第731話 受注ランク変更

「ご主人様、クラウスが来てくれって言ってるよ」


 ベアトリーチェ、セラフィマ、カミラの要望を受けて、新たな野営地の設置を始めようかと思っていたら、ヴォルルトが僕を呼びに来ました。


「はて、野営地の件ならクラウスさんも了解済みだって聞いたけど……」

「何だか頼みがあるみたい」

「別件の指名依頼ってことかな? まぁ、行けば分かるか」


 ヴォルルトと一緒にギルドの執務室へと向かうと、クラウスさんの他にドノバンさんの姿がありました。


「ケントです、入ります」

「おぅ、呼び出してすまないな。まぁ座ってくれ」


 応接用のテーブルの上には、何やら資料がたくさん広げられています。

 チラっと見た感じでは、ラストックとかリーゼンブルグといった文字が目に付きますね。


「何かヤバい魔物でも出ましたか? それとも大規模な山賊とかでしょうか?」

「いや、今の時点で何かが起こっているという話じゃねぇ。今後どうするかだ」

「それって、魔の森を抜ける街道の話ですか?」

「そうだ、新しい野営地の件は聞いているが、それに付随するような話だ」


 そう言うと、クラウスさんは書類の束を差し出しました。


「読んでも構わないんですか?」

「ザックリでいいから目を通してくれ」

「要望書……ですか?」


 クラウスさんの差し出した書類の表には、魔の森を抜ける街道の通行に関する要望書と書かれていました。

 要望書は、オーランド商店のデルリッツさんをはじめとしたヴォルザードの商店主の連名によるものでした。


 内容は、ヴォルザードとリーゼンブルグの和平条約成立に伴い、今後両国間の取り引きが急激に増えることが予想され、護衛を担える人材が不足する恐れがあるというものです。

 現在、魔の森を抜ける街道の護衛を受注できるのは、Bランク以上の冒険者に限られています。


 これまでの魔の森は、BランクどころかAランクの冒険者を揃えないと危険とされる場所でした。

 実際、ギガウルフとかロックオーガのような危険な魔物が頻繁に出没する場所でしたから、腕の立つ冒険者でなければ無事に通り抜けるのは難しかったようです。


 実際、僕が初めてラストックからヴォルザードまで移動した時も、魔物に襲われて放置された馬車がありました。

 残されていた荷物やお金は、ヴォルザードで生活するのに大いに役立ってくれました。


 ゴブリンに食い殺されそうになって、着ていた制服とかボロボロでしたからね。

 馬車からいただいた服を着ていたから、怪しまれずにヴォルザードにも入れました。


 あの頃は、本当に危険な場所でしたが、今は事情が違います。

 魔物が闊歩する南の大陸と地続きの場所は、幅十メートルほどの橋が三ヶ所あるだけで、渡ってくる魔物の数も大幅に減っています。


 以前は路面も荒れていて、周囲の見通しが利かない場所がたくさんありましたが、僕の眷属の土木部門の活躍もあって、街道は綺麗に整備されています。


「つまり、街道も整備され、魔物の数も減り、その一方で荷物は激増が予想されるから護衛を受けられる冒険者のランクを下げろ……ということですね?」

「そうだ。リバレー峠を越えるのと同等、つまりCランクの連中にも護衛を許可しろって要望だ」

「許可するんですか?」

「それを判断するために、お前を呼び出せってドノバンに言われてな」

「えっ、僕が判断するんですか?」


 驚いて視線を向けると、ドノバンさんは首を横に振ってみせました。


「そうじゃない。判断するための材料を提供しろってことだ」

「あっ、魔の森の現状報告ってことですね?」

「それと、Cランクが受注できるようになるってことは、ジョーやシューイチ達も受注できるようになるってことだからな」

「そうか……デルリッツさんが要望書を出してるんですもんね」

「そういう事だ」


 近藤、鷹山、新旧コンビの四人は、オーランド商店の専属のような形でマールブルグやバッケンハイム行きの馬車を護衛しています。

 そちらはCランクの冒険者でも受注が可能ですが、魔の森を抜ける街道を通る場合には、先日のラストック行きのようにBランク以上の冒険者の同行が必要になってきます。


「お前の情報、判断ひとつで、ジョーたちが危険に晒されるかもしれん。かと言って、今のままではBランク以上の冒険者が不足する」


 ヴォルザードの場合、ランクの高い冒険者の多くが、護衛業務ではなく一攫千金を狙ってダンジョンで活動しています。

 護衛の依頼料を上げれば、引き受けてくれるかもしれませんが、そうなると人件費が商売の利益を圧迫するような事態が起こりかねません。


「どうだ、BからCにランクを下げても大丈夫だと思うか?」

「うーん……今は大丈夫です。今は」

「それは、リーゼンブルグの王女の輿入れがあったからか?」

「その通りです」


 さすがはドノバンさん、詳しく説明しなくても状況を理解しているようです。

 カミラの輿入れの行列が襲われるようなことが無いように、街道の防衛レベルを引き上げていました。


 具体的には、ロックオーガやギガウルフなどの討伐、眷属たちによる街道に沿ったマーキングなどです。

 オークやオーガの大きな群れは元々討伐対象でしたし、ストームキャットなどの本当に危険な魔物については即応体制を敷いています。


 そうした事情を改めて説明すると、クラウスさんも頷いていました。


「てことは、現状を維持するならばCランクでも問題無いってことだな?」

「まぁ、現状を維持するなら……ですけどね」

「逆に言うと、ケントが手を引けば、また以前のような危険な森に戻る可能性が高いってことか?」

「すぐという訳じゃないでしょうが、いずれ危険度は増していくと思います」

「そうか……」


 クラウスさんは、腕組みをして頭の中で計算を始めたようです。

 以前、何かの時に話が出ましたが、何でも僕に頼る体制では駄目だとクラウスさんは考えています。


 まぁ、ブライヒベルグとの間を繋ぐ、闇の盾を使った輸送システムなんてものはありますが、それでも五十年、百年先、僕がいなくなった後のことまで、クラウスさんは見据えています。


「ケント、その橋って奴を落としちまったら、魔物は激減すると思うか?」

「思います。例のヒュドラを討伐した跡地も橋の向こう側ですし、魔物数も強さのレベルもガクンと減ると思いますよ」

「魔の森が、普通の森になるってことか?」

「そこまでは分かりません。イロスーン大森林の例がありますから、ある日突然、魔物の数が増える……なんて事が絶対に無いとは言い切れません」

「そうだな、イロスーンの例があるもんな」


 クラウスさんは、天井を見上げて思いを巡らせた後で、決断するように大きく頷いてみせました。


「よし! ケント、橋を落としてくれ」

「分かりました」

「橋を落とした後で、ランクを下げる。ただし、異常事態が起こった場合には、通行止めやランクを上げる措置を取る。ドノバン、その旨で回答しておいてくれ」

「了解です」


 確かに、橋を落としてしまえば魔物の数は激減するでしょうし、これまで数年に一度のペースで起こっていた大量発生も起きなくなるはずです。

 その一方で、討伐をメインにしている冒険者は、獲物が減って生活が苦しくなるかもしれません。


「仕方ないだろうな。俺は討伐系の冒険者の生活よりも街の発展を選んだ。それが時代の流れだとも思っている」

「適応出来ない奴は淘汰される運命ってことですか?」

「そういう事だ。まぁ、大ぴらに言う必要も無いし、橋を落とした件も暫くは伏せておけ。そんなに急に魔物は居なくなったりしねぇし、方針転換するだけの猶予期間はあるだろう」


 ゴブリンとかは一匹見たら二十匹は居ると思え……なんて言われてますし、魔の森は広大ですから、変化は緩やかに進んでいくのでしょうね。

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