第760話 ギリクの策略(後編)
※今回もギリク目線の話になります。
「後ろに付くぞ」
「おぅ、任せた」
ダンジョンの出口が近付いて来ると、あちこちから冒険者が合流してきた。
前を歩く人間が見えた時には、自分は魔物ではなく人間だと証明するために、後ろに付くと声を掛けるのがルールらしい。
声を掛けられた側は、後ろの警戒は任せると返事をするようだ。
昼前からダンジョンに潜り、出て来た時には空は藍色に染まり始めていた。
「ほう、無事に戻って来たか」
ハゲ頭で片目に眼帯をした門番のオッサンが、俺を見つけて声を掛けてきた。
ダンジョンに入る時にも、あれこれ鬱陶しく話し掛けてきたのを振り払うように潜ったのだ。
「下見に入っただけで死ぬかよ」
「死ぬ奴がいるから声を掛けてるんだぞ」
「けっ、そんな連中と一緒にすんな」
実際には自分の居場所も見失ったのだが、わざわざ伝える必要も無いだろう。
「お前、宿は決めてるのか?」
「いいや」
「だったらセリヤのところにしとけ、そこの三軒目だ」
「別にどこでも構わないだろう」
「あぁ、構わんぞ、ぼったくられても良いならな」
ダンジョンの近くは街中とは治安がまるで違うそうだから、何があったとしてもおかしくない。
「そこの三軒目だ。ロドリゴの紹介だって伝えろ」
「お、おぅ……」
「客引きには、宿は決めてあるって言って断れ、でないと騙されるぞ」
「だから、間抜け共と一緒にすんな……」
ロドリゴとの話を打ち切って門を出ると、ダンジョンから出て来た冒険者に客引き共が群がっていた。
俺様のところにも寄ってきたので宿は決めていると断ったのだが、どこの宿だ、こっちの方が安くするぞ、いい女もいるぞ……などと、しつこく付きまとって来やがった。
教えられた宿に行き、ロドリゴの紹介だと言うと、ウエイトレスは俺の風体を確かめた後で、個室や大部屋など部屋の種類と値段、水浴び場の使い方など宿での暗黙のルールなどの細々とした説明を始めた。
宿の値段はヴォルザードの街中と比べると、倍から三倍もする。
そんなに高いのなら、大部屋で雑魚寝で構わないと思ったのだが、
個室にしろと言われた。
「そんな高い宿代払ってられっかよ」
「別に構わないよ、明日の朝になったら金も武器も無くなっていても構わないならね」
「ふざけんな! 盗人を野放しにしてやがるのか」
「うちだけじゃない、どこの宿だって眠ってる間の所持品の管理は自己責任だよ。大部屋に泊まる連中は、みんな仲間と交代で眠ってるよ。そんな事情も知らない駆け出しが一人で眠ってれば、いいカモにされるだけさ」
ダンジョンの門番が紹介する宿でこれなのだから、他の宿は更に物騒なのだろう。
幸い、金の持ち合わせがあったので個室に泊まることにしたが、その個室すら確実に安全という訳ではないらしい。
「まぁ、その様子じゃお宝なんか手に入っていないだろうけど、鉱石は仲買人に売ったら買い叩かれると思いな」
仲買人を利用する者の多くは、街に戻らず長期で活動する連中だそうだ。
街に戻る手間を惜しむか、ギルドに出入り出来ない事情を抱えているか、いずれにせよ間に人が入れば、その分だけ価格が下がるのが道理だ。
「それと、女買うなら財布の中身を抜かれないようにするんだね」
「けっ、女に用はねぇよ」
「何だい、あんたそっちの趣味かい」
「ちげぇ! 商売女に用はねぇって意味だ」
「そうかい、まぁ世話を焼くのは今回限りさ。あとは泣かされないように気を付けるんだね、坊や……」
ウェイトレスは、前払いの金と引き換えに個室の鍵を放ってよこした。
これで翌日の飯代を払えば、財布はすっからかんだ。
盗人に取られるか、宿代に取られるかの違いだけで、金が無くなるのは一緒だった。
その晩、久々に一人でベッドに横たわり、ダンジョンについて考えた。
現状、俺には知識も、経験も、全てが足りない。
ダンジョンの中で、現在地を見失った時には冷や汗が流れた。
例え見つけた鉱石に価値があったとしても、すぐさまもう一度……とは考えられない。
このまま、何の支度も整えずに、再度ダンジョンに潜れば、かなりの確率で命を落とすことになるだろう。
情報が乏しいのは、同年代の連中にダンジョンに潜る者が少ないからだ。
ヴォルザードに暮らしていれば、魔物の討伐の話なんかはいくらでも聞ける。
魔物と対峙してみないと分からないことも多いが、ダンジョンに比べれば感覚は掴める。
そもそも、魔物は見れば大体の強さは判断できる。
だがダンジョンについては、誰それがいくら稼いだとか、金の話ぐらいしか伝わって来ない。
金儲けの情報を秘密にしておきたいのと、自分の失敗を知られたくないからだ。
「どうすれば、もっと簡単に情報が手に入る……」
結局、良い考えも浮かばずに眠ってしまった。
翌日、荒っぽく部屋のドアを叩かれて目を覚ました。
「いつまで寝くさってやがんのさ、さっさと起きないと街まで戻れなくなるよ」
光の差し込まない地下の宿だから、時間の経過が分からず寝過ごしたらしい。
昼の営業は終わりだと、昼飯も出してもらえずに宿から放り出された。
これのどこがお薦めの宿だってんだ。
やはり、ダンジョンなんか来るもんじゃねぇと思いながら街に戻り、駄目で元々と鉱石を鑑定してもらったら、意外な結果が出た。
「ほぅ、ルビーの原石じゃな。濁りも無いし、色も良い。この大きさなら八十万ヘルトじゃな」
俺と同じ年代で、普通に働いている連中の年収は三十万から四十万ヘルトだと聞く。
たった半日潜っただけで、二年分の収入を得た計算になる。
これだからダンジョンに潜りたい奴が後を絶たない訳だが、やはり情報が足りない。
「そうか……こいつを餌にして、他の連中を潜らせれば良いのか」
そもそも、冒険者をやろうなんて野郎共は、楽して稼ごう、デカい金を掴もう、稼いで女にモテよう……なんて考えている連中が殆どだ。
身近な年代の俺様が、ダンジョンで大儲けをしたと知れば、俺も俺もとなるに決まっている。
どうせ、そんな連中がダンジョンに潜ったところで失敗するのは目に見えているし、その失敗例こそが俺様の欲しているものだ。
俺様は、今回の稼ぎを使って暫くは遊んで暮らし、その間に無能な連中が失敗例を積み重ねる。
情報が集まったところで、ダンジョンに出向いてまた稼げば良い。
まぁ、引きの強さを持っている人間と、そうでない人間の違いというやつだ。
ギルドの訓練場に足を向け、顔馴染みの若い連中にダンジョンで儲けたから一杯奢ってやると言うと、間抜け面を下げてノコノコ付いて来た。
半日潜っただけで二年分稼いだ、ダンジョンなんか思っていたほどのものじゃない、命を落とすのは余程ついてない奴だ……などと煽ってやると、全員目を輝かせて聞き入っていた。
「すげぇ、さすがギリクさんだ」
「けっ、手前らも冒険者やってんなら、さっさと講習を終えて潜ってみろ。俺はしばらく働かねぇぞ」
「おぉ、俺らも早く講習終えてダンジョンに行こうぜ」
「だな!」
案の定、俺の話を聞いた連中は、ダンジョンに潜る計画を練り始めた。
こいつらから、また別の連中に話が伝わり、その中からもダンジョンに潜る連中が出てくるだろう。
半年ぐらいすれば失敗談は集まるだろうし、ダンジョンへの熱も冷めるだろう。
それまでの間、俺様は遊んで待っていれば良いのだから、冒険者なんてのは楽なもんだ。
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