第736話 忘れていた果樹

 野営地の整備は順調に進んでいます。

 というか、僕の眷属が着手して順調に進まない訳がありません。


 まず工事は、ラインハルトが場所を決めるところから始まります。

 小川の場所から森を切り開く範囲を設定すると、ラインハルトとフレッドが木々を伐採します。


 伐採というと、斧とかチェーンソーを使って切り倒すイメージですが、二人の場合はスパッ、スパッと草刈りでもしているみたいです。

 今回の工事では、サヘルも草刈り……じゃなくて伐採に加わっていました。


 伐採が終わると、残った木の根をゼータ達が土属性魔法で掘り出してます。

 この木の根や伐採した木は、捨てずに乾燥させて薪にしています。


 木の根を取り出し終えたら、表層の土を攫って集めます。

 こちらは、栄養豊富な腐葉土なので肥料として活用します。


 続いて、ゼータたちとコボルト隊が整地と城壁作りに取り掛かります。

 敷地の周りに堀を穿ち、掘り出した土を積み上げて硬化させて城壁にします。


 コボルト隊とゼータたちが硬化させた土は、普通の岩と変わらない強度になります。

 最後に、僕が送還術を使って城壁の表面を滑らかに切り出せば、工事はほぼ完了です。


 あとは、野営地の出入り口に跳ね橋や門を設置するのですが、そこの部材は今回クラウスさんが提供してくれるそうなので、そちらが出来上がり次第設置する予定です。

 とりあえず、仮設の橋を設置して、城壁内部には使用上のルールを書いた立て看板を設置しました。


 城壁内部には、移動出来ない建物の設置は認めない。

 馬車を使った商売は認めるが、雨の日を除いて二日以上同じ場所での営業は認めない。


 場所取りやショバ代の徴収は認めない。

 使った場所は片付けて、ゴミは必ず持ち帰る。


 お互いに譲り合い、協力し合って使用すること。

 以上の基本的ルールに反する者は、Sランク冒険者ケント・コクブに喧嘩を売ったとみなす。


 立て看板に掛かれている内容は、基本的にこれまでの野営地と同様です。

 ただ、これから魔の森を抜ける街道の通行量が増えていけば、建物を建てたいという要望は必然的に増えていくでしょう。


 建物の建築を許可するならば、もう野営地ではなく新しい集落になるでしょうし、その場合は税金などの問題も出てきます。

 まぁ、そうなったらクラウスさんとディートヘルムかグライスナー家に丸投げしちゃいましょう。


 うん、整地の費用を貰って譲渡すればいいかな。

 野営地の設営は、一ヶ所に二日、四ヶ所なので八日間で完了しました。


 カミラ、ベアトリーチェ、セラフィマから要望があった女性専用エリアについては、ギルドの方でアンケートを取ってくれることになりました。

 主に護衛をされる側、商店主や関係者からの要望を集めてくれるそうです。


 てか、治安については、あんまり気にしなくても大丈夫だと思うんだけどなぁ……。

 現状でもコボルト隊に加えて、フレッドやバステンも夜間のパトロールをしてくれているみたいで、不届き者には痛い目に遭わせているみたいです。


 例えば、他人の荷物を盗もうとしている奴とか、因縁をつけて金を脅し取ろうとしている奴などは、影の空間から手を伸ばしたコボルト隊に、向う脛を棒で叩かれて悲鳴を上げているそうです。

 勿論、本気で殴ったら骨が折れちゃいますから、ちゃんと手加減しているそうですよ。


 でも、うちのコボルト隊は可愛い見た目に反してチートな強さの持ち主なので、手加減するのは難しいと思うんですよ。

 なので、どうやって手加減を覚えているのかマルトたちに聞いてみたら、なるほどという答えが返ってきました。


「わぅ、みんなヤギと遊んでいるから大丈夫」

「わふわふっ、壊さないように遊んでるからね」

「なるほど……確かに……」


 八木は、僕の家を訪ねてきた時には必ずコボルト隊やゼータたちと遊んでくれます。

 まぁ、強制的に遊ばれているというのが正解なんですけど、こんな理由があるとは思っていませんでした。


 これから先、パトロール用のコボルト隊を増やすとしたら、訓練パートナーとして八木を指名しちゃおうかな。

 ちょっと壊れても僕が直せば良いもんね。


『ケント様……』

「何かな、フレッド」

『ベルロカが実を付けてる……』

「あっ、忘れてた」


 ベルロカは、こちらの世界にカカオは無いかと綿貫さんに頼まれて探した木です。

 まだ実物を見ていませんが、薬屋のコーリーさんに聞いた話ではカカオに良く似た実を付けるそうで、木を見つけてヴォルザードの近郊にも移植を行いました。


 ヴォルザード東側の森、魔の森の中、マールブルグへ向かう街道沿い、移植した木はみんなラグビーボール型の実を付けていました。


「うん、うん、いいね。どこもちゃんと実ってるよ」

『というか、実り過ぎでは……』

「えっ、そうなの?」

『元々生えていた所では、こんなに実っていない……』


 フレッドに言われて、若木を採取してきたリバレー峠の東側へと行ってみました。


「なるほど……半分まではいかないけど、むこうの七割ぐらいしか実ってないかな」

『たぶん、ケント様のエリアヒールの効果かと……』


 若木を移植した時に、早く根付いて収穫できるように、エリアヒールを掛けて成長を促進し、その後肥料となる土も追加しておきました。

 その効果が現れているのかもしれませんね。


『収穫を終えたら、またエリアヒールを掛けて、野営地の工事で手に入れた腐葉土を与えると良いかも……』

「うーん……でも、それだと木に負担を掛けないかな?」

『それは、やってみないと分からない……』

「それじゃあ、エリアヒールを掛けるところと、掛けないところを作って比較してみようか」

『それはいいかも……』

「収穫量が増えるのは良いけれど、負担が掛って木の寿命を縮めてしまったら意味無いもんね」


 このベルロカの実がカカオの代用品になるならば、将来的にヴォルザードの特産品になるかもしれません。

 こちらの世界ではチョコレートは作られていないようですし、ランズヘルト共和国内に留まらず、リーゼンブルグやバルシャニア、海を渡ったシャルターン王国にまで輸出できるかもしれません。


『サチコが子育て中だけど、大丈夫……?』

「あっ、そうだった……というか、今回なってる実だけでも、全部を一人では処理できないよね」


 いずれヴォルザードの特産品に……なんて考えたので、植樹したベルロカの木は五十本以上になります。

 そのどれもが、たわわに実をつけているのですから、収穫量は結構な量になるはずです。


「というか、これカカオの代用品になってくれるのかなぁ……ならなかったら無駄になりそうだけど」

『でも、薬屋がそのまま食べるって言ってた……』

「あぁ、そういえば、コーリーさんは実の白い部分をそのまま食べるって言ってたね」


 元々、ベルロカは普通の人では立ち入りが難しい場所に生えているために、値段が高価なのだと言っていました。

 それならばカカオの代用品にならなくても、一定の需要はあるのかもしれませんね。


 まぁ、チョコレートの材料になってくれるのが一番ですし、実が熟すまでに綿貫さんと相談して実験をする準備を進めておきましょう。

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