第759話 ギリクの策略(前編)
※今回はギリク目線の話です。
Bランクに昇格しても、良いことなんか何も無いと思っていた。
だいたい、やりたくもねぇガキの御守りをやってやったのに、ドノバンのおっさんめ、Bランクへの昇格は大マケだから調子に乗るな……なんてぬかしやがった。
いずれはAランクどころかSランクに昇格する俺様が、Bランクに上がった程度で浮かれると思われているのがムカつく。
そもそも、釘を差す相手は俺じゃねぇ。
クソガキ共は、この俺様が面倒見てやったのに、Eランクに昇格した途端、護衛の依頼もやってみたい……とか、調子に乗りやがった。
散々世話になった恩も忘れて、俺様のやり方には付いていけない、宿舎からも出て行けとぬかしやがるから、その日のうちに出てやった。
だいたい、Eランクに上がったといっても、まだ一人でオークも倒せないようなヒヨッコに、護衛を頼むようなマヌケなんかいねぇよ。
身の程も知らないクソガキなんざ、こっちの方がお断りだ。
これでガキの御守りからも解放されると思ったのだが、四人のなかでヴェリンダは俺に付いて行くと言いやがった。
面倒だから追い払おうかと思ったが、部屋探しとか、掃除、洗濯などの家事全般を請け負うというから連れて行くことにした。
一体どんなコネがあるのか知らないが、ヴェリンダはその日のうちに手頃な物件を探してきた。
魔の森へ向かう南西の門から程近い、倉庫街の中にある建物の一室で、炊事場兼食堂と水浴び場とトイレ、その他は寝室しかない。
倉庫街で働く人足向けの部屋なのか、寝室には馬鹿でかいベッドが置かれていた。
その他に収納が二ヶ所あるだけで、至って簡素な部屋だが、別に寝るだけだから十分だ。
何よりも、家賃が安いのが良い。
一ヶ月四千ヘルトなら、払っていくのが苦にならない。
ヴェリンダは、元の宿舎から持ち出して来たものに加えて、細々とした物を買い揃え、生活出来る環境を整えた。
一緒に行くと言った時の言葉に嘘は無いようで、冒険者としての仕事以外の面倒事は全て処理出来るようだ。
これで、飯を食わせて抱いてやれば良いのだから安いものだ。
それに、こいつのおかげで女に対する苦手意識も軽くなった。
俺様に抱かれたい一心で煽るような言葉を投げかけてくるが、組伏せて貫いてやれば、絶頂を繰り返して息も絶え絶えになるのが毎度のパターンだ。
しょせん女なんか、この程度の生き物なんだと気付かせてくれただけでも、ヴェリンダを抱いた意味がある。
いずれAランクに昇格して、ミュー姉を嫁に貰った後も、妾として飼ってやろう。
ミュー姉は薬師を続けたいと言うだろうから、家事全般はヴェリンダにやらせれば良い。
新居に移って少し経った頃、ルイーゴが死んだと聞いて、腹を抱えて笑った。
俺様から受けた恩を仇で返すような真似をした挙句、オークごときに首筋を噛み千切られて即死だったらしい。
オスカーも、ブルネラも一緒にいながらその様では、元々冒険者としての素質が無かっただけの話だ。
それでも、俺様と組んで、おこぼれに預かっていれば死なずに済んだのだ。
そうした正しい決断が出来ないのも、冒険者としての素質が足りなかった証拠だろう。
俺は、ルイーゴの死については何とも思わなかったが、ヴェリンダはショックを受けていた。
袂を分かったとはいえ、冒険者として登録する以前からの付き合いだから、喪失感が大きいらしい。
ルイーゴの死を知った夜、ヴェリンダは喪失感を埋めるように激しく俺を求め、いつも以上に乱れた。
ルイーゴの死後、ヴェリンダはブルネラと会って話を聞いていたようだが、結局ブルネラは冒険者から足を洗う決断をしたらしい。
まぁ、才能に乏しい連中が、冒険者にしがみついてもルイーゴの二の舞になっていただろう。
ルイーゴを失ってオスカーは随分と落ち込んでいたらしいが、俺様の知った事ではない。
そもそも、俺様を追い出した張本人だから、ざまぁみろとしか思わなかった。
あんなクソガキ共の面倒を見るぐらいなら、一人で討伐をやっていた方が気楽だ……と思っていたのだが、状況が変わってきた。
魔の森の魔物が、明らかに減っているのだ。
以前なら、少し森に入ればゴブリン程度は掃いて捨てるほどいたのだが、なかなか遭遇しない。
ゴブリンですら、そんな状態なのだから、オークなど更に見掛けなくなっていた。
しかも、たまに見つけても三頭から五頭ぐらいの群れている事が多く。
一人で討伐するのは難しい状態だった。
ギルドの酒場で噂話を聞いていると、どうやら魔物が減ったのはケントのクソガキが原因のようだ。
ふざけたことに、リーゼンブルグの王女を嫁に貰うらしく、魔の森を抜けてくる間に襲撃されないように魔物を間引いているらしい。
つまり、ケントのクソガキの私情のために、多くの冒険者が稼ぎを失っているという事らしい。
ふざけるなと言いたいところだが、どうやらギルドと商人達もグルのようだ。
商人たちは、水害からの復興特需に沸いているラストックに商品を運ぶために、魔の森の街道での護衛依頼を受けられるランクを引き下げるさせたいらしい。
ギルドはギルドで、Bランクだけでは護衛の依頼を捌き切れなくなっているようで両者の思惑が合致した結果が魔物の間引きとランク引き下げだったらしい。
事情は飲み込めたが、討伐で稼ぎにくくなっている状況の改善は難しい。
何か、美味い稼ぎ方は無いかと考えていた時に、ダンジョンの存在を思い出した。
以前の俺ならば、一人で潜るのは自殺行為だっただろうが、今の俺様ならば一人でも一攫千金を狙えるかもしれない。
そう思ってダンジョンに向かった。
結論から言うなら、ダンジョンは心地の良い場所ではなかった。
まず、通路が狭い場所が多く、大剣を振り回す事が出来ない。
魔物には、大剣の鞘に付けておいた手槍で対抗した。
浅い階層に出て来るのは、犬ぐらいの大きさのネズミとか、でかいゴキブリみたいなやつで、単体の強さは大した事は無いが、数で押し寄せてくるのが鬱陶しい。
それに、ギルドで地図を仕入れていったのだが、魔物と戦っているうちに自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。
水も食糧も余分に持って入ったのだが、出口の方向が分からずに彷徨うのはかなりのストレスになった。
通路が少し広くなった場所で、苛立ちを抑えるために大剣を抜いて振り回してみたが、やはり壁や床につかえて思うように振れなかった。
ひとしきり振り回したあとで、大剣がぶつかった所を覗いてみると、赤く光る石を見つけた。
石の種類とか全く分からないが、こいつは金になると俺様の直感が囁いて来た。
掘り出してみると、大きさは親指と人差し指で作った輪よりも小さかったが、泥を落としてみると透き通って見えた。
念のために周囲を手槍で崩して掘り返してみたが、同じような石は見つからなかった。
見つけた石を早く鑑定してもらいたかったが、とにかく自分のいる場所が分からない。
蜘蛛の巣のように枝分かれしている道を彷徨い歩いていると、前を行くパーティ―の姿が見えた。
後ろから近付いて様子を探ろうとしたのだが、気配を察知されたのか一番後ろを歩いていた男に気付かれてしまった。
ダンジョンを専門に活動している連中なのか、ヴォルザードのギルドでは見掛けない連中だった。
「魔物じゃねぇ! 冒険者だ」
「ちっ、脅かすんじゃねぇよ。近付いて来るなら、もっと早く声を掛けろ。こちとら下から戻ってきて、ようやく地上に戻れると思ってるところなんだから、余計な神経使わせるな!」
「悪いな、俺も戻るところだったからよ」
「お前、一人か?」
「そうだ」
「後ろから俺らを襲う気じゃねぇだろうな」
「そっちのが人数が多いのに、ダンジョンの中でそんなリスクを冒すかよ」
「ふんっ、妙な真似しやがったらぶっ殺すからな」
「分かった、少し離れて後ろを見ててやるから進んでくれ」
「妙な真似すんなよ」
下の階層から上がって来たという冒険者たちは、泥に汚れ疲労困憊といった様子だ。
どれほどの稼ぎを得てきたのか知らないが、ここまで上がってきて命を落としたら元も子もなくなるのでピリピリしているのだろう。
それでも、潜り慣れている連中の後を付いて行くことで、迷わずに地上へと戻れた。
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