第757話 八木の頼み

 しばらく留守にしていたマルトたちが戻って来ました。

 どうやら、違法薬物を扱っている連中を追い込む作業は、ほぼほぼ完了したようです。


「ラインハルトたちも戻って来るのかな?」

「わぅ、後はタンバリンをどうするかだって」

「タンバリン?」


 ラインハルトがタンバリンなんて……何に使うのでしょう。

 まさか、スケルトンズが揃ってタンバリンを片手に、愉快に歌って踊るつもりでしょうか。


 いや、声帯無いから歌えないか……でも、念話だったらうたえるのか?

 それはちょっと見てみたいような、見ちゃいけないような……。


「わふぅ、お金を綺麗にするんだって」

「あっ、なるほど……」


 タンバリンじゃなくて、マネーロンダリングってやつですね。

 違法薬物を密造、密売している組織をみつけては、金庫からゴッソリ金をいただいているようです。


 手持ちの資金が無くなれば、薬物の原料も仕入れられなくなるでしょうし、組織が傾けば、目端の利く構成員は離れていくでしょう。

 まぁ、組織を離れた連中も、GPSモドキを使って監視しているみたいです。


 でも、裏組織に集まっているお金は、元を辿れば普通の人達が汗水たらして稼いだお金だったりします。

 だとしたら、奪ったお金は溜め込んでおくのではなく、世間に還元しないと景気が良くなりません。


 まぁ、ラインハルト達が私利私欲のために使うとも思えないし、僕の手が必要となれば声を掛けて来るでしょう。

 それに、リーゼンブルグの王都アルダロスの大掃除が終わったら、ヴォルザードの掃除もしたい……みたいな事を言っていたので、その時にはクラウスさんと相談した方が良いでしょう。


「わぅ、ラインハルトはご主人様の大きな金の像を作って、野営地に飾ろうって……」

「やめてぇ!」


 冗談だとは思ったけれど、万が一本気だったら困るので、ラインハルトの所まで確認に行っちゃいましたよ。

 ふぅ……危うく金のケント像が建っちゃうところでした。


 自宅に戻って、ほっと一息ついていると、ミルトがひょっこり顔を出しました。


「わぅ、ご主人様、ヤギが来たよ」

「うん、帰ってもらいなさい」

「わふぅ、分かった」


 コボルト隊のオモチャになると分かっているのに、わざわざ八木が顔を出すということは、どうせロクでもない話でしょう。

 門前払いを食らわせるのが正しい対応でしょう。


 八木を追い払いに行ったミルトは、すぐに戻ってきました。


「わぅ、ヤギが遊んでやるからご主人様に会わせてくれって言ってる」

「それじゃあ、先に遊んでもらって、遊び終えたら帰ってもらいなさい」

「わふぅ、分かった」


 尻尾をブンブン振りながら、八木と遊びに行ったミルトですが、またしても戻って来ました。


「ご主人様、ヤギが死ぬ気で遊んでやるから先に会わせてって言ってる」

「はぁ……しょうがない、会ってやるか」


 八木を応接間に通しておくようにミルトに頼んで、僕は食堂に顔を出して、お茶を入れてもらえるように頼みに行きました。

 食堂から応接間へ足を運ぶと、ドアを開けた足下で八木が土下座していました。


 ぶっちゃけ、鬱陶しいですね。


「八木、それは何の土下座なの?」

「頼む、国分! いや、国分様、どうか力を貸して下さい」

「力を貸すって、どういう事?」

「自転車を十台、ラストックまで運んでもらいたい。頼む、この通り」


 八木は一旦上げた頭を、床に擦り付けるように下げました。


「自転車を十台って、どういう事?」

「領主のヴィンセントさんから、レンタサイクル十台分の契約をもらったんだ。これを足掛かりに出来れば、更に大口の契約が取れるかもしれないんだ。だから、頼む!」

「事情は分かったけど、僕に頼むと高くつくよ、これでもSランク冒険者だからね」

「そこを何とか、友達価格の格安で頼みます」

「そもそも、何で僕に頼むんだよ。事業としてやって行くなら、近藤とかに頼むべきなんじゃないの?」

「頼んださ。一旦は引き受けてくれたけど、馬車が空いてねぇんだよ」


 八木の話によれば、水害からの復興特需に目を付けた商売人達が、我も我もとラストックへ商品を持ち込むために、貸し馬車の予約が一杯になっているそうです。


「俺もヴィンセントさんから契約を取れた時には、ジョーに頼んで貸し馬車に積んで行けば大丈夫だと思ったんだよ」

「でも、いざ借りようと思ったら馬車が出払っていて、その後の予約も一杯ってことか」

「そうなんだ……」


 偶発的なトラブルと言えなくもないけど、やっぱり商売人としては注文を受けた商品を運ぶ手段を確保しておかないと駄目でしょう。


「もちろん、俺様の見込みが甘かった事は認める。だが、どうしてもこの契約だけは逃がす訳にはいかないんだ」

「その訳は?」

「だって領主様だぜ、話によれば騎士団で使うみたいだし、そうなればラストックの街で注目されるようになって、一般からの契約も増やせそうじゃないか」

「まぁ、宣伝効果は高そうだね」


 確かに街を守っている騎士が乗っているのを見れば、興味を持たれるのは間違いないでしょう。


「輸送の報酬は?」

「えっ、金取るのかよ……」

「ただ働きする気は無いよ」

「くそぉ……七百ヘルトでどうだ?」

「八木……甘えすぎ」


 七百ヘルトというと、ヴォルザードの城壁工事二日分だ。

 その価格では、近藤だって雇えないだろう。


「だって、国分の場合は、一瞬で配達し終えるんだろう? 仮に十分間だとしても、時給換算すにると四千二百ヘルト、日当ならば三万を超える計算だぞ」

「八木、時給換算とか、日給換算とかじゃなくて、自転車十台をヴォルザードからラストックへ運ぶ値段を聞いてるんだよ」


 確かに、送還術を使えば、一瞬で運び終えられます。

 でも、普通の冒険者に頼んだ場合、七百ヘルトでは受けてくれないでしょう。


 割の良い仕事ならば、一日千ヘルト以上の仕事もあります。

 ヴォルザードからラストックまでは往復で、最低四日は掛かります。


 受注ランクが下がったから、護衛の出来る冒険者は増えているけど、それでも現状は不足気味だそうです。

 つまり、四千ヘルトが最低ライン。


 しかも、通常一人では護衛の依頼を受けないから、二人分となると八千ヘルト。

 更に、四日間馬車を借りる代金に、道中の食費など諸々の経費も加えれば、一万ヘルトは軽く超えます。


「ご、五千ヘルト、これ以上は……頼む!」

「五千ヘルトか、冒険者を雇った場合の半額以下だね」

「分かってる、そこは友達価格ってやつで……なんとか」

「分かった、運んであげるよ」

「マジで、恩に着る!」

「その代り、マルトたちと二日間遊んでやってね」

「はぁぁ? 無茶言うなよ。死んじまうよ」

「だって、四日分のところを半額にするんだから、二日分は体で払ってもらわないと」

「お、鬼! 悪魔! 鬼畜ケント!」

「まぁ、支払いは自転車の納車が終わった後でいいよ」

「くそ、やれば良いんだろう、やれば!」


 ブチブチと文句を言う八木に契約書を作らせました。

 別にお金が欲しい訳じゃなくて、八木にあんまり甘くしたくないだけです。


 国分に頼めば何とかしてくれる……そんな考えからは脱却してもらいたいのです。


「契約だから、ちゃんと遊び相手は務めるが、くれぐれも無茶しないようにコボルト達に言っておけよ」

「分かってるよ、てか、ちゃんと加減してるから大丈夫だよ」

「俺は加減してもらった覚えがないけどな」

「何言ってるんだよ。こうして八木が生きてるのが何よりの証拠じゃないか」

「それは加減って言わねぇ! 常識だ、常識!」


 まったく、八木は何をムキになっているんだか……。

 そうだ、良い機会だからコボルト隊だけでなく、ネロやレビン、トレノも一緒に遊んでもらおう。

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