第728話 お祭り騒ぎの裏側で(前編)

※今回は中年冒険者ペデル目線の話になります。


 遠くから聞こえてくる群衆の歓声で目が覚めた。


「んぁ……何事だ?」


 昨夜の酒が残った頭で暫し考え込んで、引っ張り出した答えは演武会という言葉だ。

 確か、今日はヴォルザードの守備隊とリーゼンブルグの騎士による演武が行われているはずだ。


 ちょっと前まで、リーゼンブルグは一番近くて遠い国だった。

 リーゼンブルグが遠く感じられていたのには、二つの理由がある。


 一つは意識の問題。

 かつてヴォルザードが所属するランズヘルト共和国とリーゼンブルグ王国は、同一のリーゼンブルグ王国だった。


 それが二つの国に分かれてから随分と年月が過ぎているものの、未だにリーゼンブルグにはヴォルザードを属国だと見なす奴がいる。

 割合こそすくなくなってはいるが、そうした意識的な対立が二つの国を遠ざけていた。


 もう一つの理由は地理的な問題だ。

 リーゼンブルグとヴォルザードの間には、強力な魔物が闊歩する魔の森が存在している。


 二つの国を繋ぐ街道を抜けるには、腕利きの冒険者を揃えて護衛を頼む必要があった。

 ところが……その二つの理由は、ほぼほぼ無くなった。


 状況を一変させたのは、魔物使いの小僧だそうだ。

 今回、リーゼンブルグから王女が輿入れしてきた。


 相手は領主の息子ではなく魔物使いの小僧だ。

 あいつがリーゼンブルグで何をやったのかは知らないが、向こうでは魔王などと呼ばれているらしい。


 王族が平民に嫁ぐなんて普通では考えられないことだが、それが認められるほどの功績を残したのだろう。

 王女が嫁ぐとなれば、もはや属国などという意識を持ち続けるのは滑稽というものだ。


 実際、今回の輿入れを機に、ヴォルザードとリーゼンブルグの間には和平条約が取り交わされたそうで、関税も基本的に撤廃されるらしい。

 これまで以上に、二つの国の間での商取引が活発になるのは間違いないだろう。


 とはいえ、商取引を行おうにも魔の森が消えて無くなる訳ではない。

 危険な魔物から人や物を守るために腕の立つ冒険者を雇っていたら、それだけ経費が嵩むことになる。


 ヴォルザードにはダンジョンから産出する鉱石や、それを素材として作られた装飾品などの特産品があるが、経費が嵩めば売値は跳ね上がってしまう。

 だが、魔物の襲撃が減れば話は違ってくる。


 俺が自分の目で確かめた訳ではないが、いつの間にか魔の森の途中に頑丈な壁をそなえた野営地が作られ、道も見通しが利くように整備された。

 そして、そもそも危険な魔物が出て来る頻度が激減しているらしい。


 これも噂だが、そうした状況を作ったのは、ヴォルザードの領主クラウスでもなければ、リーゼンブルグでもなく、魔物使いの小僧らしい。

 魔物使いは、パッと見はどこにでもいる小僧にしか見えない。


 特殊な魔法を使うので相応に腕は立つらしいが、奴の本領は使役している魔物の強さだ。

 異常な強さを誇る三体のスケルトンを始めとして、ストームキャットやサラマンダー、ギガウルフまで手足のごとく使うどころか、それぞれが独立した意志を持っているそうだ。


 奴が現れた頃には、生意気な小僧だと絞めようとしたものだが、今は特に反感も抱いていない。

 相変わらず生意気だとは思うが、俺に利益をもたらしてくれるならば文句はない。


「まぁ、この馬鹿騒ぎが終わらないと稼ぎにはならねぇけどな……」


 ここ最近、俺はギルドから指名依頼を貰うようになった。

 内容は、訓練施設での魔物の討伐の仕方や素材の剥ぎ取り方の指導だ。


 魔物使いの小僧が現れたおかげで、自分も大金を稼げるのではないかと夢見るガキ共が大量に湧いたらしい。

 そして、腕も経験も無いのに森に入り、逆に魔物の餌食になるケースが激増したそうだ。


 問題を重視したギルドは、領主に進言して魔物の討伐を経験できる施設を作った。

 実際に、生きた魔物を安全な場所で討伐させて、どの程度危険なものなのか実感させるのが狙いだそうだ。


 魔物使いの小僧は、施設の建設や討伐に使う魔物の供給で手を貸しているらしい。

 ゴブリンからコボルト、オーク、オーガまで、目的とする魔物を生きた状態で安定して供給するなんて、並みの冒険者には出来ることではない。


 魔物使いの小僧がいるおかげで、俺も危険な目に遭わずに稼げているのだから、王女を嫁に貰って馬鹿騒ぎする程度のことに目くじらを立てるつもりはない。

 それに、ヴォルザードの街全体が祝賀ムードで、普段よりも安く酒が飲めるのだから、文句どころか感謝したいぐらいだ……しないけどな。


 昼の鐘が鳴ったのを聞いた後、寝床を這い出て水浴びをして髭を剃った。

 冒険者といえば、相手を威嚇するために薄汚れているぐらいの方が良い……みたいな風潮があるが、実際のところは間違いだ。


 俺の経験では、同じレベルの冒険者ならば、依頼主は間違いなく身なりを整えている者を選ぶ。

 装備や身なりに気を使えない奴は、冒険者としては三流だ。


 洗濯してあるシャツとズボンを身に付け、泥や埃を綺麗に落としたブーツを履く。

 防具は身に付けず、短剣だけを腰に吊ると、商人なんだか冒険者なんだか分からない格好が出来上がる。


 同業者の中には、この格好をスカしてやがると馬鹿にする連中もいるが、そういう連中はランクも上がらず、稼ぎも上がらない奴ばかりだ。

 財布とギルドカードをポケットに突っ込んで部屋を出る。


 見上げると筆で刷いたような雲が浮かんだ空は、ちょっと前よりも高くなったように見えた。

 もう秋の入口なのだろう。


 これからの時期、森では魔物の動きが活発になる。

 冬に備えて、今の時期から食いだめをしておくのだ。


 当然、森に入る危険度は上がるが、護衛の依頼料も上がる。

 冬に備えて、魔物の毛皮の買い取り価格も上がるが、金ばかりに目を取られて備えを疎かにすれば命を落とすことになる。


「季節の変わり目についても教えた方が良いんだろうな……指導した連中がコロコロ死んだら、俺の指導力が疑われちまうもんな」


 部屋がある倉庫街を出て、表通りに向かってブラブラと歩いていると、普段とは違う賑わいを感じる。

 リーゼンブルグとの和平条約成立を記念して、臨時の休みになっているからだろう。


 仕事が休みの連中は昼から酒を飲んで浮かれ、商売人達は普段以上の売り上げを見込んで目の色を変えている。


「はっ、どいつもこいつも浮かれてやがる」


 金が動き、物が動けば景気は上向く。

 街全体が浮かれているのも当然だろう。


 誰も彼もが笑顔を浮かべている通りで、一人だけ浮かない表情をしている男が目についた。

 かつてギリクと組んでいた若手の一人、オスカーだ。


 男二人、女二人のパーティーだったそうだが、女の一人とギリクが肉体関係になったせいで雰囲気が悪くなり、ルイーゴ、ブルネラと三人で行動するようになっていた。

 俺のところにも指導を仰ぎに来ていたが、ルイーゴが下手を打ってオークに道連れにされ、それから見掛けなくなっていた。


 冒険者の生き死には本人の責任だし、俺が負い目を感じることは無いのだが、ルイーゴの遺体を置いていくか連れていくかで揉め、気まずさは感じている。

 関わったところで、俺の得になるとは思えないのだが、何となく目を離せずにいるとオスカーに気付かれてしまった。


 軽く会釈をして歩み寄って来られたら、無視して立ち去る訳にもいかないだろう。

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