第745話 野営地の夜(前編)

※今回は近藤目線の話になります。


 魔の森を抜ける街道の護衛受注可能ランクが引き下げられて、俺達でも護衛が行えるようになった。

 ヴォルザードで一番の大店、オーランド商店からは、ランク引き下げ初日からラストックへ向かう馬車の護衛を依頼された。


 オーランド商店は、大規模な水害を受けたラストックに支店を開設していて、ヴォルザードから商品を運び込むためにランク引き下げの日を待ちわびていた。

 というより、今回のランク引き下げを強力に要望したのは、オーランド商店の店主デルリッツさんらしい。


 ラストックに支店を開設すれば、どうしたって行き来する必要が出てくるし、そのためには護衛受注可能ランクが高いままでは都合が悪いのだ。

 一方、受注を管理する側としても、ランクを下げれば仕事が増えるし、物流が盛んになれば当然儲かる訳で、双方の思惑が一致した結果なのだろう。


 今回の護衛は、俺、鷹山、新旧コンビの四人に加えて、オスカーも同行する。

 正直、オスカーは戦力としては当てにできないので、いつもの四人で三台の馬車を守らなければならない。


 人員は、先頭の馬車の御者台に俺、二台目の御者台に鷹山、二台目の荷台にオスカー、三台目の御者台に古田、三台目の荷台に新田を配置した。

 通常、複数の馬車を護衛する時には、必ず御者台と荷台に人員を配置する。


 これは前後の馬車で連絡をスムーズに行うためで、馬車に荷物を満載していても、荷台に人が乗っていれば後の馬車と連絡が取れるからだ。

 俺たちの配置だと、二台目と三台目は問題ないが、先頭と二台目の間では連絡が取れない状態だが、そこは文明の利器でカバーする。


 オスカーを除いた四人は、相互通話が可能なトランシーバーを装備している。

 当然、日本から持ち込んだものだ。


 こちらの世界で使うなら、免許も必要無いので、ハイパワータイプのトランシーバーを利用している。

 おかげで俺は、先頭の馬車の御者台に座りながら、三台目の荷台に陣取っている新田とも会話が可能だ。


 オーランド商店の馬車の御者を務めている三人は、元冒険者で長年組んでいるから息はピッタリなのだが、それでも音声で意思疎通ができるメリットは大きい。

 意思疎通、連絡態勢は万全だが、やはり魔の森を抜ける街道なので、出発前にはかなり緊張したのだが……。


「こちら古田、車列の後方に怪しい動きは見られない」

「了解、引き続き監視を続けてくれ」

「了解……てか、山賊とか魔物とか出てきそうな気配すら無いぞ」

「だな……」


 別に達也が油断している訳じゃなく、少し緊張して出発したものの、道中は平和そのものなのだ。

 前回、国分も同行してラストックに行った時も街道は平和そのものだったが、今回は更に危険度が下がっているように感じる。


 理由としては、街道を行く馬車の数が段違いに増えているからだ。

 仮に、馬車一台に護衛二人が乗っているとして、馬車が一台だけなら護衛は二人、馬車が二台だったら護衛は四人になる。


 馬車が増えるほどに護衛の人数も増えて、山賊達が襲撃しづらくなる。

 かつては命懸けだった街道に、行き交う馬車の数が増えれば、山賊たちは仕事がやりにくくなるのだ。


 ましてや、街道を管理しているのは国分の眷属たちだ。

 あのコボルトやギガウルフ達を相手にして、隠れ潜んで悪事を働くなんて無理に決まっている。


 俺達は定時連絡を繰り返しながら、馬車に揺られているだけで、予定の野営地に到着できてしまった。

 その野営地には、以前来た時には無かった守備隊の詰所が出来ていた。


 制服姿の守備隊員が野営地を巡回して目を光らせているので、ここでも悪事を働く難易度は確実に上がっている。


「なんだか、全然魔の森って感じしないな」

「最初に歩いて移動した時なんか、めちゃめちゃ魔物出て来たけどな」


 新旧コンビは、一番先に実戦訓練に駆り出され、国分に助けてもらってヴォルザードまで歩いて移動した。

 途中、オークやギガウルフとも遭遇したそうで、かつての魔の森を知る者としては違いの大きさに呆れるしかないのだろう。


 俺と鷹山も二番目に救出されたが、その時だってリザードマンの群れに襲われたりした。

 新旧コンビが話を聞かせているが、今の状況しか体験しようがないオスカーにはピンとこないようだ。


 そのうち俺たちが、以前の魔の森は……なんて話すと、魔の森マウントうぜぇ……とか言われるようになるのだろうか。

 野営地に到着したら野営の準備を始めるのだが、俺たちの場合は至って簡単だ。


 馬車のサイドを操作するとタープのように屋根が作れるし、食事はオーランド商店が開発中の缶詰を使うので温めるだけだ。

 缶詰を初めて目にしたオスカーは、興味津々といった様子だったが、缶切りが上手く使えず四苦八苦していた。


 食事に関しては、馬車を使って商売をしている者が何人もいるので、金さえ出せば準備する必要は無い。

 小型のリヤカーみたいな台車に鍋を載せて売り歩いている者もいて、本当に商魂逞しいと感心させられる。


 ただ、次から次と売り子が回って来るので、のんびりして居られないのも事実だ。

 そして、中には怪しげな品物を売り歩いている者もいる。


「ポーション! 気付けのポーションあるよ! 飲めばたちまち眠気が吹っ飛び、体の奥から力が漲ってくるよ」


 俺たちが夕食を食べているところに現れたのは、怪しげなポーションの売人だった。


「お兄さん達、夜の見張りのお供に一本どうだい? 眠気が吹っ飛んで魔力も活力が湧いてくるよ」

「俺ら、依頼中は指定された物しか飲み食いしないんだ」

「安くしとくよ。普段なら一本五百ヘルトのところ、今日は二百ヘルトにまけとくよ。ちょっと試してみない?」

「悪いな、契約で禁止されてるんだ」

「そいつは残念だね。それなら土産に一本買っていかないか? あっちの方も元気になるぜ」

「そっちは持て余してるぐらいだから大丈夫だ」

「さすが若いねぇ……でも、気が向いたら声を掛けてよ」


 オスカーが興味深げに眺めていたが、和樹に後頭部を叩かれて止められていた。

 売り子が離れたところで、和樹がもう一回オスカーの後頭部を叩いた。


「あんな怪しいポーションなんて買うんじゃねぇぞ。何が入ってるか分かったもんじゃねぇからな」

「はい、すみません……」


 なんて話をしていると何やら騒がしい声が聞こえてきて、騒ぎが静まったかと思ったら、さっきのポーション売りが後ろ手に縛られて、守備隊員に連れていかれた。


「みろ、ありゃ相当ヤバい物だったみたいだぞ」

「ですね……」


 俺たちも、万が一の時のためにブースターを持ち歩いているが、あくまでも最後の手段だ。

 使用経験者である国分から話を聞いて、本当にヤバい場面では使うが、それ以外の状況では自分達の体力、魔力で乗り切ると決めている。


 そもそも、こちらの世界の薬は得体が知れないし、コーリーさんの所で買った物か、守備隊の治療院で出してもらう物以外は口にしないように話し合った。

 実際、強壮剤とか俺たちには必要ないし、薬物汚染の怖さは日本にいる頃から知識として持っている。


 食事が終わったところで、夜間の警備の順番を決めた。


「ジョー、オスカーは頭数に入れるのか?」

「やめておこう」


 達也は一人増えれば眠れる時間も増えると考えているようだが、警備の腕前云々ではなく別の不安を感じている。


「さっきのヤバいポーションが気になる」

「別に買ってないんだから大丈夫だろう」

「そうじゃなくて、この野営地に買って飲んだ奴がいるんじゃないかと思って」

「なるほど……ラりって暴れる奴がいたら面倒だな」

「あぁ、昼間楽した分、夜はちょっと気を引き締めよう」

「了解」


 順番を決めて、腕時計のアラームをセットしたら、ジャンケンに勝った和樹を残して俺達は眠ることにした。

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