第744話 広域捜査開始

「ブースターの出来損ないにキグルスだと!」


 コーリーさんの鑑定結果を伝えると、クラウスさんは机を叩いて声を荒げました。


「キグルスをご存じなんですか?」

「当り前だ。ヤバい代物に関する知識も無しに、ヴォルザードみたいな街の領主は務まらねぇよ」


 魔の森、ダンジョンという冒険者が集まる要素が揃っているヴォルザードには、冒険者の懐を目当てにした、酒、博打、娼婦、そしてヤバい薬が集まってくるそうです。


「お前も普通じゃないが冒険者の端くれだ。冒険者って生き物が安定よりも刹那的な快楽を求めるものだってのは理解しているだろう?」

「まぁ、その手の話は聞いてます。討伐で稼いだ金を一晩で飲んでしまって足まで出るとか、博打や女性にのめり込んで借金を重ねるとか……」


 というか、新旧コンビは片足突っ込んでたけど、ちょっとは更生したのかな。


「そうだ、冒険者の多くはロクなもんじゃねぇ。ロクでもない連中だが、そのおかげでヴォルザードの経済が回ってるのも確かだ」

「これまでにも、違法な薬物が流行したことがあったんですか?」

「あったどころじゃねぇ、手を変え品を変え、一つを潰せばすぐに新手が現れやがる。といっても、その殆どは歓楽街やダンジョンの近く宿で流行る程度なんだがな。そこで食い止めないと大変なことになるからな」


 今回のように液体として飲む他に、粉状であったり、タバコや香の煙として吸ったり、様々な形で魔薬を流行させようと試みる連中が存在しているようです。

 クラウスさんは冒険者をやっていた頃にも、そうした薬物に手を染める人間を何人も見て来たそうですし、領主として街を預かるようになってからは、より一層知識を深めてきたそうです。


「取り締まる側が知識を持っていなければ、持ち込もうとする奴らを食い止めることなんざ出来ないからな」

「それで、このポーションもどきをマルセルさんに配った商会は何て言ってるんですか?」

「そんな危ないものだとは思っていなかった、ラストックの復興工事の現場で、強壮剤として使われているものを仕入れて来ただけだ……なんて言ってるが、どうだか怪しいな。」


 このポーションもどきには依存性もあるようですし、大量発注をした職人にまずはサービスとして配って、その後は高値で販売するとか、商会に有利な契約を結ぶ条件で譲渡しようと考えていたらしいです。


「だけど、職人が体を壊したり、不慮の事故で命を落とす事態となれば、商会にとっては大きな損失になるから、命にかかわるようなヤバい代物とは認識していなかったんじゃないですか?」

「なるほど、確かに一時仕事が捗っても、職人が死んだら割に合わねぇな」

「まぁ、どんな品物かも確かめずに職人さんに配った責任は負うべきでしょうけどね」


 事情聴取や立ち入り調査によって、このポーションもどきは商会で作られたものではないと判明したそうです。

 となると、次は商会が仕入れた先を調べる必要がありますが、当然のことながらラストックはクラウスさんの権限が及ばない場所です。


「ケント、ラストックの領主に話を付けられるか? おそらく、向こうでも問題が起こっているはずだ」

「現在、ラストックを監督しているヴィンセント・グライスナーとは面識があります。向こうから仕入れたのであれば、ヴォルザードよりも多くのトラブルが起こっているでしょうし、調査には協力してもらえると思います」

「そうか、とりあえず実物を持っていって、どこまで調査が進んでいるのか聞いてきてくれ」

「了解です」


 ギルドの執務室から、影に潜ってラストックへと移動します。

 ヴィンセントさんには、ラストックの復興支援のために、ウルトと目印用のネックレスを貸し出しています。


 ネックレスを目印に移動すると、ヴィンセントさんの姿は駐屯地の倉庫の一角にありました。

 そこには多くの木箱が積み上げられていて、蓋の開いている箱を覗き込むと薬瓶が並んでいます。


 もしかすると、応酬したポーションもどきなんでしょうか。


「ヴィンセントさん、ケントです。お邪魔してもよろしいですか?」

「おぉ、どうぞどう……ぞ」


 一緒にいる兵士たちからも見やすい位置に闇に盾を出して倉庫に踏み込むと、満面の笑みを浮かべで迎えてくれたヴィンセントさんの笑顔が凍り付きました。

 理由は、僕が右手に持っている薬瓶でしょう。


「魔王様、その瓶はどちらで手に入れられたものですか?」

「これは、ヴォルザードの靴屋さんが取引先の商会から気付けの薬だと渡されたものです」

「あぁ、やはりヴォルザードまで広まってしまいましたか……」


 ヴィンセントさんは、バツの悪そうな表情を浮かべた後で、僕に向かって頭を下げました。


「申し訳ございません。もっと早くお知らせするべきでした。ただ、この違法薬物が原因でラストックの印象が悪くなり、今の友好関係にヒビが入るのでは……水害からの復興支援を打ち切られてしまうのでは……などと余計な事を考えてしまいました」


 ラストックの復興作業は、リーゼンブルグ王家やグライスナー家のバックアップだけでなく、領主のクラウスさんを始め、多くのヴォルザード市民からの援助も続けられています。

 ラストックにとっては命綱といっても過言ではない支援を打ち切られたら……と考えると、躊躇する気持ちは理解できますが、人の命に関わる事なので早く知らせて欲しかったですね。


「これは、ラストックで作られた物なんですか?」

「まだ断言は出来ませんが、他で作られた物が流れてきた可能性が高いです」


 ラストックで行われた摘発でも、薬を製造するような設備は見当たらず、ただ完成品が保管されていたそうです。


「仕入れ先はどこなんでしょう?」

「今の時点では、王都アルダロスが怪しいようです」

「アルダロスでも被害が広まっているんでしょうか?」

「王都は、カミラ様が改革を進めるまでは混沌としておりました。それこそ、貧民が暮らすバラックが集まる場所では、怪しげな薬が取引されていたようです」


 周辺の国では愚王などと呼ばれていたカミラの父親が国王の時代、王都の街はかなり後輩していたようです。

 カミラが実質的に権力を掌握した後では、王都の周辺にはスラム街が存在していました。


 そうした騎士団や官憲の目が届きにくい場所で、ポーションもどきは作られたのでしょうか。


「アルダロスで作られたとしても、バルシャニアからキグルスを持ち込んだ輩が居るんですよね」

「えっ、今なんておっしゃいました?」

「バルシャニアからキグルスを持ち込んだ輩が……」

「もう鑑定されたのですか?」


 ヴィンセントさんの話では、ラストックには腕の良い薬師がおらず、鑑定は王都に依頼して結果待ちの状態だそうです。

 コーリーさんの鑑定結果を控えておいたメモをみせると、ヴィンセントさんと周囲にいた兵士たちは食い入るように見詰めていた。


「これは……想定してたよりも悪い品物みたいですね」

「ラストックでも被害が出ているんですか?」

「酒を飲んで暴れた者が、翌朝死んでいたり、意識が戻らなくなっている事案が見受けられます。その他にも、飲むのを止めたら体が動かなくなったとか……」

「内臓にもダメージを与えるようですので、毒物だとして注意を促した方が良いかと……」

「えぇ、既にラストックでは怪しげなポーションの取引は全面的に中止し、手持ちの分も提出するように声を掛けていますが……まともなポーションも流通しているので、その判別に苦慮しています」


 素人考えだと、澄んでいるのはOKで、濁っていたらNGみたいに思ってしまいますが、澄んでいるものは丁寧に製造された効果の高いポーションというだけで、その効果が良いか悪いかは別問題のようです。

 濁っていて効果が低くても、薬として意味がある物も存在しているので、一括りにして規制するのは難しいようです。


「とりあえず、この違法薬物の色や濁りなど見た目の特徴と飲んだ時の効果を立て看板にして、とにかく飲まないように、飲んでしまったら絶対に酒を飲まないように周知しています」

「今後の捜査はどうなるんですか?」

「ディートヘルム殿下と騎士団長には既に報告をしていますので、あちらの捜査を見守りながら、グライスナー領に持ち込まれないように周知するぐらいしかないですね」

「分かりました。ヴォルザードでも取り締まりを強化していますので、何か進展があればお知らせするようにします」

「私の方でも新しい情報が入り次第、クラウス殿にお知らせいたします」


 考えてみれば、水害が起こったラストックで薬物の製造が行われている可能性は低いですし、これはアルダロスまで遠征しないと駄目そうですね。

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