動きが素早く、体も硬いんじゃ、確かに討伐は難しそうだね」

「槍隊で囲んで討伐するのが一般的……火の魔術も効果的」


 斬り付ける攻撃では刃が通り難いので、槍のように刺す攻撃の方が良いようです。

 当然ながら、生き物なので火による攻撃は効果がありますが、動きが速いので当てるのが難しいようです。


「じゃあ、槍などで弱らせて、動きが鈍ったところで火の魔法って感じなのかな?」

「魔物の討伐は、基本的にそのパターン……」


 サラマンダーなどの火属性の魔物を除けば、剣や槍による物理攻撃と火属性の魔術は鉄板の組み合わせです。


「ただ、火を使うと素材が痛む……」

「あぁ、ワーウルフの毛皮とか高そうだよね」

「バルシャニアのある部族では、ワーウルフを仕留めると長になれるらしい……」

「それだけ討伐が難しいってことだよね。うちのコボルト隊とどっちが強い?」

「互角……でも、コボルト隊が連携すれば危なげなく倒せる……」

「じゃあ、単独では勝負しないように伝えておいて」

「りょ……」


 先程フレッドが、ワーウルフは戦術を使うと言っていましたが、よく見るとホールの床には何か図形が描かれています。


「フレッド、あれって」

「旧カルヴァイン領の地図……」


 鉱山と街並み、山を下る街道程度しか描かれていない簡素な物ですが、確かに地図です。

 街道脇に、丸とか三角、バツ印なども書き込まれていて、防衛線でも構築しようと考えているのでしょうか。


「こんなに頭が良いの?」

「上位種がいるから……」

「えっ、どれ? あぁ、あれか……」


 坑道の中が暗いので気付きませんでしたが、集まっているワーウルフの中に二回りほど体の大きな個体がいます。

 体を覆う毛並みも、灰色というよりも銀色に近い感じです。


 牙も爪も、ヤバい感じの鋭さです。


「あいつは強そうだね」

「眷属に加える……?」

「んー……状況次第で考えようかな」


 戦力的に不足は感じていませんし、モフモフ的にも間に合っていますから、どうしても眷属に加えたいとは思いません。

 ただ、レアな魔物はコレクションしたい……みたいな欲求はありますね。


「眷属にすれば、こいつらが何処から来たか分かる……」

「そうか、それは確かに知っておきたいね」


 ワーウルフは、これまで遭遇していない魔物です。

 魔の森でも見掛けていませんし、ストームキャットやサラマンダーと同じレベルのレア度です。


「ワーウルフは、ストームキャットみたいに宙を走ったりしないの?」

「それは聞いたことがない……それに、ゴブリンとかも率いているから、飛んできた訳ではないはず……」


 フレッドから聞いたワーウルフのスペックならば、南の大陸との間にある海峡も飛び越えてきそうですが、オークやゴブリンを率いて飛び越えるのは無理でしょう。


「ワーウルフだけが南の大陸から来て、こちらに来てからオークやゴブリンを統率した可能性は無いかな?」

「考えられない訳ではない……でも、それならもっと早く被害が出てるかと……」


 これだけ大きな群れが出来上がるまでには、当然多くの食糧が必要となります。

 南の大陸から旧カルヴァイン領に着くまでの間に、これだけの数の魔物が食糧を確保するとなれば、人や家畜などに被害が出ているはずです。


「後で、ディートヘルムに確認してみるか」


 旧カルヴァイン領の状況は、決して他人事ではありません。

 ここと同じ鉱山の街といえば、ヴォルザードの隣、マールブルグが頭に浮かびます。


 マールブルグにはコボルト隊のマールルトが常駐しているので、魔物の大群が現れた場合には、すぐさま僕の所に連絡が来るはずです。

 それでも、この規模の群れが来たら犠牲ゼロというのは難しいでしょう。


 犠牲を最小に抑えるためにも、前触れのようなものが無いのか、少しでも情報を仕入れておきたいところです。


「どうやら、今夜は動かないみたい……」

「みたいだね」


 集まっていたワーウルフ達は、ホールのあちこちにバラけてゆき、思い思いの格好で眠り始めました。


「ワーウルフは、夜行性という訳じゃないんだ」

「人間相手に動くなら夜の方が有利……でも、特に夜行性という感じではなさそう……」


 必要であれば夜でも動くし、満腹ならば昼間でも眠る。

 その辺りは、普通の動物と変わらないようです。


 坑道の他の部分も見て回りましたが、オークやゴブリンなどもくつろいでいる感じで、今夜の移動は無いようです。


「僕も家に帰って休むね。たぶん動きは無いと思うけど、緊急の時には起こして」

「りょ……監視を続ける……」

「よろしく」


 どうやら、まだ食糧に余裕があるからでしょうか、魔物の群れは移動する気配がありません。

 今夜探ったワーウルフの様子をディートヘルムに伝えたら、家に帰って休みましょう。

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