第754話 影から応援
「若、妙な輩が街道を移動しております」
アンデッドオーガのイッキが、僕を呼びに現れました。
普段、リバレー峠やイロスーン大森林の異変を監視してもらっているのですが、僕を呼びに来るのは滅多に無いことです。
「街道って、リバレー峠?」
「いえ、ヴォルザードからラストックへ向かう街道です」
「あぁ、そうか、ラインハルト達は薬物密売組織の摘発に動いてるのか」
ラインハルト、バステン、フレッドの三人が中心になり、ポーションモドキを密造、販売した連中を撲滅すべく、違法薬物に手を出している人間を追い詰めています。
その過程で、コボルト隊やゼータ達の協力が必要となり、イッキたちが街道の警備を手伝っています。
「それで、いかがいたします?」
「うん、ちょっと見に行こうか」
ニキが監視してくれている輩は、ヴォルザードからラストックに向かって、馬車よりも速く移動しているそうです。
「あの者です」
「って、八木かよ……」
高速で移動する怪しげな輩というから、どんな奴かと思えば、自転車に乗った八木でした。
「あぁ、この者がコボルト隊のオモチャですか」
「ははっ、やっぱり八木はそういう認識なんだね。てか、結構速いな……」
魔の森を抜ける街道は、普段からコボルト隊とゼータ達が巡回して、路盤の整備を行っています。
日本の舗装道路と遜色ないと思えるほど滑らかな路面で、旅人の安全に大きく寄与しています。
「そうか、あの路面なら自転車でスピード出しても大丈夫なのか」
こちらの世界の道は、それこそ場所によってピンキリで、酷いところでは道の真ん中に大きな穴が開いていたりします。
勿論、各地の領主が道路整備を行っていますが、目の行き届かない場所では土属性の旅人が穴埋めをしたりするそうです。
そうした個人の力に頼る場所では、硬化の度合いに差が生じて、結果として弱い部分が抉れてしまうようです。
たぶん、整備の行き届いていない場所で、今の八木と同じ速度で自転車を走らせていたら、轍や穴に車輪をとられて転倒してしまうでしょう。
「それにしても、八木は何をしにラストックへ行くつもりなんだ?」
「さて? そろそろ野営地に到着しますので、何か分かるかもしれませんよ」
「そうだね……でも、この時間は利用者いないんじゃない?」
「その可能性はありますね」
現在、ヴォルザードとラストックの間には、道中を四分割する形で野営地を設置してあります。
早朝にヴォルザードを出発した人は、昼頃に最初の野営地で休憩をして、二番目の野営地で夜を明かし、翌日の昼に三番目の野営地で休憩、夕方にラストックに到着という感じで移動を行います。
昼頃ヴォルザードを出発する人は、一番目と三番目の野営地で夜を明かしながら移動する感じです。
つまり、今の時間は殆どの旅人は街道を移動中で、野営地にいるのは守備隊の人か、野営をする人を相手に商売を行っている人ぐらいでしょう。
「ちょっと先回りしてみよう」
ヴォルザードから見て一番近い野営地に先回りして待っていると、息を切らしながら八木が走り込んできました。
八木はリュックサックを背負い、自転車の前かごにも鞄を入れています。
それにしても、いくらほぼ平坦な道程とはいえ、途中には幾つか急な坂もあるのに、よく変速も無いママチャリで移動しようなんて考えたものですね。
「はぁ、はぁ、はぁ……やっと最初の野営地か、さぁ宣伝するぞ……って、殆ど人いねぇじゃねぇか!」
護衛ランクの引き下げや、ラストックの復興特需の影響で、近頃の野営地は夕方になると馬車を停める場所を探すのにも苦労するほど混雑すると聞いています。
ですが、やはりこの時間には、数えるほどの馬車しか停まっていません。
「何で? 何で人がいないんだ?」
野営地の入り口で八木が首を捻っていると、守備隊の隊員が声を掛けてきました。
「お前さん、ヴォルザードの街中でそいつに乗って走り回ってる人だよな。こんな所まで何しに来たんだ?」
「それは、この自転車の宣伝をするためだけど……何でこんなに人が少ないんだ?」
「そりゃあ、この時間はみんな移動の最中……って、お前さんはどうしてこの時間にいるんだ?」
「はっはっはっ、それはこの自転車が馬車よりも遥かに速いからですよ」
「ほぅ、そんなに速く走れるものなのか。それに、あんまり疲れているように見えないな」
「そうでしょう、そうでしょう。それだけ自転車は優れた乗り物なんですよ。どうですか? 今なら三か月契約で最初の二週間は無料で貸し出してますよ」
どうやら八木は、ヴォルザードの街中では宣伝効果が薄いと考え、魔の森を抜ける街道を自転車で走って、その速さや便利さをアピールして、レンタサイクル事業を宣伝するつもりのようです。
「だが、車輪が二つしかなくて、よく倒れないものだな」
「あんた、車輪とかコインを転がしたことはあるかい? 薄っぺらい円盤でも転がっている間は倒れないだろう?」
「おぅ、そう言われれば確かにその通りだな」
「円盤には転がると倒れにくくなる性質があるのさ、つまり、ペダルをこいで車輪を回している間は、少しバランスを取ってやるだけで、自転車は倒れずに進めるのさ」
守備隊員を相手に、八木は自転車がいかに優れた乗り物か滔々と説明してみせました。
八木という人物を良く知る僕らだと、また胡散臭い説明をしていると頭から疑ってしまいますが、そうした事情を知らない守備隊員は興味を惹かれたようです。
「興味があれば、次の安息の曜日にギルドで試乗会を開くので、乗りに来てくれ」
八木は前かごに入れてある鞄からチラシを取り出して、守備隊員に手渡しました。
八木が休みの日まで働くなんて……天変地異の前触れじゃないと良いんだけどね。
「ほう、非番だったら行ってみるかな……」
「世界が変わること請け合いだぜ、じゃあ……」
「もう出発するのか?」
「あぁ、今日中にラストックまで行くつもりだからな」
「冗談だろう、本気なのか?」
「自転車だったら楽勝だぜ」
チリンチリンとベルを鳴らして、八木は次の野営地を目指して自転車を漕ぎ始めました。
八木にしては真面目にレンタサイクルの宣伝をやっているようなので、これは止めなくても大丈夫そうです。
しばらく自転車を走らせていた八木ですが、スピードを緩めていき路肩に止まりました。
「失敗した、野営地で少し休んでくれば良かったぜ」
八木はリュックサックを降ろし、中から水筒を取り出して、少し休憩するようです。
「しっかし、本当に魔物が出て来ないんだな。ラストックから逃げて来た時には、オークとか、オーガとか、頻繁に現れてたもんなぁ……」
八木、新旧コンビ、凸凹シスターズの四人を救出した時には、ギガウルフまで現れてましたからね。
「魔物も出てもらったら困るが、国分のところのコボルト共が現れたら洒落にならんからな……さて、休むなら次の野営地まで行ってからだな。それに、今度は人が居るはずだから、バッチリ宣伝するぜ」
水筒の水を飲み、二度、三度と屈伸運動をした後で、また八木は自転車を走らせ始めましたが、先程までよりもペースが落ちているような気がします。
「若、少しマズいのではありませんか?」
「何で?」
「あのジテンシャという乗り物は、馬車よりも速いのが売りですよね?」
「そうか、このままだと馬車の車列よりも遅く到着することになって、自転車の速さをアピール出来なくなるのか……」
八木なりに考えて行動しているようですが、やっぱり肝心なところが抜けているみたいです。
「仕方ないなぁ……」
コボルト隊を呼んで、八木を追い掛けてもらおうかと思いましたが、薬物撲滅のための働きを邪魔したくありません。
「そうだ! あー、あー、うん、うん……」
喉の調子を整えてから、のんびり自転車を走らせている八木に近付き、影の空間からマルトの声を真似て話し掛けました。
「わぅ、ヤギだねぇ……ヤギがいる……」
「俺は山羊じゃねぇ! てか、どこだ、どこにいやがる、今日はお前らと遊んでる暇なんかねぇんだからなぁ!」
「わふっ、わふっ、ヤギだ、ヤギ……」
「ちくしょう、捕まってたまるかぁ! マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が身に集いて駆け巡れ、巡れ、巡れ、マナよ駆け巡り、力となれ! うらぁぁぁぁぁ!」
身体強化の魔術まで使って八木は一気に自転車を加速させ、馬車を次々と追い抜いていきました。
うん、これなら良いアピールになったんじゃない?
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