第735話 レベルアップ

※今回は近藤目線の話になります。


「よし、オスカー、魔石の取り出しをやっちまえ」

「はい、分かりました」


 俺が指示を出すよりも早く、鷹山がオスカーに倒したオークからの魔石の取り出しを命じた。

 たぶん、いや……間違いなく自分の手を汚すのが嫌なのだろう。


 まぁ、俺たちは国分の訓練場で何度も魔石の取り出しは経験しているから、オスカーにやらせるつもりではいたから構わないのだ、ちょっとモヤる。

 その鷹山が俺に声を掛けて来た。


「ジョー、どうする? こいつを囮にして次の獲物を待ち伏せするのか?」

「そうだな……和樹、一方向に風を吹かせられるか?」

「んー……たぶんな。ただ、魔法を使いっぱなしになるから、俺は討伐に参加できなくなるかもしれないぞ」


 森に入ってから、ここに到着するまで、そして討伐が終わった後も和樹は風を操っている。

 これまでは周囲の風を集めて上に向ける感じだったが、今は上に向かう風の流れだけを作っているようだ。


 それでも俺たちや倒したオークの血の臭いは周囲には広がらず、上へ上へと流れ続けている。

 今度は、その流れを横方向に変えて、オークの血の臭いで他の魔物を誘き寄せるのだ。


 ここまでと、誘き寄せ、それに森を出るまで魔法を使い続けるとなると、確かに討伐に割く魔力の余裕は無くなりそうだ。


「んじゃあ、俺が討伐するよ」


 和樹の代わりに手を挙げたのは、オークの血が広がらないように魔法で穴を掘っていた達也だ。


「それに、相手次第ではオスカーにやらせても良いんじゃねぇか?」

「そうだな……オスカー、ゴブリン程度なら倒せるか?」

「はい、ゴブリンでしたら自分一人でも倒せます」


 こちらに返事をしながらもオスカーは、魔石を取り出す作業の手を止めずに続けていた。

 これは結構ペデルさんに鍛えられたのかもしれないな。


 オスカーが魔石を取り出し終えたところで、今度は和樹が風を操って他の魔物を誘った。

 和樹が一方向に限定して風を吹かせている横で、達也が地面に両手をつけて魔物を探知し始めた。


 俺も近頃は風属性魔法を使った探知の練習をしているが、和樹が風属性の魔法を使っている横で使おうとすると、お互いの魔法が干渉してしまう。

 その点、土属性の達也の魔法ならば、和樹の風属性魔法を邪魔する心配は要らない。


 それに日本に居た頃からコンビを組んでいる二人だから、阿吽の呼吸で作業を進められる。

 新旧コンビが魔物を誘い、俺と鷹山は側面と後方の警戒に当たる。


 いくら風を操って、他に臭いを届けないようにしていても、他の方向から嗅ぎ付けられる可能性はゼロではない。

 三十分ほど誘っていると、達也の探知魔法に反応があった。


「ジョー、やばいぞ。十頭以上の群れだ」

「よしっ、少し離れて様子をみよう」


 今日の俺たちは五人組のパーティーなので、仮に接近している群れと戦うことになった場合、オスカーを含めて一人二匹以上のゴブリンを倒さなければならない。

 俺とか鷹山が遠距離から攻撃して頭数を減らせば、討伐は可能だとは思うが、無理をする必要はない。


 上位種などが混じっていると危険度も増すので、一旦オークの死体から離れて近付いてくる魔物の姿を見守った。

 姿を現したのは、灰色の毛並みの魔物だった。


 国分のところの連中とは違い、愛嬌の欠片も無く、狂暴そうな顔つきをしたコボルトの群れだ。


「引こう」

「えっ、討伐しないんですか?」


 俺が撤退を決めると、新旧コンビと鷹山は移動の準備を始めたが、オスカーは少し不満そうだ。


「よく見てみろ。今は夏毛から冬毛に生え変わる時期だ。倒しても良い毛皮が取れない」


 コボルトの毛皮は、冬毛に生え変わったものと換毛期のものでは倍以上も買い取りの価格が違う。

 この時期のコボルトを討伐してしまうと、未来の稼ぎを減らすことになるのだ。


「仕留めるなら、寒くなってから……ってことですか?」

「そうだ、行くぞ」


 和樹に匂いを消すモードで魔法を使わせながら、北に向かって移動する。

 移動しながら目視で周囲の様子を窺い、時々達也が土属性の探知魔法で離れた場所を探った。


「ジョー、北西八百メートルぐらいに十以上の反応がある。入り乱れている感じだ」

「それって、誰かが魔物と戦ってるのか?」

「そこまでハッキリとは分からないが、恐らくそうじゃないかな」

「かち合うと面倒だな、東に向かおう」

「見に行かないんですか?」

「行かねぇぞ」


 オスカーの質問に、俺より先に達也が答えた。


「先に討伐を始めた連中が楽に倒せばそれで終わりだし、倒せずに返り討ちにされるならそれまでだ。誰かをアテにするような奴には冒険者なんか無理だ」


 達也の言う通り、冒険者は基本的に自己責任の仕事だ。

 他のパーティーが討伐を行っている所にノコノコ出掛けて行ってもトラブルになるだけだ。


「それじゃあ、魔物だけでなく他の冒険者も探知して避けてるんですか?」

「そうだ、基本的に近付かないようにしてる」


 討伐の最中に近付けば、魔法の流れ弾や流れ矢を食らって負傷するかもしれない。

 討伐中じゃなくても、魔物と勘違いされて攻撃されるかもしれない。


 君子危うきに近寄らず、面倒事は避けて通るに限る。

 東に向かって二十分程歩いたところで、また達也が魔物らしき反応を拾った。


「北東に五百メートルぐらい、一頭だけ、オークか……オーガか……」

「気付かれないように近付こう」


 反応のあった方向へ進んで行くと、先頭を歩いていた鷹山が木の幹に体を隠して、俺たちに体を低くするように合図を送ってきた。

 鷹山の緊張した様子からみると、ただのオークやオーガではないのだろう。


 鷹山が指し示す方向を透かして見ると、赤銅色をしたロックオーガの巨体が見えた。

 こちらに背中を向けて、まだ俺たちには気付いていないようだ。


 姿勢を低くしたまま、鷹山のところまで近付く。


「どうする、ジョー」

「撤収したいところだが、あいつ街道の方に向かってるよな?」


 ロックオーガが魔の森の中心に向かっているなら、このまま何もせず見送るのが正解だろう。

 だが、ロックオーガが向かっている先は、ヴォルザードとマールブルグを結ぶ街道の方向だ。


 街道を行く馬車は護衛を雇うのが普通だし、歩いて移動をする者は魔物や山賊に襲われるリスクを覚悟しているものだが、ロックオーガは想定外だろう。

 このまま見過ごして、ロックオーガが街道まで辿り着けば、間違いなく誰かが襲われるだろう。


「ジョー、さっきの魔法をもう一度試してみろよ」

「あぁ、酸欠魔法か」

「あれなら攻撃されていると気付かないうちに意識を失って倒れるだろう? その後に俺が焼き焦がせば安全に討伐出来るんじゃないか?」

「よし、それでいこう」


 ロックオーガは、その名の通り体を覆う皮膚が異常なほどに硬い。

 並みの刃物では切り裂けず、鈍らな槍では穂先が潰れてしまうほどだ。


 そのロックオーガを安全に倒せるようになれば、ギルドの評価も変わるかもしれない。

 攻撃の手順を確認して、全員が覚悟を決めた。


 もし俺や鷹山の魔法が通じなかった場合、全員が魔法を叩き込んで、とにかく目を潰して視界を奪う。

 視界を奪い終えたら、そこから先は力任せの総攻撃で仕留めるつもりだ。


 これまでに何度かロックオーガを討伐したが、それは国分の訓練場で、安全が確保された状態でだ。

 今は、国分もいなければ、国分の眷属もいない。


 しくじれば、誰かが犠牲になる可能性もある。


「じゃあ、やるぞ……マナよ、マナよ、彼方に在りしマナよ、集え、集え、彼の者に集いて取り囲め、奪え、奪え、風よ廻りて呼吸を奪え!」


 万全を期すために、しっかりと詠唱して魔法を発動させると、ロックオーガは足を止めて立ち止まった。

 魔法は間違いなく発動し、顔の周囲から空気を奪っているはずだが、ロックオーガは倒れる気配をみせない。


「ジョー、まだか?」

「もうちょい……」


 焦れた鷹山が話し掛けてきた直後、ロックオーガがこちらへ振り返った。

 血走った瞳が俺たちを捉えたように見えて、背筋に氷水を浴びせられたような寒気が走った。


「倒れろ……倒れろ……」


 ロックオーガは牙を剝き、こちらに向かって勢いよく踏み出した直後に、糸の切れた操り人形のようにバッタリと倒れた。


「鷹山!」

「……焼き尽くせ!」


 鷹山が早口で詠唱を終えると、倒れたロックオーガを中心として火柱が噴き上がった。

 真っ赤な炎が途中から青く輝くように変化し、凄まじい熱気がこっちまで伝わってきた。


「どうだ、やったか?」

「やめろよ、フラグ立てんな!」


 魔法の発動を終えて迂闊なセリフを口にした鷹山に、すかさず和樹がツッコミを入れる。

 幸い、黒焦げになったロックオーガは、完全に息絶えていた。

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