第767話 判断ミス

 夕食の後で、コボルト隊から受け取った手紙を読んだカミラが、浮かない表情を浮かべています。

 リーゼンブルグで何かあったのでしょうか。


「カミラ、ディートヘルムからの手紙?」

「はい、そうです」

「何かあったの?」

「旧カルヴァイン領との連絡が途絶えたみたいです」

「まさか、アーブルの残党が何かやらかしたの?」

「それは無いと思いますが、弟も異変を感じているみたいで、騎士団を派遣したそうです」


 旧カルヴァイン領は、リーゼンブルグの北に位置する山間の領地で、鉄鉱石の産地として知られています。

 前の領主アーブル・カルヴァインは野心的な男で、リーゼンブルグ王家を転覆させて国を乗っ取ろうと画策していました。


 実際、その企みは成就される寸前でしたが、僕が計画を叩き潰して、アーブルは獄中死したと聞いています。

 アーブルの計画が潰えた後も、アーブルの側近だった者達が鉱山を牛耳っていて、王国騎士団が摘発に動いた時には、最後の悪あがきでアジトを爆破、それによって引き起こされた雪崩によって街が壊滅的な被害を受けました。


 僕や唯香、マノンも現地に入って救助活動を行いましたが、少なからぬ犠牲者が出ました。

 その後、カルヴァイン領は王家の直轄地という扱いになり、厳しい取り決めを行った後に、代官が赴任して鉱山を管理していたはずです。


 爆破によって大規模な雪崩の被害を受けたように、旧カルヴァイン領は冬には雪で閉ざされます。

 厳冬期は、ソリを使っても往来するのが難しくなるほど雪が積もりますが、まだ夏が終わって秋になったばかりですから、雪によって連絡が途絶えた訳ではないでしょう。


「崖崩れでも起きたのかな?」

「その可能性は十分に考えられますが、そうだとしたら弟は、崖崩れのために連絡が途絶してると知らせてくるはずです」

「そうか……じゃあ、今はまだ調査待ちだね」

「はい、そのようです」

「僕がちょっと見て来ようか?」

「いいえ、それには及びません。何か起こる度にケント様に頼っているようでは、王位に就く資格がございません。それに、宰相や騎士団長など相談できる者もおりますから、本人から要請があるまでは見守っていて下さい」

「うん、分かった」


 いけませんねぇ、ついつい首を突っ込みたくなっちゃうのは僕の悪いクセです。

 ディートヘルムが立派なリーゼンブルグ王になるためには、こうした事案を一つ一つ、周囲の意見を聞きながら指示を出して解決していかなければなりません。


 僕が余計な手出しをすることは、ディートヘルムの成長を邪魔してしまうんですよね。

 反省して、大人しくしていましょう。


 そう思って、この件は頭の中から消し去っていたのですが、五日ほどして届いた続報は思わしいものではありませんでした。


「魔物の群れに阻まれて、騎士団が辿り着けなかった?」

「はい、調査のために騎士十名を派遣したそうなのですが、途中の山道でゴブリンの大群に襲われて退却してきたそうです」

「ゴブリンの大群となると、上位種が混じってそうだね」

「はい、恐らく……」


 魔物は、他の魔物の魔石を食べると力を増していきます。

 ゴブリンの場合、群れの食糧が足りなくなると共食いを始めて、仲間の魔石を食べて力を増し、ホブゴブリンとか、ゴブリンジェネラルとか呼ばれる上位種になります。


 体が大きくなり、力や知能も増して、仲間を従えて指示を出して動かすようになるそうです。

 ゴブリン自体は、討伐するに苦労する魔物ではありませんが、数が増えて統率された動きをするようになると倒すのが難しくなります。


「旧カルヴァイン領まで辿り着けなかったってことは、住民の安否も分からないのかな?」

「はい、連絡が取れないので、安否も確認できない状態です」

「分かった、とりあえず偵察に行ってくるよ」

「しかし、ケント様の力を借りるのは……」

「カミラが言いたい事は分かるけど、住民の安全を優先したい。それに偵察に徹するから、実際の討伐は騎士団に任せるつもりだよ」

「分かりました。よろしくお願いします」


 旧カルヴァイン領に移動しようと影の空間へと潜ると、ラインハルトが待ち構えていました。


「ケント様、かなり酷い状況ですぞ」

「それじゃあ、唯香にも来てもらった方が良いかな?」

「いいえ、生存者が見当たりません」

「えっ? 生存者がいないって……」

「街に魔物が溢れています」


 急いで向かった旧カルヴァイン領には、ゴブリンだけでなくオークの姿もありましたが、住民の姿はありません。

 残されているのは、どす黒く乾いた血の跡と腐敗の進んだ肉片と骨片だけです。


 家の中を覗いてみても住民の姿は無く、台所には残った食糧を漁るゴブリンの姿が有りました。

 街中の通りにも、白昼堂々と闊歩するゴブリンやオークの姿があります。


 どの家も窓や扉が壊され、床に残った長く続く血痕は、殺された住民が引きずられた跡なのでしょう。


「こんな事になっているなら、もっと早く動くべきだった……」

「ケント様、連絡が取れないと知らせが届いた時点で手遅れだったのではありませんか?」

「そうかもしれないけど……何人かの命は救えたかもしれない」


 ラインハルトの言う通り、ここから王都まで知らせが届けられ、それからカミラへ知らされるまでには何日もの時間が過ぎていたはずです。

 それでも、僕が知った瞬間に動いていれば、救えた命があったかもしれません。


 脳裏に船山の死を知った時の状況が浮かびました。

 あの時に比べれば、僕は多くの眷属に囲まれて、多くの人の命を救えるだけの力を手にしています。


 ほんの少しの油断と躊躇が、救えたはずの命を見捨ててしまったのかと思うと、後悔がつのります。


「そうだ! 坑道の中にいた人なら助かっているんじゃないかな」

「坑道の中にも魔物が溢れてる……」

「フレッド……でも坑道は長いし」

「コボルト隊にも捜索させたけど……」


 どうやら坑道の中にも生き残った人は居ないようです。


「でも、ここには沢山の人達が住んでいたのに、一人も助からないなんて事が起こり得るのかな?」

「推測ですが、何の前触れも無く、真夜中に襲撃されたのでしょうな。奴らは夜目が利きますから」


 ラインハルトの言う通り、魔物は夜でも物が見えますが、人は明かりが無いと身動きがとれません。

 何の備えもしていない状況で真夜中に襲撃されたら、街が全滅するのも仕方ないのかもしれません。


「全く抵抗出来なかったのかな?」

「魔物の側にも損害は出たでしょうが、共食いされて死体は残っていないのでしょう」

「なるほど……」

「ケント様、ワーウルフが居る……」

「ワーウルフ?」

「人に近い狼の魔物……知能が高い……」


 ワーウルフは、いわゆる狼男のようです。

 知能が高く、ずる賢く、討伐するのが難しい魔物だそうです。


「奴らは、風の魔術を使って切り裂く爪の攻撃をしてきます。それに、群れを統率する能力に長けているので、この魔物の大群を操っているのかもしれませんな」

「魔物が他の種族と連携したり、指示に従ったりするの?」

「多くはありませんが、そうした状況もあるようです」

「問題は、こいつらをどうするか……このまま放置しておけば、山を下りて他の領地も襲うよね?」

「恐らく、そうなるでしょうな」

「とりあえず、旧カルヴァイン領から出ないように監視しておいて。僕はディートヘルムと今後の対応を相談してくるよ」

「かしこまりました。これ以上の犠牲は出させませぬ」


 現場の指揮はラインハルトに任せて、僕はアルダロスの王城へ向かいました。

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