第746話 野営地の夜(後編)

※今回も引き続き近藤目線の話になります。


 夜間の見張りの順番は、睡眠時間に大きく影響する。

 電気によって夜も明るい日本と違い、こちらの世界で明かりを灯すにはランプの油や魔導具の魔石を消費する。


 野営をする場合、日の明るさが残っているうちに夕食を済ませ、日が暮れたら眠ってしまうのが一般的だ。

 道中、何が起こるか分からない世界だから、朝は夜明けと共に移動ができるように動くのが当然で、そのためには早く休む必要がある。


 電車やバスでの移動と違い、馬車を使って魔物や山賊を警戒しながら旅をするのだから、当然疲れが蓄積する。

 道中を万全の状態で過ごすためにも睡眠は重要だ。


 俺たちは、就寝から起床までの時間を四分割して、それぞれの時間の担当を決めて夜の番をする。

 この時、最初と最後を担当する者は、途中で起きる必要が無いので、その分ゆっくりと睡眠が取れる。


 大変なのは二番目と三番目を担当する者で、短い睡眠の後で起きて警護を行い、また短い睡眠を取る形になるので眠った気がしない。

 今回は、二番目が鷹山、三番目が俺、最後が達也となった。


 順番はじゃんけんやくじ引きで決めているが、この順番決めの勝負は妙に新旧コンビの勝率が良い。

 隠し事は顔に出やすい連中だから、不正を働いているようには見えないのだが、どうも二番目や三番目になるのが多くて、ちょっと納得がいっていない。


 しかも今晩は、予定の時間よりも早く起こされることになった。


「ジョー、何かおかしい、起きてくれ」

「んあっ……アラーム鳴ったか?」

「寝ぼけてる場合じゃねぇぜ、火の手が上がってる! みんな起きろ!」


 鷹山の切迫した声で、ようやく目が覚めた。


「ちくしょう、今寝たばっかりだぞ!」


 最初の警護を終えて、後はゆっくり眠ろうと思っていた和樹が悪態をついたが、どうやらそれどころではないようだ。


「水だ! 早く消せ!」

「構わないから、ぶっ殺せ!」

「捕まえろ! 逃がすな!」


 悲鳴や怒号が飛び交い、少し離れた所では馬車が炎に包まれているようだ。

 何が起こっているのか分からないが、魔法の炎が打ち上がるのも見えた。


「全員インカム装備、俺と和樹が前面で魔法を逸らす。鷹山と達也は裏をカバーしてくれ」

「分かった」

「行くぞ、達也」

「油断するなよ、鷹山」


 三人に指示を飛ばした後で、御者を務めているオーランド商店の三人にも動いてもらう。


「エウリコさん、念のために馬車の幌に水を掛けもらえませんか」

「おぅ、任せろ。やるぞ、ピペト、テードロス」


 オーランド商店の三人は、全員が水属性の持ち主だ。

 三人とも元冒険者だし、こうした状況にも慣れているのか慌てた様子は見られない。


 オスカーだけは、混乱してウロウロしている。

 何をして良いのやら、どう動けば良いのやら、まるで分かっていないようだ。


「オスカー、エウリコさん達が戻るまで馬を宥めていろ!」

「わ、分かりました!」


 騒ぎは馬車を改造して商売を行っている連中が集まっている場所で起こっているようだ。

 俺達は余計な物売りが寄って来ないように、そうした場所から離れたところに馬車を停めているので、百メートルぐらいは離れているが油断は出来ない。


 流れ弾のような火の玉が飛んでいるし、どうもこっちが風下のようで、下手をすれば火が燃え移るかもしれない。

 幸い、エウリコさん達がそれぞれの馬車の横に陣取って、いつでも消火できるように控えてくれているのは有難い。


「鷹山、裏手はどうだ?」

「こっちは今のところ問題なさそうだ。騒ぎは収まりそうか?」

「分からん、また魔法を撃った奴がいる」

「どうなってやがるんだ。こんな所で騒ぎを起こす奴なんて、普通はいないだろう?」

「そうだが……現実に騒ぎは起きてるからな」


 鷹山が言うように、こうした野営地で騒ぎが起こるのは稀だ。

 誰しもが移動の途中で、翌日からも移動を控えているから深酒をしたり、怪我を負うような騒ぎを起こさないようにするのが冒険者としては当たり前なはずだ。


 素手で殴り合う程度はあっても、魔法を使って、馬車を燃やすような騒ぎが起こるのは異常だ。


「うわっ、すっげぇ!」


 和樹の声で視線を上げると、火災が起こっている辺りに大量の水が降り注いで、一気に火を消し止めたようだ。

 誰かが水属性の魔法を使ったのだろうが、相当な魔力量の持ち主の仕業だろう。


 火が消し止められたからか、それとも巻き添えを食って水を被って頭が冷えたのか、潮が引くように騒ぎが収まっているようだ。


「騒ぎは収まったみたいだが、もう少しこのまま様子をみよう」

「了解!」


 どうやら被害を出さずに済みそうだと、ちょっと気を抜きかけた時だった。


「お前、ここで何やってる!」

「いたぞ! 止まれ!」


 鷹山の声に続いて、馬車の向こう側から怒号が聞こえたかと思ったら、馬車の下を潜って男が飛び出してきた。

 咄嗟に両手を広げて立ち塞がった。


「止まれ!」

「どけっ!」


 俺を突き飛ばそうとした男の腕を掴みながら、体を捻って懐に入り込む。

 男が走り寄ってくる勢いも利用して担ぎ上げ、一本背負いで地面に叩き付けた。


「がはっ!」


 頭を打たないように加減したが、勢い良く背中から落ちた男は、息を吐き出して悶絶した。


「もう逃げられんぞ、観念しろ!」


 馬車を回り込んで来たのはヴォルザードの守備隊員で、二人掛かりで男を押さえ込んだ


「何者なんです?」

「こいつは違法なポーションを売り捌いてやがったのさ」

「あっ、夕方の……」


 守備隊員に押さえ込まれ、後ろ手に手枷を嵌められている男は、夕方ポーションを売り付けにきた男だった。


「こいつ、捕まえたんじゃなかったんですか?」

「さっきの騒ぎに乗じて逃げ出しやがったのさ」


 国分が作った守備隊の詰所は、守備隊員たちが滞在するためのスペースは確保しているものの、このポーション売りのような容疑者を留置するためのスペースがないらしい。


「こいつからポーションを買ったのか?」

「いや、得体の知れない物は飲む気にならないから断った」

「賢明だな。麻薬入りのヤバいやつだから、飲んだら死ぬかもしれんぞ」

「マジっすか、こいつ……ふざけんな」

「ヴォルザードで、たっぷり締め上げてやるから覚悟しとけ!」

「違う、俺も知らなかったんだ。ただのポーションだって言われて買っただけで……」

「話はヴォルザードでたっぷりと聞かせてもらう、さっさと歩け!」


 ポーション売りの男は、守備隊員に引きずられるようにして連れていかれた。

 守備隊員たちを見送っていると、エウリコさんが歩み寄って来た。


「ジョー、どうやら騒ぎも収まったみたいだから、通常の体制に戻そう」

「はい、分かりました」


 時計の針を確認すると、丁度鷹山と交代する時間だった。


「みんな戻って休んでくれ、俺はこのまま警護につく」

「ちくしょう、今日の当たりは鷹山かよ」

「何だよ、せっかく四番目を選んだのによぉ……」


 ゆっくり眠るつもりだった新旧コンビは不満そうだが、こればかりは予測不可能だろう。

 みんなが眠る準備を始めたので、俺は焚き火でお湯を沸かしてインスタントコーヒーを淹れて一息つくことにした。


 スティックタイプのコーヒーをカップに入れて、お湯を注いでいると人影が近付いてきた。


「お疲れ、今は近藤の順番?」

「おぅ、やっぱり火事を消したのは国分の眷属か」

「そうそう、火が消えた後で知らされたんだけど、結構な騒ぎだったみたいだね」


 話しかけて来たのは国分だった。

 たぶん眷属から報告を受けて見に来たのだろう。


「あぁ、火の手が上がって騒然としてたぞ。あと、違法ポーションの売人が捕まってた」

「聞いた、近藤が捕まえたんだって?」

「たまたまだよ。うちの馬車の下に逃げ込もうとして、俺を突き飛ばして逃げようとしたから軽く投げただけだ」

「まぁ、近藤たちに何も無くて良かったよ」


 国分の話によると、ラストック経由でヤバいポーションがヴォルザードにも入り込んでいるらしい。


「飲み続けると内臓がボロボロになって、アルコールと併用すると暴れ回った挙句に頭の血管が切れて死んじゃうから飲んじゃ駄目だからね」

「おぉ、そんなヤベぇのかよ。鷹山と新旧コンビにも釘をさしておくよ」

「よろしく、そんじゃあ帰るね。頑張って」

「おぅ、お疲れ」


 国分は影に潜って帰っていったが、こんな夜中に動き回って報酬が出るのだろうか。

 俺達はオーランド商店から報酬を受け取るが、そもそもこの野営地も国分が作ったものだし、無報酬で動き回っていそうな気がする。


「相変わらずお人好しというか、クラウスさん辺りに便利に使われているのか……あんまりランクを上げるのも考えものだな」


 冷めてしまったコーヒーを飲み干して、LEDライトを片手に馬車の周囲を見回る。

 国分と話している間に騒ぎはすっかり収まったようで、野営地には夜の静けさが戻ってきていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る