第755話 プレゼンター八木(前編)
俺の名は八木祐介、世界で唯一の異世界在住ジャーナリストとして世間の注目を一身に浴び続けている男だ。
断じて、国分のインタビューだけの一発屋などではないし、小説投稿サイトにアップした国分のインタビュー記事のPVがゼロの日が増えていたりしない……はずだ。
ていうか、無許可で翻訳、転載することを禁じると注意書きをしておいたのに、世界各国の言語に勝手に翻訳されて無数に転載されているらしい。
それどころか転載されたページの方が閲覧数が多いという噂もある。
まぁ、正直に言うと、あの記事の閲覧数はえげつない数字で、それだけでも驚くような金額を稼げたのだが、肝心の銀行口座は両親に押さえられて自由に使えない状態だ。
そもそも、日本の円をヘルトに両替する手段が無い。
金、銀、宝石などは、下手に持ち出すと密輸扱いになるらしいし、日本の優れた工業製品を大量に輸入しようにも、国分の野郎が協力してくれそうもない。
ジョー達が依頼の時に使っている保温ボトルとか、LEDライトとか、ソーラーバッテリーとかなら構わないと思うのだが、国分は俺たちが使う分しかOKしないのだ。
そんな中で、国分を口説き落として始めたのがレンタサイクル事業なのだが、これが思ったように流行らない。
ヴォルザードの街中を俺様自ら乗って走り回り、便利さをアピールし続けているのだ、どうにも反応が薄いのだ。
なんで、こんなに自転車の良さが伝わらないのかと考えてみると、どうもヴォルザードの住民の多くは行動範囲があまり広くないようなのだ。
買い物は、住んでいるエリアにある店で済ませてしまうようだし、遠くまで足を延ばす機会は冒険者とかでなければ少ないらしい。
殆どの用事が家の近所で済ませられるなら、自転車の恩恵はあまり感じられないだろう。
だが、それでは俺様の事業計画が成り立たない。
それならば、速さや遠くまで楽に行ける自転車の利点をもっとアピール出来る場所で宣伝を行うべきだろう。
そこで俺様が目を付けたのは、ヴォルザードからラストックまでの魔の森を抜ける街道だ。
噂によれば、カミラ・リーゼンブルグの輿入れのために、国分や眷属たちが強力に道路整備を進めたらしい。
道は綺麗に均されて固められ、馬車が殆ど揺れないとさえ言われている。
それならば、自転車で走行するのも楽そうだし、距離を考えれば一日で走破することも可能だろう。
こちらの世界で、長距離を移動するための足は馬だ。
一人ならば馬に乗って、大人数なら馬車を引かせて移動するのだが……馬は生き物だから扱うには手間が掛かる。
餌や水が必要になるし、適切な休息を与えないと力を発揮できない。
だが、自転車ならば食事も休憩も自分次第だ。
身体強化魔術を上手く使えば、馬車を軽々と超える速度を出せる。
そうした点をアピールできれば、必ずや興味を示す奴が出てくるはずだ。
問題があるとすれば、俺が貸し出している自転車には変速機能が付いていない。
理由は壊れた時に、俺が修理出来ないからだ。
それに、シンプルな物ほど壊れにくい。
スピードが出しにくい点は、俺様の身体強化魔術で補えば良いだけだ。
かくして俺様は、ヴォルザードからラストックまでのデモンストレーション走行を行うことにした。
パンク修理キットや携帯ポンプを準備して、着替えや携帯食や水筒など一緒にリュックサックに詰め、宣伝用のチラシも準備した。
いざデモンストレーション走行を開始すると、明け方ヴォルザードを出立した馬車の列は軽々と追い越せたが、最初に立ち寄った野営地には客になりそうな人はいなかった。
野営地に人が立ち寄る時間帯を計算していなかったせいだ。
更には、二番目の野営地を目指す途中で国分のところのコボルトに危うく捕まりそうになり、鬼漕ぎして体力を削られてしまった。
それでも、コボルト共から逃げるためにスピードを上げたおかげで、馬車の車列を追い越して、野営地では良い宣伝が出来た。
ただ、コボルト共を振り切った代償として、尻が痛くなってしまった。
サドルに座り続けているのが苦痛になり、暫く立ち漕ぎしては座り、尻が痛くなったら立ち漕ぎという感じで対処したのだが、座っていられる時間はドンドン短くなった。
立ち漕ぎの時間が長くなると、今度は太腿とふくらはぎが痛みだした。
座っても地獄、立っても地獄、ラストックに到着した時には、膝、腰、足首なども痛み始めて、自転車に縋って歩く有様だった。
しかも宿を取ろうとしたら、ダンジョン近くの宿と比べても倍近い料金だった。
宿代を聞いては値段に驚き次の宿を探し、また宿代の高さに驚くの繰り返し。
別に高級な宿を選んでいる訳ではないのに、何でこんなに高いのかと三軒目の宿の女将に訊ねてみた。
「いくらなんでも宿代が高すぎないか?」
「復興工事の関係者なら、駐屯地にタダで泊めてもらえるよ。商売でラストックに来ているならば諦めるんだね。みんな水害で何もかんも無くしちまって、物の値段も上がってるのさ」
話には聞いていたが、もう街並みが出来上がっているので、そんな大きな水害があったようには見えない。
「ホントにみんな流されたのか?」
「そうだよ、街並みが全然違ってるだろう」
「いや、ラストックに居た事はあるけど、街並みとか覚えてねぇからな」
「ラストックに居たなら、街が変わってるのなんか一目で分かるだろう」
「いや、俺らは駐屯地から殆ど出た事が無かったから、よく知らないんだよ」
カミラ・リーゼンブルグに召喚されて、駐屯地から出たのは実戦訓練に行った時だけで、そのままヴォルザードに移り住んだ経緯を語ると、宿の女将は目を丸くして驚いた。
「あんた、魔王様の仲間かい」
「えっ、国分か? あぁ、親友と言っても過言じゃないな。国分の眷属のコボルトなんか俺を見掛けるだけで嬉しそうに駆け寄ってくるぜ(おもちゃにしようとして)」
「何だよ、それを早く言いなよ。魔王様の友達なら宿代なんて要らないよ。ちょっと待ってな、部屋を用意してやるから」
「お、おぅ……」
国分の友人だと分かった途端、女将の表情は一変して、下にも置かない扱いになった。
国分がカミラを嫁に貰ったからなのかと思いきや、ラストックの住民の命を救ったかららしい。
「あんた、友達なのに聞いてないのかい? 駐屯地を要塞化して、何かあった時には住民を避難させる計画を作るように、魔王様が指示して下さったから、あたしらは水害でも流されずに済んだのさ」
街を建物ごと流してしまった水害でも、要塞化した駐屯地はビクともせず、避難していた住民の命を守ったらしい。
「国分は自分の手柄とか自慢したがらないからな。お人好しというか、照れ屋というか……」
「そうなのかい、そういう所にカミラ様も惚れたんだろうねぇ」
「あぁ、国分の自宅でやった結婚披露パーティーにも呼ばれたけど、デレデレだったなぁ」
「ちょっとそのパーティーの様子を聞かせておくれよ。いい酒を出すよ」
「宿代もサービスしてもらってるんだ、その程度はいくらでも話すぜ」
その晩、宿の食堂で魔王ケント・コクブと影の参謀ユースケ・ヤギの武勇伝の数々を披露すると、他の泊り客からも酒を奢られて、しこたま飲まされてしまった。
どうやって部屋に戻ったのかも覚えておらず、女将に叩き起こされて目を覚ました。
「ユースケ、起きておくれ。ユースケ!」
「んぁ……どこだ、知らない天井だ……」
「ここはラストックの宿屋だよ。寝惚けてないで起きておくれ、騎士様が迎えに来てるよ」
「はぁ? 騎士って、どこの?」
「ラストックの駐屯地に決まってるだろう、領主様がお呼びだそうだよ」
「えっ、なんで?」
「知らないよ、騎士様に聞いておくれ」
急いで着替えようとしたのだが、足が猛烈な筋肉痛で歩くのもやっとの状態だ。
手摺に掴まりながら、やっとの思いで階段を降りると、鎧姿の騎士が二人、いかつい表情で待ち構えていた。
「ユースケ・ヤギ殿ですね。駐屯地まで御同行願います」
「お、俺は何もやってないぞ」
「領主様が面談を希望されています。御同行を……」
「お、俺に何の用が……」
「それは領主様から聞いてくれ」
騎士は有無を言わさぬ様子だし、俺は筋肉痛でまともに歩けないし、逃げようが無い。
ちくしょう、いつも散々遊んでやっているんだから、こんな時こそ国分のコボルトが助けに来るべきじゃないのか。
二コリともしない騎士二人に連れられて、俺は自転車に縋るようにして駐屯地まで歩かされた。
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