第727話 義理の父親
死屍累々……この言葉が、これほどまでに相応しいと感じる状況を僕は知りません。
結婚披露パーティ―の翌朝、会場となった食堂には酔い潰れて何人もの人が横たわっていました。
まずは僕、そしてクラウスさん、コンスタンさん、唯男さん、父さん、新旧コンビ、八木……。
男性陣で無事だったのは、鷹山、近藤、ディートヘルム、それにハミルの四人のようです。
「うぇぇ……頭痛いし気持ち悪い……自己治癒」
酷い二日酔い状態でしたが、自己治癒の魔術を使えばスッキリです。
てか、昨夜は新婚初夜だったんだから、カミラを加えた花嫁五人と朝チュンするはずだったのに……。
「はぁぁ……ちょっと水浴びしてこようかな」
影に潜ってお風呂場まで移動すると、幸い誰も使っていませんでした。
表の札を男湯に変えてから、脱衣所で服を脱いで風呂場に入りました。
ちなみに、我が家のお風呂は清掃の時間を除いて二十四時間利用可能の大浴場です。
日本から持ち込んだシャンプーとボディーソープで頭と体を洗ってから、湯船に浸かって体を伸ばしました。
「はぁぁぁ……いい湯だねぇ。でも、本当ならここも五人と一緒に……って言っても虚しくなるだけだし、これからいつでも機会はあるさ」
気を取り直して湯船から出て、頭と体を乾かしてから着替えて脱衣所を出ました。
ちゃんと札は男湯から女湯に戻しておきましたよ。
ちなみに、女湯表示の時に男性が入ろうとすると、コボルト隊に影から足を引っ張られて阻止されます。
男湯表示で僕が使っている時は、お嫁さんだけでなくメイサちゃんとか、美緒ちゃんとか、フィーデリアが入ってきちゃったりするけど、僕の指示ではありませんよ。
まぁ、止めろという指示も出していないんですけどね。
風呂から出てリビングに足を向けると、女性陣が勢揃いしていました。
「おはようございます」
皆さんにニッコリと微笑まれたんですけど、無言の圧を感じてしまいますね。
「えっと……食堂を片付けてきます」
カミラが席を立とうとしましたが、やんわりと唯香とベアトリーチェに止められていました。
分かってますとも、ちゃんと僕が片付けますよ。
影に潜って食堂へと移動して、パンパンと手を叩き、屍のごとき連中を起こしました。
「はいはい、皆さん朝ですよ! 起きて下さい!」
声を掛けた程度では起きそうもないので、軽く頭を揺さぶってやりました。
「ぐぉぉ……なにしやがる……」
「なにしやがるじゃないですよ。もう朝どころか昼になりそうですよ、クラウスさん」
「あぁん? なんでケントが……あぁ、お前の家か」
クラウスさんは、かろうじて目を覚ました感じですが、半分も頭が働いていないように見えますね。
「コンスタンさん、朝ですよ」
「やめよ……揺さぶるな」
「リサヴェータさん、お冠でしたよ」
「ぬぉぉ……起きる、起きるから、暫し待て」
この調子では使い物になるまで時間が掛かりそうなので、軽く治癒魔術を掛けていきました。
全回復させちゃうとクセになりそうなんで、少し体調が上向く程度で止めておきました。
唯男さんと父さんも起こして、四人はコボルト隊に風呂場に運ばせ、新旧コンビと八木も叩き起こしました。
「ほら、新田、古田、八木! もうパーティ―は終わりだよ。帰った、帰った!」
「止めろ……頭を……揺さぶるな……」
八木を揺さぶっているのは、僕じゃなくてコボルト隊です。
「朝飯食べていく?」
「いらん……食えん……」
「俺も無理……」
「ゆ~さ~ぶ~る~なぁぁぁ……」
こちらも半分以上眠っている感じで、夏の終わりの日差しを浴びながら、三人は水やりを忘れた朝顔みたいに萎れた様子でフラフラと帰っていきました。
うん、妙に二日酔いの姿が堂に入ってる感じだけど、僕らの歳で様になってるのはどうなんだろうね。
屍どもの排除が終わると、マルツェラ達が一斉に窓を開けて掃除を始めました。
クラウスさん達が戻ってきたら朝食の予定ですけど、昼まで待ってもらって一緒にしちゃった方が良さそうですね。
四人を風呂に叩き込んだ後、リビングに報告に戻ると、マリアンヌさん、リサヴェータさん、美香さんに座るように言われました。
満面の笑みが怖いです、ってか、お説教ですよね。
「ケントさん、ホストとして客の相手をするのは当然ですが、花嫁を放置するとは何事ですか」
「隣国の王女様を嫁に迎えたのに、初夜を共にしないなんて、国際問題になりかねませんよ」
「カミラさん、以外の四人もほったらかしでは旦那さん失格よ」
「はい、ごもっともです。面目しだいもございません」
てか、僕がお説教を受ける原因を作ったのは、貴女たちの旦那のせいなんですけど……なんて思っても口に出しちゃ駄目なんですよね。
こういう時には、ひたすら嵐が過ぎ去るのをジッと待つしかないんですよね。
日々の唯香からのお説教で学習してますから。
でも、唯香のお説教の場合、終わった後にギュってしてチューってしたりするんですけど、この三人相手にそれは出来ませんよね。
「健人、ちゃんと反省してる?」
僕の頭の中を見透かしたのか、唯香に突っ込まれちゃいました。
「うん、反省はしてるけど、あの面子を僕一人で止めるのは無理だよ」
「まぁ、確かにね……」
いくら僕がSランクの冒険者だろうが、領主様とか一国の皇帝陛下に逆らうのは難しいです。
まぁ、絶対に無理ではないからお説教されてるんですけどね。
「ふぅー……いい風呂だっ……」
「あなた! どこに行かれるつもりですか?」
リビングに入り掛けたものの一瞬で空気を察したクラウスさんは背中を向けましたが、マリアンヌさんが立ち去る時間を与えませんでした。
さぁさぁ、僕の隣が空いてますよ、どうぞ、どうぞ……。
クラウスさんは、僕の隣にドッカリと腰を下ろすと、カミラに向かって頭を下げてみせました。
「カミラ姫、せっかくの婚儀の日だったのに、すまなかった」
「い、いえ、私は……」
「だが、これだけは言わせてくれ。昨日、このケントを要として、ヴォルザード、リーゼンブルグ、そしてバルシャニアが一つになった。これは、言うまでもなく歴史的な瞬間だ。これまでの歴史を紐解けば、この三者が互いに手を取り合うなど考えられないことだし、俺自身こんな日が来るなどとは思ってもいなかった」
正直に言って、僕にはクラウスさんほどの驚きも実感も無いのですが、マリアンヌさんやリサヴェータさんも新しい時代の到来を感じているようです。
「カミラ姫、貴女がケントを召喚してくれたおかげで、今日の状況を迎えることができたのだが、その召喚によって多くの人の人生が狂い、貴女が負い目を感じて来たことも知っている」
カミラはこれまでにも何度も謝罪をして、日本への賠償も済ませましたし、昨日は綿貫さんとも和解しましたが、それでもまだ負い目を感じているようです。
少し目を伏せたカミラに向けて、クラウスさんは言葉を続けました。
「俺は死んだ人間を悪く言うのは好きじゃないが、カミラ姫が感じている負い目の多くは、亡くなったリーゼンブルグの前国王や王子達が背負うべきものだと思っている。はっきり言って、貴女は父親に恵まれなかった」
クラウスさんの言葉に、カミラだけでなくマリアンヌさんやリサヴェータさん、そしてディートヘルムが大きく頷きました。
「だが、それも終わった話だ。ここヴォルザードでは俺を父親だと思って頼ってくれ。ケントみたいにヒュドラやギガ―スの相手はできないが、ヴォルザードとリーゼンブルグの間で起こる揉め事は全部引き受けてやる。ラストックの復興も全力で後押しする。だから、何の心配もせず、ケントの嫁、そしてこれから生まれて来るであろう子供たちの母に専念してくれ」
「はい、ありがとうございます」
カミラが瞳を潤ませて頭を下げたところで、リビングに入ってきた人物がいました。
「我もクラウスと同様に父親と思ってくれて構わんぞ。バルシャニアとリーゼンブルグが手を携える日が、ワシが生きているうちに来るなどとは思ってもいなかった。戦いは憎しみしか生まないが、和平は笑顔と発展を生んでくれる。今ここに、改めてディートヘルムと手を携えて両国の発展を目指すと誓おう、バルシャニアの誇りにかけて!」
コンスタンさんは、ドンっと胸を力強く叩いた後で天井を指差して誓ってみせました。
カミラやディートヘルムは瞳を潤ませて見守っていますが、約一名、リサヴェータさんはジト目になってますね。
まぁ、お説教を回避するためのクラウスさんの名演技に、後からちゃっかり乗っかった感じですもんね。
ちなみに、僕はフォローしませんから、個別のお説教についてはご自身で何とかしてくださいね。
ていうか、僕を間に挟んで座りながら、俺の言葉を利用してんな……とか、細かいことに拘るな……とか、小言で揉めるの止めてもらえますかねぇ。
はぁぁ……僕は父親に恵まれていないと思った時期もありましたが、こんなに……やっぱり恵まれていないのかな?
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