第769話 思い通りにならない事案
「奴らが動くとすれば、日が落ちてからでしょう」
旧カルヴァイン領を占拠している魔物の群れは、ラインハルトが予想した通り、日が高いうちは大きな動きを見せませんでした。
先行して派遣された騎士団を指揮するクラークと、王都にいるディートヘルムの連絡を済ませた後、僕はネロに寄り掛かりながら仮眠を取りました。
夕食の席で、今夜は旧カルヴァイン領の様子を見守ると、お嫁さん達に断りを入れてから出掛けることにしました。
「ラインハルト、様子はどう?」
「奴ら、どうやら鉱山の坑道を根城にしようと考えているようです」
ラインハルトの言葉通り、ゴブリンやオークが街で手に入れた食糧や武器などを坑道へ運び入れています。
種族の異なるゴブリンとオークが、共同で作業を行っているのを見るのは初めてです。
「やっぱり、ワーウルフが魔物を統率しているのかな?」
「まず間違い無いでしょうな」
「一体どうやって統率してるんだろう?」
「観察した感じでは、それぞれの種族を統率する個体が何頭かいて、その統率している個体をワーウルフが統率しているようです」
「そんな事が出来るほど、言葉とか意思疎通が出来てるって事?」
「人間の騎士団のように、一糸乱れぬ行動までは難しいでしょうが、食い物を持って来いとか、敵を倒せとか、簡単な指示は出来ているように見えますな」
「つまり作戦の面では、まだまだ人間側が優位を保っているって考えて良いのかな?」
「そうですな、今の時点では作戦面については間違いなく優位を保っているでしょう」
リーゼンブルグ王国騎士団の方が有利な状況なのに、ラインハルトの表情は冴えません。
「今の時点って事は、将来的には分からないって事?」
「おっしゃる通りです。これほど統率の取れた魔物を見るのは私も初めてですし、これが限界だという見極めもつきません」
「まだ進歩する余地が残されているって事?」
「これよりも優れている物が存在しているならば、改善される余地は残されているという事です」
ワーウルフがどの程度の統率が出来るのかとか、どうやって他の魔物を統率できるようになったのかとか、気になる点は多々ありますが、今はいかにして討伐するかを考えるべきなのでしょう。
「そうですな。少なくとも、ここに居る連中を根絶やしにしてしまえば、こいつらがこれ以上の進歩を遂げる事は無くなります」
「将来的な事を考えるならば、一匹残らず討伐しないと駄目なんだね」
「その通りなのですが……もう一つ気掛かりな事がございます」
「もう一つ?」
「はい、奴らが一体何処から現れたのか……です」
「あっ! 確かに……」
リーゼンブルグでは、これまで何度も魔物の大量発生を経験しているそうですが、その発生源は南の大陸です。
南の大陸で生まれた魔物たちが、魔の森を抜けて、こちら側で猛威を振るってきたのですが、旧カルヴァイン領はリーゼンブルグの北に位置しています。
もし、これほどの数の魔物が南の大陸から移動してきたのであれば、旧カルヴァイン領に着く以前に大騒ぎになっているでしょう。
それに、南の大陸との陸続きの部分は僕が削り落としました。
ゴブリンの大群が、あの海峡を飛び越えて来られるとは思えません。
「ラインハルト、北側ってどうなってるの?」
「リーゼンブルグの北方には、万年雪を抱いた険しい山脈が連なっています。例え魔物であっても簡単には越えて来られないはずです」
「他に考えられるのは?」
「例の空間の歪みはどうでしょう?」
「なるほど、南の大陸とどこかで繋がっているとしたら、魔物の群れが現れても不思議じゃないけど……これまでのケースだと、こんなに北には現れないんじゃないかな? それに、最近大きな地震が起こった記憶も無いし、何となくだけど違う気がする」
空間の歪みが生じて南の大陸と繋がった場合には、強力な魔物が出て来るイメージがありますが、ワーウルフはいますがオークやゴブリンは普通の個体に見えます。
「だとすると、他に考えられるのは……坑道のダンジョン化でしょうか」
「ダンジョンって、そんなに急に現れたりするものなの?」
「分かりません。ダンジョンに関しては分からない事ばかりですから」
「この前、ドノバンさんも言ってたな、ダンジョンはダンジョンであって、それ以上でもそれ以下でもないって。でも、ダンジョンかそうでないかは、どうやって見分けるの?」
「潜ってみるしか無いでしょうな」
「魔物が入り込んでいるだけで、鉄鉱石の鉱脈しかなければダンジョンではなくて、宝石とか出てきたらダンジョンって事か」
「その他にも、内部の構造が変化する可能性もありますな」
ダンジョンは普通の洞窟と違って、頻繁ではないけれど内部の構造が変化する場合があるそうです。
ある日突然、それまで無かった大きな空洞が出来ていたり、地下なのに気温が急激に変化したり、最悪なのはルートが変わってしまうケースです。
土属性魔術を使ってルートの探索が出来る人間が一緒ならば、自分達でルートを探して地上に戻れますが、地図頼みで進んでいると遭難する可能性が高くなります。
討伐や護衛依頼では、土属性魔術が活躍する場面は少ないですが、ダンジョン攻略においては優秀な土属性魔術の使い手は、欠く事の出来ない存在なんだそうです。
「とにかく、坑道の様子を見に行ってみようか」
「内部は酷い状況なので、あまりお薦めできませんぞ」
魔物に占拠された坑道の内部には、鉱山で働いていた人たちの遺体の残骸があちこちに転がっているそうです。
その上、坑道の外で殺された人たちの遺体も、奴らの食糧とされるために運び込まれているそうです。
「確かに、これは酷いね」
坑道は、何本にも枝分かれしていて、その内の何本かに住民の遺体が運び込まれています。
大人だけでなく、小さな子供の遺体も混じっているのが痛々しいです。
「騎士団が攻撃を始めるまでに、あと何日ぐらい掛かるかな?」
「どんなに急いでも一週間は掛かるでしょうな」
今現在、派遣されている騎士団の戦力では、街に近付くことすら難しい状況です。
ディートヘルムの話によれば、今日中に応援の部隊を出発させるそうですが、リーゼンブルグの北の外れにある旧カルヴァイン領に到着するまで時間が掛かります。
「その間、この御遺体が魔物たちに食われるのを見過ごすのは辛いね」
「遺体だけ、別の場所へ運び出して弔いますか」
「んー……どうしようかな?」
住民の遺体が食われるのは見たくありませんが、遺体を全て移動させてしまうと、今度は魔物たちが食糧不足に陥りそうです。
「食べる物が無くなれば、ここに居る魔物は山を下ることになるよね」
「間違いなく、そうなるでしょうな」
騎士団の応援部隊が到着するよりも早く、魔物が山を下って他の領地に攻め込もうとしたら、僕の眷属が討伐に動きます。
つまり、騎士団が到着する前に、魔物の討伐が終わってしまいます。
今回の騎士団の動きは、将来第二のアーブル・カルヴァインが現れた時や、今回と同様に魔物の大きな群れが出現した時のための訓練の意味合いがあります。
「んー……何だか今回は、思うように動けないなぁ」
「思うように動いてもよろしいのではありませぬか?」
「でも、好き勝手やっちゃうと、リーゼンブルグのためにならないと思うんだよね」
「では、手出ししないと……?」
「予定通りに、他の領地や村に向かおうとしたら討伐して、それ以外は手出ししないでおこう」
「了解しました」
ラインハルトとしては、ストレス発散のために一暴れしたいところなんでしょう。
正直、僕も片付けてしまいたいのですが、今は手出ししないでおきます。
なんだか、じれったいですねぇ。
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