第730話 お祭り騒ぎが終わって

 結婚披露パーティーも終わり、ヴォルザードの守備隊とリーゼンブルグの騎士による演武大会も終わり、我が家に呼んだゲストの皆さんも送還術で送り届けました。

 父さんを日本に送る時には、自宅に直接ではなく国分家の墓地に立ち寄りました。


 日本とヴォルザードの時差を利用して、早朝の人がいない時間に、父さんと二人で母さんと婆ちゃんの墓前に花を手向けました。


「お袋、美津子、ようやく健人と二人で来られたよ。時間が掛かってしまって申し訳ない」

「母さん、お婆ちゃん、父さんにヴォルザードまで来てもらったんだよ」

「健人の家は凄かったぞ、大きな猫や狼、竜までいてな、アミューズメントパークみたいだった」

「父さんは、クラウスさんやコンスタンさんに飲まされて、あんなに駄目な一面があるなんて思わなかったよ」

「あぁ、健人はズルいんだ。二日酔いも魔法で治してケロっとしてるんだからな」

「それはヴォルザードで苦労した特権ってやつだよ」


 ヴォルザードへ来てもらうまでは、どんな顔をして会えば良いのか、どんな話をすれば良いのかも分からなかったけど、今はだいぶ普通に話せるようになりました。

 世の中の一般的な父親と息子がどんな感じなのか知らないけれど、国分家はだいぶ良い感じになったような気がします。


 お墓参りを済ませた後、父さんに牛丼屋に誘われた。


「若い頃には、夜中の三時過ぎぐらいまで接待酒に付き合わされて、それからお客さんを家まで送ってから自宅に戻って、シャワーを浴びて着替えて、眠らずに出社したものだ」

「その時の朝食が牛丼屋だったの?」

「ここは、二十四時間やってるからな」

「今はそんな生活してないんでしょ?」

「当り前だ、もう若くないからな」


 そう言いながら父さんは、牛丼、味噌汁、生卵を頼むと、慣れた様子で掻き込み始めた。


「七味唐辛子なんて掛けるの?」

「ちょっとピリっとして美味いぞ」

「へぇ……」

「健人は、あんまり来ないのか?」

「うん、婆ちゃんが死んでからはコンビニの弁当とかカップ麺が多かったかな」

「今は違うんだろう?」

「勿論、料理人さんがいるし、下宿先が食堂だったから今でも時々顔を出してるよ」

「そうか、食事は生活の基本だからな、疎かにするなよ」

「うん、あちこちで御馳走になってるから大丈夫だよ」


 そろそろシフトが終わる頃なのでしょうか、店員さんは欠伸を繰り返しては目をショボショボさせていました。

 お勘定を終えた後、人目につかない場所から影に潜って家まで送ろうとしたのですが、ここで良いと言われました。


「じゃあ、元気でいろよ」

「うん、父さんもね」

「もう家も覚えただろうから、いつでも遊びに来い」

「うん、そのうちにね……」


 父さんとは駅で別れて、人目を避けて影に潜ってヴォルザードへと戻りました。

 これで、結婚披露のイベントは全て終了です。


 さぁ、これからは心置きなく、お嫁さんたちとイチャイチャ甘い生活を楽しむことにしましょうかね。


「ただいま!」

「おかえりなさい」


 自宅に戻ると、ベアトリーチェ、セラフィマ、カミラの三人が待ち構えていました。


「あれっ、マノンと唯香は?」

「診療所ですよ」


 ベアトリーチェに何を言ってるんだ……みたいな顔をされちゃいました。


「えっと、二人とも仕事に行ったってこと?」

「そうですよ」


 ありゃ、セラフィマにまで当然でしょ……みたいな顔されちゃってますけど、お嫁さん勢揃いでのイチャイチャタイムはどうなったの……なんて聞ける雰囲気じゃないですね。


「えっと、みんなは僕を待ってたの?」

「はい、魔の森を抜ける街道についてお願いがありまして……」


 うん、カミラが硬いです。

 新婚なんだから、もっと甘々ムードで良いと思うのに、なんだか王女様モードって感じです。


「魔の森を抜ける街道がどうかしたの?」

「はい、できれば野営地を増やしていただけないかと思いまして」

「えっ、でもカミラが来る時に使った野営地は解放したから、これまでの倍の面積になってるけど」

「はい、それは分かっています。そこではなく、ヴォルザードと今ある野営地、ラストックと今ある野営地の間にも新しく野営地を作れないかと思いまして」


 今回、カミラの輿入れを機に、ヴォルザードとリーゼンブルグは和平条約を結んで、交易にかかる関税を基本的に撤廃しました。

 これによって、魔の森を抜ける街道は、これまで以上に賑わうことが予想されます。


「ケント様のおかげで街道は格段に安全になりましたし、立派な野営地があるので夜も安心して過ごせるようになっています。ですが、今ある野営地だけでは出立の時間に制限が出来てしまいますし、何かのアクシデントが起こると野営地まで辿り着けなくなってしまいます」


 ヴォルザードとラストックの間の街道を整備しましたが、距離を考えると馬車が一日で走破するのは無理があります。

 そこで野営地を整備したのですが、野営地まで余裕を持って辿り着くには早朝にヴォルザードやラストックを出発する必要があります。


「なるほど、中間に野営地を二ヶ所増やせば、半日で辿り着けるってことか」

「はい、それならば、昼までに出立すれば余裕を持って野営地まで辿り着けるようになります。これまでに比べて利便性も上がりますし、アクシデントが発生した場合にも安心です」

「そうだね、確かにその通りだ。それじゃあ、クラウスさんとディートヘルムに……」

「もう許可は取ってありますよ」


 お任せ下さいとばかりにベアトリーチェが胸を張ってみせました。


「いつの間に……」

「ケント様たちが、お酒で上機嫌になられていた時に、母たちも交えて相談を進めていました」


 マリアンヌさんに、リサヴェータさん、それに美香さん達も加わって相談を進めていたそうです。

 そして、セラフィマから一つお願いをされました。


「それでですね、ケント様、野営地には女性が安心して過ごせる環境を整えていただきたいのです」

「それは、自衛だけでなく女性を守る何らかの仕組みを作るってこと?」

「そうです。ヴォルザードとリーゼンブルグの結びつきを強くするには、女性が安心して移動できる環境を整えるべきだと考えます」


 こちらの世界では、魔物が出没する可能性があるので、街を離れて移動する男女の割り合いは、圧倒的に男性の方が多くなっています。

 日本でも女性の社会進出が度々話題に上がっているようですが、こちらの世界でも女性の権利向上みたいな流れが出来始めているのでしょうか。


「そうだね、どうしても守られているという感じで、街から出る女性は限られているからね。でも、具体的にどんな事をすれば良いの?」

「これはミカさんの提案なんですが、女性専用の区画を設けてはいかがかと……」

「なるほど、女性しか入れない場所ならば、比較的安心は出来る……かなぁ?」

「何か問題でもございますか?」

「厳密に女性専用となると、護衛の男性も入れなくなっちゃうんだよね。女性には悪いことを企む人はいない……という訳じゃないし、そうなると女性の護衛が必要になるけど、冒険者の割り合いも男性の方が多いからなぁ」

「そうですね、確かにそうした問題は考えられますね」


 セラフィマとしては、魔の森を抜ける街道で実績を作り、それをバルシャニアとリーゼンブルグの間にあるダビーラ砂漠を渡る街道でも応用できないかと考えているそうです。

 バルシャニアとリーゼンブルグも長年に渡る対立から融和へと舵を切り、往来する人の数も増えているそうですが、やはりダビーラ砂漠が大きな障害となっているようです。


「とにかく、クラウスさんとディートヘルムのオッケーが出ているなら、新たな野営地の設置を始めるよ。女性専用区画みたいな案は、良いものが出たら採用して後付けで設置するようにしよう」


 とりあえず、女性に対する安全策は後から考えることにして、新たな野営地の設置を始めましょう。

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