第753話 すれ違ったのは……
野営地で違法ポーションを飲んだ冒険者が暴れる騒動に遭遇したものの、オーランド商店の一行は無事にラストックへ商品を届けて帰路へついた。
現時点では、ラストック支店は開店したばかりで、まだ目的の商売が出来ているとは言い難い状態だ。
オーランド商店の商店主デルリッツは、ラストック支店をリーゼンブルグの物産を仕入れる拠点にしたいと考えていた。
そこで、本店でも実績を残している信用の置ける使用人を選んで送り込み、新たな仕入れ先の開拓を命じているのだが、店の立ち上げ業務もあるので思うように進んでいない。
そのため、行きは荷物を満載にしていた馬車の荷台には、半分程度の荷物しか載っていない。
荷物が軽い分だけ馬車は軽快に進んでいくが、オーランド商店の業績を考えるならば好ましい状況ではない。
「まぁ、それはジョーたちが考える事じゃねぇさ」
「そうなんですけど、この荷物は他の馬車に比べると、ちょっと寂しいですよね?」
御者台で手綱を握るエウリコの隣りに座り、荷台を振り向いた近藤の視線の先には、荷台を通り抜けて後の馬車の姿が見えている。
本来ならば荷物に視界を遮られ、荷台の後ろに座った仲間と声を掛け合いながら後の様子を確認するのだが……今はその必要はない。
「天気も良いし、荷も軽い。今日は早めに野営地に着けそうだな」
「ですね、野営地はどちらを使います?」
「あぁ、片側はラストックの騎士が駐在してるのか」
「えぇ、ヴォルザードの守備隊がいるのは、こちらからだと向かって右側ですね」
ヴォルザードとラストックの間には、三ヶ所に二つずつ、合計六つの野営地が作られている。
その内のヴォルザード側にはヴォルザードの守備隊、ラストック側にはラストックの騎士が治安維持のために駐在している。
そして、ヴォルザードとラストックの中間にある二つの野営地では、 ヴォルザード側から見て左側の野営地にはヴォルザードの守備隊、右側の野営地にはラストックの騎士が駐在している。
日本の高速道路やバイパスのように中央分離帯で仕切られている訳ではないので、どちらから来ても両方の野営地を利用可能だ。
「そうだな……別にラストックの騎士に問題があるとは思えないが、オーランド商店の名前が通じるヴォルザードの守備隊の方が融通が利くだろう」
「ですね……じゃあ右側の野営地にしましょう」
近藤は、トランシーバーを使って後方の馬車と連絡を取り合った。
日本で使うには免許が必要な高出力なモデルなので、インカムを通して聞こえて来る音声はクリアーだ。
「そいつを使えば、一台後ろの馬車に載ってる連中とも話が出来るんだろう? まったく便利なものだな」
「達也と和樹が、また何やら計画しているから、もっと便利になるかもしれませんよ」
「ははっ、俺じゃあ想像もつかないな」
トランシーバーや夜間の監視のための人感センサーライトなど、新旧コンビは自分達が楽をする事に対して貪欲だ。
今は、馬車の護衛に関して映像技術が取り入れられないかと画策しているらしい。
自動ブレーキシステムのAIやサーモグラフィーを活用すれば、茂みに潜んでいる盗賊も認識できるのではないか……などと考えているようだが、実現できても先の話だろう。
「奴ら、突飛な事を考えるからなぁ……」
「えぇ、周りに迷惑を掛けないなら良いんですけどね」
近藤は苦笑いを浮かべたが、思い返してみると新旧コンビの二人は、周囲に大きな迷惑を掛けるような事をやらかしたのは、靴屋が半焼した時の騒動ぐらいだろう。
むしろ、オーランド商店にとっては、蚊取り線香や缶詰など、新商品のネタを提供してくれる有難い存在かもしれない。
周囲に迷惑を掛けているといえば、あの男だろう……などと近藤が思いを巡らせていた時だった。
「ジョー、あれは何だ?」
「えっ? はぁぁぁぁ?」
エウリコが指差す街道の遥か前方で、こちらに向かって来る馬車に追い越しを掛けている者がいた。
風に乗って、チリンチリンというベルの音まで聞こえた気がする。
「八木ぃ……?」
馬車を上回る速度で接近してくるのは、自転車に乗った八木だった。
「どいた、どいた! これぞ魔王ケント・コクブが取り寄せた、異世界の乗り物、自転車だぁ……」
オーランド商店の馬車が走る速度に自転車の速度が加わって、相対速度は時速四十キロを超えている。
近藤が呆気に取られている間に、自転車に乗った八木は通り過ぎて行った。
『ジョー、今八木が通らなかったか?』
『おいおい、今の八木だよな?』
インカムを通して、鷹山や古田の声が届く。
『あいつ、まさか一日でラストックまで行くつもりなのか?』
時刻は昼を少し過ぎた辺りで、自転車の速度を考えるならば新田の予想は十分に考えられる。
馬車は全力で走らせれば速いが、荷物を載せて長距離を移動する速度は、時速にすると十キロ少々といったところだ。
休憩を挟みつつ移動するので、一日に移動できる距離は、途中のアクシデントなどに対処出来るように余裕をみると、五、六十キロぐらいだ。
ヴォルザードとラストックの間は、順調に馬車で進めば二日。
距離にして百二十キロ程度ならば、自転車を使って一日で走破できない距離ではない。
それに、こちらの世界では身体強化魔術という手立てもある。
「ジョー、あれを使えばヴォルザードからラストックまで一日で行けるのか?」
「まぁ、行けないこともないですね」
「てことは、マールブルグまで二日程度で行けるのか?」
「うーん……マールブルグまではリバレー峠もあるので、結構厳しいと思いますけど、やって出来ないことはないですね」
「そうか……帰って旦那に相談だな」
「えぇぇぇ……マジですか?」
「当り前だ、重い荷物は届けられないだろうが、手紙を従来の半分の時間で届けられるならば利用したいと考える奴はいくらでもいるぞ。それに、個人の移動手段としても有用だろう」
「まぁ、そうですけど……」
八木がヴォルザードの街を走り回っても、自転車に対する反応は今いちだと近藤は聞いていたので、エウリコの反応は意外だった。
「あれは、うちの商会で作れそうか?」
「全く同じ物は無理だと思いますが、簡易的な物ならば可能でしょう」
「それで、ヴォルザードからラストックまで一日で行けるか?」
「んー……結構厳しいと思いますが、身体強化とか使えるなら行けるんじゃないですかね」
「そうか、帰ったら話を聞かせてくれ」
「んー……自転車は、さっきの八木が目を付けて持ち込んだ物なんで、八木を通してもらえませんかね?」
「シェアハウスの仲間なのか?」
「そうです、色々と面倒な奴なんですけど、見捨てる訳にもいかないので」
「分かった、それならそっちを通すようにしよう」
エウリコは、デルリッツから信頼を得て、護衛の冒険者からオーランド商店専属の御者として雇われるようになった。
今もデルリッツからの信頼は厚いので、そのエウリコが目を付けたならばオーランド商店が自転車を商売のネタにする可能性は高いだろう。
「いつまでもジャーナリストなんて夢を追い掛けていないで、ちょっとは地に足が着いた商売をしてもらいたいんで、よろしくお願いします」
「そうなのか、まぁ、まだ若いんだし夢を追うのも悪くないんじゃないか?」
「いやぁ、あいつももうすぐパパになるんで、そうも言ってられないんですよ」
「なんだ、それじゃあ真っ当な仕事しないと駄目だな」
「えぇ、そうしてもらえると俺も安心なんですけどね……」
チラリと近藤は後ろを振り返ってみたが、通り過ぎていった八木の姿はもう見えなくなっていた。
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