第732話 着手
カミラがヴォルザードに来ても、これまで通りの毎日が続くと思っていましたが、予想していたよりも大きな変化が訪れそうです。
とりあえず、僕が依頼されたのは野営地の新設と、南の大陸との間を繋ぐ橋の破壊ですね。
野営地の新設に関しては、今後リーゼンブルグとの交易を発展させるために必要な措置ですから異論は無いのですが、橋については少し引っ掛かっています。
魔の森に接するヴォルザードの領主クラウスさんの判断ですし、従うべきなんでしょうが、このまま落してしまって良いのでしょうかねぇ。
「ラインハルトはどう思う?」
『そうですな、魔の森を抜ける街道の安全を確保するためには落してしまった方が良いでしょうな』
「でも、魔物が減ると討伐系の冒険者が困りそうだし、討伐数が減れば素材が不足したりしないのかな?」
『長期的な影響については未知数ですが、短期的には余り変わらないと思いますぞ』
「でも、討伐系の冒険者が……」
『討伐系といっても、進んでロックオーガやギガウルフを倒そうとする者はいないのでは?』
「あっ、そうか……」
確かにラインハルトの言う通り、討伐を主体としている冒険者といっても、主な狙いはオークです。
大きな群れを作らないし、そこそこの強さで、そこそこ大きな魔石が取れるから、いわゆる美味しい獲物という訳です。
オーガになると危険度が上がりますし、ロックオーガやギガウルフだと命懸けの戦いになります。
「そうだよね。僕らはサクっと討伐できちゃうけど、普通の人にとってはヤバい相手なんだよね」
『そうですな。我々にとってはロックオーガでも物足りないですが、一般的な感覚とはズレているのでしょうな』
そう言えば、最近ラインハルトたちが暴れている姿を見ていませんが、ちゃんとストレス発散しているのでしょうか。
魔物の大量発生とか起こって欲しくないですけど、ストレス解消のために血塗れの姿でオーバーキルを繰り返すスケルトンとかヤバすぎですからね。
「どうしよう。橋は落とすとして、こちら側に残っている危険な魔物も討伐しちゃった方が良いのかな?」
『街道に近付くものは始末するとして、他は放置でよろしいのでしょう。それに、オーガからロックオーガへの変化などは、魔の森でなくとも起こり得るものですぞ』
「そっか、魔の森以外にもロックオーガが出没する場合はあるんだよね」
『そうです、ギガウルフやサラマンダーといった魔物が現れる場合もありますぞ』
そういえば、うちのフラムはバッケンハイムに出没したところを討伐して眷属に加えたんでした。
イロスーン大森林でも街道を整備し直さなければならないほど魔物が増えましたし、橋の件は余り神経質にならなくても良いのかもしれませんね。
ラストックとの間を結ぶ街道から、これから落す橋までは相当な距離があります。
当然、そこまでの間は広大な魔の森ですから、魔物が絶滅するような心配は要らないような気がします。
「そういえば、最近は地震も起こっていないし、空間の歪みとかも発生していないよね」
『そうですな。言われてみればその通りですな』
以前は地震が頻発していましたし、その度に空間の歪みが生じて魔物の大軍が溢れ出していました。
南の大陸の火山活動が収束したのか、それとも大きな噴火や地震のためのエネルギーを溜め込んでいたりするのでしょうかね。
「じゃあ、橋を落としちゃおうかな」
影の空間に潜って、橋の一つに移動すると、僕が手を加える以前に崩落していました。
「ありゃ……もしかして岩盤が脆いのかな?」
『ケント様、残しておいた木が影響したのでは?』
「あっ、そういえば、ここは木が生えてたっけ」
僕としては、十分な強度を残して橋を作ったつもりですが、周囲の岩盤を転移魔法で切り出したので、ここには少し大きめの木が残っていました。
「もしかして、この前の嵐で木が煽られて、それで橋が崩壊したのかな」
『その可能性はありますな』
橋が落ちてしまうと、対岸までの距離は三十メートルほどで、しかも下は潮流が激しい海ですから、よほどの魔物でない限り飛び越えようなんて思わないでしょう。
まぁ、ストームキャットの場合には、そもそも宙を駆けるから止まらないし、三十メートルなんて飛び越えてしまうでしょう。
「ここは手間が省けたってことで、残りを落としに行こうか」
二ヶ所目、三ヶ所目の橋は残っていましたので、送還術を使って切り離して海に落しました。
これで完全に南の大陸とは分断されたことになります。
「てか、あらためて見ても凄い潮流だよねぇ……」
僕が送還術を使って切り出した海峡部分には、西の方角から川のように潮が流れています。
潮の満ち干で流れる方向が変わるのかもしれませんが、穏やかな川どころか、ゴーゴーと音を立てて流れています。
魔物も渡って来られなくなりましたが、こちらから人が渡っていくことも出来なくなりました。
まぁ、南の大陸に渡ろうなんて命知らずな人は早々いないと思いますが、五十年先、百年先には学術調査に向かう人も現れるかもしれませんね。
『ケント様、野営地はどこに作りますか?』
「距離的に丁度良くて、出来れば水場がある方が良いよね?」
『そうですな。移動は当然馬車になりますし、馬に与える水がある場所の方が都合がよろしいでしょう』
「でもさ、魔の森を抜ける街道が安全になって、野営地を増やしたら、自分の足で移動しようなんて考える人も現れるんじゃない?」
『なるほど、それは確かにありそうですな』
こちらの世界では、街から街への移動には乗り合い馬車を使うのが一般的ですが、中には自分の足で歩いて移動する人もいます。
これまで魔の森を抜ける街道を歩いて移動するなんて自殺行為でしたが、魔物が減って安全になれば話は変わってくるでしょう。
まぁ、僕はこっちに来た早々に、その自殺行為をやらされたんですけどねぇ……。
あぁ、思い出したら、ちょっと腹が立ってきちゃいました。
今夜はベッドの上でカミラを泣かせちゃいましょうか……いやいや、唯香とかベアトリーチェに知られると不味いのでやめておきましょう。
魔の森を抜ける街道にも、元々休憩のための場所があります。
誰かが設置したというよりも、都合の良い場所は多くの人が利用するので、自然発生的に休憩場所みたいなものが出来上がります。
今回は、そうした場所の中から二ヶ所を選んで、新たな野営地に作り変えます。
「ヴォルザード寄りの場所は、ここが良さそうだね」
『小川も流れていますし、距離的にも丁度良さそうですな』
「昼間は利用する人がいると思うから、工事は夜のうちに進めてもらえるかな」
『了解ですぞ、野営地の規模は既に作ったものと同じでよろしいですかな?』
「そうだね、とりあえずは同じ規模で作ってもらって、後はヴォルザードの城壁みたいに拡張していけば良いんじゃないかな」
ヴォルザードは、最初に作られた旧市街の周りに城壁を増築する形で広がってきた街です。
この野営地も、いずれヴォルザードのように城壁を広げながら発展していくかもしれません。
『ケント様、魔物の数が普通の森と同じ程度になったら、城壁も必要無くなるかもしれませんぞ』
「そうか、そうなったら野営地ではなく村や街になっていくのかな」
『そうですな、それもヴォルザードとリーゼンブルグの交易が盛んになれば……でしょうな』
百年先、二百年先になったら、ヴォルザード時代の城壁野営地群……みたいな感じで、世界遺産に指定されたりするんでしょうかね。
そのためにも、百年、二百年の風雨に耐えられる頑強な野営地にしましょうかね。
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