第729話 お祭り騒ぎの裏側で(後編)
※今回も中年冒険者ペデル目線の話です。
「湿気た面してやがるな」
「すみません……」
ちょっとからかうように声を掛けたのだが、オスカーは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
こいつはマジで湿気ってるみたいだ。
「せっかく世の中が浮かれてるってのに、なんでそんなに景気の悪い顔をしてやがるんだ?」
「ブルネラに冒険者を辞めるって言われて……」
「一緒に始めた連中が次々にいなくなっちまって凹んでた……てか?」
「はい……」
前にちょっと聞いたことがあったが、冒険者としてパーティーを組んで活動するにあたって、オスカーの親父が持ち物の一軒家を拠点として貸してくれたそうだ。
そこで、オスカー、ルイーゴ、ブルネラ、ヴェリンダの四人で共同生活をしながら、冒険者パーティーとして名前を売るような活躍を夢見ていたらしい。
ところが、背伸びして森に入ってオーガに襲われ、殺されかけたところをギリクに助けられてから歯車が狂い始めたようだ。
「お前、どこに行くつもりだったんだ?」
「演武会でも見に行こうかと……」
「どうせ行っても、ろくに見もしないで終わっちまうんじゃねぇのか?」
「そう……かもしれないです」
「んなもん、行っても無駄だ。一杯奢るなら愚痴の一つぐらいは聞いてやるぞ」
そんなもの俺の柄じゃないとは分かっているが、なんとなく放っておけない気分だった。
オスカーは少し迷った後で頭を下げた。
「お願いします」
「よし、付いて来な」
オスカーを連れて、ギルドの裏手、歓楽街の方へと足を向ける。
親父が一軒家をポンと提供してくれるぐらいだから、オスカーは裕福な家の息子なのだろう。
パーティーを組んでいた四人の中では一番真面目で、拠点を提供しているから自然とリーダーのような役割を担ってきたようだ。
慎重な性格だし、冒険者としての素質は悪くないと思うのだが、いかんせん真面目過ぎて雰囲気が暗い。
同じく真面目でお固い性格だが、ジョーぐらいの明るさを身につければグンと伸びそうな気もするが、性格ばかりは俺がとやかく言ってどうにかなるものでもないだろう。
歓楽街はまだ店を開ける時間ではないが、周辺の飲み屋の中には営業を始めている所があった。
この辺りは歓楽街に繰り出す連中が、景気付けに一杯引っかけていく場所で、歓楽街の中よりも割安で飲める。
その中の馴染みの一軒が、丁度店を開けたところだった。
「やってるかい?」
「おう、ペデルじゃねぇか。今日は随分と早いんじゃねぇのか?」
「このバカ騒ぎだからな、仕事は休みだ」
「なるほどな。だがバカ騒ぎの割には、こっちに流れてこねぇみたいだな」
「まだ演舞大会だかをやってる最中なんだろう。終われば、どっと流れてくるんじゃねぇのか?」
「おぅ、そうか、そうあってもらいたいねぇ」
酒とツマミを適当に頼んで、店の奥の席に腰を落ち着ける。
俺と親父が話している間、オスカーはボンヤリと店の中を眺めているだけで一言も口を利かなかった。
「そんで、ルイーゴが死んだ後、どうしてたんだ?」
「ブルネラがショックを受けちまって、立ち直るまで時間が掛かってました」
俺が自分の手駒に使えそうな若造を手に入れるために、ギリクが面倒みていた連中を横取りしようとしてた時に、オスカーと同じパーティーのルイーゴはオークに止めを刺し損ねて命を落とした。
ブルネラは弓矢でオスカーたちを援護していたのだが、肝心な場面で何も出来なかったと、ルイーゴの死に責任を感じてしまったらしい。
「あれは誰のせいでもねぇ、ルイーゴがヘマしただけだ」
「はい、僕もそう言ったんですが……目の前で殺されたから割りきれなかったみたいです」
「それで冒険者を辞めるって言い出したのか?」
「いえ、一度は復帰するって言ったんですが、採集の依頼で森に入ろうとしたら……」
「ビビって進めなかったか?」
「はい。ちょっと森に踏み込んだだけでもガタガタ震えてしまって……」
「まぁ、ハナから向いてなかったんだよ」
実際、冒険者に向いている奴と、逆に向いていない奴がいる。
妙に肝が据わっている奴よりも、臆病な方が冒険者には向いていると思うが、恐怖に負けて体が動かなくなってしまうのは論外だ。
ブルネラのような奴は、城壁の内側の安全な場所で働いた方が身のためだ。
「ブルネラの事情は分かった、そんで、お前はどうしたいんだ? 冒険者を続けたいのか、それとも辞めたいのか、どっちだ?」
「それは……それは続けたいですよ」
「なら続けりゃいいじゃねぇか」
「でも、僕一人じゃ……」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! 大人数のパーティーを組もうが、少人数精鋭でパーティーを組もうが、冒険者ってのは自分の命には自分で責任を持つもんだ。他人がどうとかじゃねぇ、自分がどうしたいかだ。そこがグラグラ揺らいでいるなら、辞めちまった方が身のためだぞ」
オスカーは、ハッとしたように目を見開いて顔を上げた。
「オスカー、お前は冒険者としての覚悟が足りねぇんだ。いいか、ルイーゴの死を何時までもグジグジと自分の責任みたいに考えているのは、冒険者として死んだルイーゴに対する侮辱だ。同じヒヨッコのお前が、負い目を感じるなんざ百年早ぇ! お前は何様のつもりだ? Aランクの冒険者か? それともSランクの冒険者にでもなったつもりか? Bランクの俺に、知識でも経験でも実力でも足元にも及ばないお前が、ルイーゴを守ってやれた……なんて考えるなんざ、おこがましいにも程がある、ふざけんな!」
俺を見詰めていたオスカーの瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちた。
「すみませんでした」
「それは何に対する謝罪だ?」
「えっ……?」
「言ったよな、お前には冒険者としての覚悟足りないって。謝る理由もハッキリしていないのに、とりあえず謝罪の言葉を口にしておけばいいと思ってんじゃねぇのか? そんな謝罪を相手が受け入れてくれると思うなよ」
「すみま……せん……」
「はっ、言ってるそばから何ほざいてんだ?」
オスカーは、喉元から出掛かった言葉を飲み込むようにパクパクと口を動かした後で沈黙した。
「冒険者ってのは、自分の命にも依頼にも責任を負う仕事だ。安易に謝罪を口にすれば、背負わなくてもいい責任まで背負い込む羽目になるんだぞ。魔物使いの小僧みたいに、何でもかんでも背負い込めるような実力と財力が無いなら、謝罪を口にするのは最後だ。分かったか?」
「はい、分かりました」
「で、お前はどうするんだ?」
「僕は……冒険者を続けます」
「覚悟は決められんのか?」
「決めます。もうルイーゴの死に負い目を感じたりしません。ただ、あいつの分まで冒険者を続けてやろうと思います」
「そうか……だったら、魔物使いの小僧なんかを目指すんじゃなくて、ジョーを手本にしろ」
「ジョーさんって……たしかケント・コクブさんの友人ですよね?」
「そうだ。あいつは頭も切れるし腕も立つ。魔物使いなんて出鱈目な奴を除けば、若手のナンバーワンはジョーだ」
シューイチやカズキ、タツヤも腕は立つが、頭の良さならジョーが飛び抜けている。
オーランド商店の護衛依頼をかっさらわれた時には腹も立てたが、商店主のデルリッツの目は確かだった。
「噂は聞いていますけど、そんなに凄い人なんですか?」
「このまま順調に冒険者生活を続けていけば、ジョーは間違いなくAランクにはなるはずだ」
「そんなにですか」
「金に余裕があるなら、分け前は要らないから依頼に連れて行ってくれって弟子入りしてみろ。これからの時代に、どうすれば冒険者として成功するか分かると思うぜ」
「なるほど……ジョーさんですか……ペデルさんじゃ駄目なんですか?」
「俺は当分の間は、ギルドの指名依頼を受けて、訓練場で指導にあたることになる。冒険者としての腕を磨きたいなら、現場にいる人間を手本にしろ」
「分かりました……考えてみます」
「ふん、ちっとはマシな面になったじゃねぇか」
「あっ……ありがとうございます」
自分の進む道が定まったからか、オスカーにまとわりついていた澱んだ空気が消えた。
「オスカー、冒険者ってのは自分の命と依頼には責任を持つものだって言ったよな?」
「はい、勉強になりました」
「逆に考えると、冒険者は自分の命と依頼にだけ責任を持てば、他のことは知ったこっちゃねぇって開き直ってればいいんだ。お前みたいに背負い込んでたら、冒険者なんかやってらんねぇぞ」
「そうですね……うん、その通りです」
「まぁ、ここの払いはお前に背負ってもらうけどな」
「えぇぇ……はぁ、分かりました」
さっきまでの貧乏神に憑かれたかと思うような表情から抜け出せたことを思えば、飲み屋の支払いぐらい安いものだろう。
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