第747話 セラフィマの知識

 ポーションもどきの副作用によって動けなくなっていたマルセルさんですが、一晩たったら体を動かせるようにはなりました。

 ただ、本調子からは程遠いようで、仕事に戻れるのは明日以降になりそうです。


 悪質なポーションもどきのせいで、僕が作った野営地でも騒ぎが起こり、夜中に確認にいく羽目になってしまいました。

 現場となった野営地にはオーランド商店の馬車が止まっていて、ちょうど護衛の順番だった近藤から話を聞くと、幸い騒動には巻き込まれずに済んだようです。


 ヴォルザードでは、ポーションもどきの徹底摘発が行われて、守備隊員が街を巡って飲用している人がいないか聞いて回っています。

 売人や仕入れて配った人なども見つかって、事情聴取や取り調べが行われたそうですが、やはりラストックというか、リーゼンブルグから入ってきたもののようです。


 ヴォルザードに持ち込ませないようにするには、持ち込まれる荷物の全数検査を行うしかありませんが、ラストックとの交易が活発になり、守備隊員だけでは手が足りません。

 そこで、我がコボルト隊が持ち込まれる荷物の検査を担当することとなりました。


 守備隊員が荷物を検査する場合、積まれている荷物を全て降ろし、木箱などを開けて目視で検査するしかありません。

 でも、影移動が使えるコボルト隊ならば、荷物を影の中から確認する事が可能です。


 X線検査と麻薬探知犬の両方の役割をこなす優れ者なんですよ。

 ちなみに、コボルト隊による荷物の検査手数料は、現在ベアトリーチェとクラウスさんが交渉中です。


 かくして、ポーションもどきのヴォルザードへの流入を止める目途は立ったのですが、どこで製造されたものなのか、辿っていく術がありません。


「ラインハルト、違法薬物の取り締まりって、どうやるものなの?」

『麻薬などの摘発は、使用者から売人を辿り、売人から元締めや製造元を辿るしかないでしょうな』

「だよねぇ……そんな感じだとは思うけど、僕の魔術を活かして上手くやる方法とか無いかなぁ……」

『それでしたらば、麻薬に詳しい人物に聞くとよろしいですぞ』

「詳しい人物か、薬として詳しいのはコーリーさんだけど、やっぱクラウスさんになっちゃうのかなぁ……」

『ケント様、もう一方をお忘れではありませんか?』

「もう一人? ミューエルさん?」

『そうではありませぬ、薬物といえば……?』

「薬物と言えば……リーゼンブルグ……じゃなくて、バルシャニア!」


 という訳で、僕の一番身近なバルシャニア出身者に話を聞くことにしました。


「セラ、ちょっと教えてもらいたいんだけど」

「何でしょうか、ケント様」

「バルシャニアでは、麻薬はどうやって摘発していたの?」

「例のポーション絡みですね?」


 さすがバルシャニアの皇女様は、僕の意図を的確に読み取ってくれます。


「うん、ヴォルザードへの流入は止めているけど、麻薬って形を変えて入って来るものなんでしょ?」

「はい、おっしゃる通りです。今回のポーションに使われているキグルスは、お酒などの液体に混ぜて服用する物ですが、香やタバコなどの煙として吸う物、体に塗って肌から吸収する物、飴玉にして舐めて使う物など、その形は様々ですし、取り引きされる形も、液体、粉、葉、塊など様々です」


 バルシャニアには、薬草の知識に富んだ少数民族がいるそうで、麻薬に関する知識も豊富だそうです。

 クラウスさんが領主として麻薬の知識を蓄えているように、セラフィマも皇族として悪しき薬物の知識を教え込まれたそうです。


「ケント様は、薬物中毒になった人を見たことがございますか?」

「ファルザーラの中毒で正気を失った人ならあるよ」


 カミラの腹違いの兄弟、今は亡きリーゼンブルグの第二王子と第三王子、それに取り巻き達です。

 アーブル・カルヴァインが派遣した男がファルザーラを勧めて、中毒になって身を滅ぼしました。


 てか、良く考えたら、あのファルザーラを流したのってセラじゃなかったっけ。


「ファルザーラなどで正気を失ってしまった者から、まともな話を引き出すのは困難になります。摘発するには、まだ正気を保っている使用者を捕らえ、そこから密売ルートを地道に辿るしかありません」

「やっぱりそれしかないのか、魔法でちょちょいとはいかないか……」

「そうですね。ですが、ケント様の闇属性魔法を使えば、売人などの追跡をするのは有利だと思います」

「なるほど……尾行するには闇属性魔法は最強だもんね」


 麻薬関連の捜査では、尾行の腕前が重要視されるそうで、売人を発見したら、気付かれずに元締めや製造元まで辿り着く必要があるそうです。


「やっぱり、捕まえて白状させる……では駄目なのか」

「はい。これはバルシャニアの例ですが、売人同士が互いの動向を監視していて、官憲に捕らえられたら、すぐさま周囲に情報が流れるようになっているそうです」


 売人が掴まると、元締めや製造元はあっさりとアジトを放棄して逃亡するそうです。


「今回問題になっているポーションは、赤黒く濁った酷い出来栄えだと聞いています」

「うん、薬屋のコーリーさんなんて、見た途端に凄い嫌そうな顔をしてたよ」

「酷い出来なのは、ちゃんとした設備を使わず適当に製造しているからです」

「なるほど、適当な設備ならば捨てても惜しくないって訳だ」

「その通りです」


 放棄しても惜しくない機材を使っているので、売人が捕まったと聞けば、元締めや製造元はトカゲの尻尾切りのようにアジトを捨てて逃げてしまう。

 なので、売人をあっさり捕らえるのではなく、更に上の連中に辿りつくまで泳がせるらしい。


「なるほど、気付かれずに売人を監視するなら、やっぱり影移動が最適だね」

「はい、そう思いますけど……」

「何か問題があるの?」

「麻薬に関する捜査は忍耐を要する地道なもので、例え丸一日売人を監視できても、すぐに上の人間に辿り着くとは限りません」


 密売組織の連中は、摘発する側の手法も熟知しているそうで、極力繋がりを見せないようにしているらしいです。

 例えば、取り引きの内容などは短い手紙にして、直接手渡しせずに第三者を介してやり取りし、読んだらその場で燃やしてしまうといった感じです。


 薬物や代金も別の荷物に隠して、同じく第三者を介してやり取りするようです。

 更には、そうした手紙や荷物は、多くのダミーに混ぜて行っているらしく、その全てを辿って取り引き相手に辿り着くのは至難の業だそうです。


「それじゃあ、今回みたいに売人をバシバシ捕まえるのは悪手だったのかな?」

「いいえ、今回の場合は新たに持ち込まれた薬物ですし、快感を得るための違法な薬物として売られていた訳ではありません。状況を考えると、放置すると被害が拡大する恐れが大きかったですし、早急な摘発は正解だったと思います」

「取り締まり方も状況次第ってことなんだね」

「そうです。違法薬物の摘発は、専門の知識を持った組織でないと難しいと思います」


 バルシャニアには、いわゆる麻薬Gメンのような専門組織があって、国中の情報を集約して目を光らせているそうです。


「リーゼンブルグにも同じ様な組織があるのかな?」

「たぶん、あると思いますが、カミラ様に伺ってみてはいかがです?」

「そうだね。後で聞いてみるよ」


 リーゼンブルグの組織についてはカミラに聞く方が早いでしょう。


「似たような組織があるなら、情報を共有すれば捜査の役に立つんじゃないかな?」

「確かに、薬物捜査では情報はとても重要です。バルシャニアとリーゼンブルグで情報を共有できれば、捜査にとても役立つはずです。早速、父に進言しますね」

「カミラにも声を掛けた方がいいよね?」

「ですね。ではカミラ様のところに参りましょう」


 すっと腕を絡めてきたセラフィマと一緒に、カミラの部屋へと移動しました。


*******


 コミック7巻が発売されました。

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