第766話 新米ママの普通の一日

※今回は、綿貫さん目線の話になります。


「ただいまぁ!」


 今日も元気にメイサが学校から帰ってきた。

 パタパタと足音を立てて、裏口から店の中へと飛び込んで来る。


「ミク~、お姉ちゃん帰ってきましたよぉ!」

「メイサ、ちゃんと手を洗ったのかい?」

「裏の井戸でちゃんと洗った! ねぇ、ミクちゃん、今日もプニプニでしゅねぇ」


 このところ、学校から帰ってきたメイサは、真っ先にあたしの娘のところに行く。

 生まれた直後から、たくさんの人達に囲まれて生活しているからか、未来は人見知りせずにニコニコしている。


 あー……とか、だー……とか、何か言いたそうにしながら、キャッキャと笑うのでみんなから可愛がってもらえている。

 何より、殆どグズることがないから、本当に助かる。


 最近、シェアハウスから店までは自転車で通うようにしている。

 朝の支度を終えたら、未来と一緒に店に来て午前の仕込みを済ませ。


 営業時間が始まる前に、一旦シェアハウスに戻って未来をシーリアに預ける。

 昼の営業時間が終わったらシェアハウスに戻り、未来と一緒に店に戻って、賄いを食べて少し休憩する。


 その後、午後の仕込みを済ませたら、未来を連れてシェアハウスに帰る生活だ。

 未来の父親が誰なのか分からないから、あたしはいわゆるシングルマザーになるのだが、全然シングルという気はしない。


 仕事が忙しい時間にはシーリアが預かってくれて、時にはオッパイも分けてもらっている。

 育児に関する不安は、アマンダさんやシーリアの母フローチェさんが相談に乗ってくれる。


 今のところ病気知らずだけど、万が一の時には唯香や国分が助けてくれる。

 何か困ることがあるとすれば、シェアハウスでオッパイをあげていると、新旧コンビがチラ見してくる程度だろう。


 別に見られて困るものでも、減るものでもないから構わないっちゃ構わないのだが、新旧コンビがあの調子だと本人たちが困るだろう。

 エロい感情に流されずに紳士的な態度をとれないと、いつまで経っても彼女なんかできないぞ。


 ちなみに、未来のおむつは日本製の紙おむつを使っている。

 最初は、国分達から出産祝いで貰ったのだが、少なくなると何時の間にか補充されているし、使用済みのおむつは何時の間にか無くなっている。


 一体どうなっている……なんて、全部国分やコボルト達がやってくれているのだろう。

 本当、恵まれすぎていて申し訳なくなってくる。


 一度、国分にお礼を言ったんだけど、ヴォルザードでは子供はみんなで育てるんだから、お礼なんて要らないよと言われてしまった。

 アマンダさんに、あたし甘え過ぎですよねぇ……と相談してみたのだが、みんな好きでやってるんだから甘えとけばいいんだよと言われてしまった。


 あたしはヴォルザードに残って出産して本当に良かった。

 たぶん、日本に帰って出産したら、こんなに助けてもらえなかったと思うし、悪くしたら陰口を叩かれ、後ろ指を指される生活を送っていたかもしれない。


 もし、そんな状況に陥ってしまっていたら、あたしは未来を愛せていなかったかもしれない。

 でも、今のあたしは本当に幸せで、その幸せを運んで来てくれた未来には感謝しているし、心から愛している。


「おかーさん、ミクは絶対に頭の良い子に育つよ。ホントに賢そうだもん」

「そうだねぇ、それは間違いないだろうね。ミクに面倒見てもらうようにならないように、さっさと宿題すませちまいなよ」

「今日は宿題は……あったや」

「嫌な事、面倒な事は、さっさと終わらせちまうんだよ」

「は~い……」


 渋々といった様子でメイサは二階へと上がっていった。


「メイサにも可愛がってもらって幸せだねぇ、未来」

「あたしには言わないけど、一人っ子で寂しかったのかもねぇ。下宿人がいても、みんな年上だったから妹が出来て嬉しいのかもね」

「なるほど……アマンダさん、うちの未来って普通なんですかね?」


 良い機会なので、アマンダさんに近頃気になっていることを聞いてみることにした。


「なんだい、急に」

「いやぁ、初めての子供だし、日本に居た頃にも赤ちゃんに接する機会が無かったから、普通の赤ちゃんっていうのが分からないんですよ」

「なるほどねぇ……あたしから見れば、ミクは周りの声とか動きにもちゃんと反応しているし、健康そのものだよ」

「そうですか……じゃ大丈夫か」

「何か気になるのかい?」

「いや、シーリアの娘リリサちゃんなんですけど、未来よりも早く生まれているから成長が早いのは当然なんですけど、物凄く賢そうに見えるんですよ」

「そうなのかい? 赤ちゃんなんて、みんな同じ様なものだろう」

「そうですかねぇ……」


 あたしも普通の赤ちゃんなんて、そんなに大きな違いは無いと思っているのだが、リリサについては何か違う感じがする。

 あたしが仕事をしている間、未来をシーリアに預かってもらっている代わりに、シェアハウスに帰った後は、あたしがリリサの面倒をみる事も多い。


 シーリアが忙しい時には、あたしがオッパイをあげたりもするのだが、実際の年齢差以上にリリサは大人びて見えるのだ。

 うちの未来が今のリリサと同じ年になったとしても、同じ様な感じには育たない気がする。


「まぁ、どうしたって他所の子供と比べたくなっちまうけど、子供は元気で素直に育ってくれれば十分なんだよ」

「そうですよね。あたし、未来にはメイサみたいに育ってもらいたいって思ってるんですよ」

「駄目、駄目、あんたらは賢いんだから、もっと賢い子に育てな」

「えーっ……今、元気で素直ならそれで十分って言ったばかりじゃないですか」

「そりゃ、メイサはあたしの娘だから、元気ぐらいしか取り柄が期待できないだけさ」

「いやいや、メイサは素直だし思いやりがあるし、良い子ですよ」


 やっぱり、子供は親を見て育つのだろう。

 メイサを見ていると、アマンダさんの娘だなぁ……って思うことが多い。

 未来を真っ直ぐな良い子に育てたいならば、あたしが曲がらず、真っ直ぐに生きなきゃだめなのだろう。


「あたし、頑張りますよ。未来を産んで、育て始めて、母親は子供を産んだから母親になるんじゃなくて、子供を育てながら母親になっていくんだって実感してるんです」

「そうだね。実際に親になってみないと分からない事ばっかりで、悩んだり、不安を感じたりもするだろう。でもね、サチコは一人じゃないんだよ。不安になったり、辛かったり、苦しくなったら周りを頼るんだよ」

「はい、甘えさせてもらってます」

「それでいいよ。助けてもらった恩は、誰かが困ってる、苦しんでる、悲しんでる時に手を貸してやればいいのさ」

「はい、あたしも、誰かの力になれるような人になりたいです」


 今は、アマンダさんや国分、シェアハウスのみんなに頼ってばかりだけど、何時かみんなの力になりたい。

 誰かの力になれる人になれたなら、きっと未来も良い子に育ってくれるはずだ。


 午後の仕込みを終えて、帰り支度を始めると、二階からメイサが駆け下りて来た。


「宿題終わった! あーっ、もうミクが帰っちゃう時間じゃない」

「大丈夫だよ。明日も、明後日も、ちゃんと未来を連れてくるからさ」

「そうだね、ミク、また明日ね」


 メイサは、未来に人差し指を握らせて、指切りするようにあやした。


「じゃあ、アマンダさん、帰りますね」

「あいよ、気を付けてお帰り」

「はい、メイサ、夜の営業は任せた!」

「任された!」


 メイサとグータッチを交わし、未来を背負って店の裏口を出る。

 ヴォルザードでも、秋は空が高く見えるようだ。


 本日も、いつも通りの良い一日だった。

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