第768話 王都への連絡
直接ディートヘルムの所に行こうと思い、目印に渡してある闇属性ゴーレムの機能をつけたネックレスを目指して移動すると、騎士団の駐屯地のような場所に着きました。
「あれっ、何処だここは?」
影の中から外の様子を窺っていると、どうやらネックレスは天幕の中にいる指揮官らしい男が持っているようです。
いきなり姿を見せて騒ぎになるのも面倒なので、先に声を掛けましょうかね。
「こんにちは、ケント・コクブと申しますが、お邪魔しても大丈夫ですか?」
「ケント……魔王様! どうぞ、お入り下さい」
折り畳み式のテーブルに広げた地図を睨んでいた男性は、僕の名前を聞くと椅子から立ち上がって姿勢を改め、敬礼の姿勢を取りました。
これは、横から出て行くのは申し訳ないので、正面に回って闇の盾を出して表に踏み出しました。
「どうも……ディートヘルムに預けたネックレスを目印に来たんだけど……」
「はっ! 自分が連絡用にお預かりしております」
どうやら前線の騎士と迅速に連絡を取り合えるように、ディートヘルムが現場の指揮官に預けたようです。
「なるほど、王城とここをリーゼルトが連絡のために移動してるんだね」
「はっ! その通りであります」
「えっと……そんなに緊張しないで構わないですよ。普通に話してもらって大丈夫です」
「よろしいのでありますか?」
「ええ、その方が話しやすいです」
「かしこまりました」
男性の名前はクラーク・フェルトン、王国騎士団の部隊長を務めているそうです。
「早速ですけど、峠道の向こうの旧カルヴァイン領は全滅です」
「えぇぇ! 全滅……本当ですか?」
「僕の眷属が街中を回って、鉱山の坑道の中まで調べましたが、生存者を見つけられていません」
「ゴブリンの大群ですか?」
「ゴブリンの他にオークの群れもいるようで、僕の眷属の話ではワーウルフが統率している可能性が高いようです」
「ワーウルフとは厄介な……」
「魔物の数は、少なく見積もっても数千匹以上……万を超えるかもしれません」
「そんなに……」
「一応、僕の眷属達が外に溢れ出さないように監視していますが、食べ物が無くなれば移動を始めるのは確実です。ディートヘルムと連絡を取り合って、早急に対策を講じて下さい」
「かしこまりました。近隣の領主にも使いを走らせます」
クラークは部下を呼んで、近隣の領主に使いを出すように指示を与え、自分はディートヘルム宛ての書簡を書き始めました。
部下への指示や下書きも無しにサラサラと文章をしたためている様子からみても、クラークは有能な人物のようです。
ただ、書簡を書き終えた所で、はたとクラークの手が止まりました。
クラークは書き上げた書簡に視線を落としたまま数秒考え込んだ後で、チラリと僕の方へと向き直りました。
更に数秒迷った後で、クラークが切り出しました。
「魔王様、大変申し訳ございませんが、ディートヘルム様へのご連絡をお願いできませんでしょうか?」
「あっ、そうか、リーゼルトがいないと手紙は届けられないもんね」
「はい……」
王城からの連絡を届けられるように、ディートヘルムはクラークにネックレスを預けたようですが、リーゼルトがアルダロスに居る時には、こちらから連絡する術がありません。
「王城の執務室で良いのかな?」
「はい、そちらに待機なさっておられるはずです」
「じゃあ、確かに書簡は預かりました」
「使い走りのようにしてしまい申し訳ございません」
「いや、緊急事態だから気にしないで下さい。では……」
「よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げたクラークに見送られながら影の空間に潜り、リーゼンブルグの王都アルダロスを目指しました。
ディートヘルムは王城の執務室で、宰相のトービル、騎士団長のベルデッツと何やら打ち合わせの最中でした。
「お邪魔しますね、手紙の配達です」
「魔王様、ご無沙汰いたしております」
「あぁ、立て込んでるみたいだし、挨拶は抜きにしよう」
椅子から立って片膝を付こうとしたディートヘルムを止めて、クラークから預かってきた書簡を差し出しました。
「えっ、どうして魔王様がクラークの書簡を……」
「ディートヘルム、旧カルヴァイン領は魔物によって全滅状態だよ」
「えぇぇ……本当ですか?」
ディートヘルム達も、まさに旧カルヴァイン領への対策を考えている最中だったようですが、まさか全滅しているとは思っていなかったようです。
僕らが偵察してきた状況を伝えると、すぐさま三人は動き出しました。
「殿下、追加の部隊を編成し、直ちに出発させます」
「うむ、頼む」
騎士団長は部隊の編成を行うために、足早に執務室を飛び出していきました。
「トービル、騎士団への補給計画を作成してくれ、道中の領主に協力を要請する書簡も用意してくれ」
「はっ、かしこまりました」
「魔王様、もう少し詳しい状況を教えていただけますでしょうか?」
「構わないよ」
応接用のソファーに場所を移して、お茶を飲みながらディートヘルムの質問に答えていきました。
話を聞いている間、ディートヘルムは手元の紙に聞き取った内容を書き記していました。
以前のディートヘルムならば、もっとオタオタしていたと思いますが、今日は落ち着いた様子で状況に対処しようとしています。
戴冠式はまだですが、実質的な国王としての役割を担い始めているので、徐々に自信を付けてきているのでしょう。
「僕が手を貸した方がいいかな?」
「そうしていただけると、我々として楽が出来るのですが、その代わりに経験を積むことが出来なくなります」
「リーゼンブルグは平和になったし、バルシャニアとも和平関係を築けたから、戦いの経験なんて要らないんじゃない?」
「今は、そうですね。ですが、何時またアーブル・カルヴァインのような者が現れないとも限りません。その時に、王国騎士団が戦えないようでは話になりません」
愚王などと呼ばれた前国王の時代に比べれば、リーゼンブルグは遥かに安定しているはずです。
第一王子派、第二王子派に分かれての派閥争いも解消されましたし、クーデターを画策するような理由は無いと思いますが、僕が知らないだけで不満を抱えている者も居るかもしれません。
それに、今回のように魔物の群れが街を襲うような事態が、また起きないとも限りません。
勿論、今回も訓練ではなく実戦なんですが、騎士団の動きを再確認しておくためには、僕は手出ししない方が良いのでしょう。
「でも、これ以上の被害が出るのは好ましくないから、騎士団が配置に付くまで魔物が他の地域に移動しないように、眷属達に監視は続けさせるからね」
「はい、お気遣いありがとうございます。まことに図々しいお願いなのですが、眷属の皆さんが戦闘を行った場合には、お知らせ願いませんでしょうか?」
「いつ戦闘が始まったか?」
「それもございますが、どのタイミングで、どの程度の規模で魔物が移動を始めるのか、時期、数、規模などの記録を残しておきたいのです」
「分かった、戦闘になった場合には詳細な記録を残しておけるように努力するよ」
「よろしくお願いいたします」
ディートヘルムが僕からの聞き取りを終えた頃、騎士団長と宰相が執務室に戻ってきました。
これから追加の戦力の詳細についての説明や、宰相が用意した書面にディートヘルムが署名をするようです。
ここから先は、リーゼンブルグ王国の首脳陣が腕を振るう場面ですので、そろそろ部外者は退散して見物に回らせてもらいましょう。
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