第725話 結婚披露パーティー(後編)

 和やかな雰囲気が続いているパーティー会場で、そのテーブルだけはピリピリと空気が張り詰めている感じがします。

 綿貫さん、相良さん、本宮さんに、新旧コンビに、近藤、八木、マリーデの八人。


 片側に女性陣、反対側に男共が座り、綿貫さんは相良さんと本宮さんに挟まれる形で座っています。

 僕とカミラが歩み寄って行くと、マリーデを除く七人の視線が厳しくなったように感じました。


 今日のパーティーに居残り組を招待したのは、諸々の決着を付けるためです。

 とは言っても、招待状にはちゃんと出席と欠席を選べるようにしておきましたが……まぁ、ズルいですよね。


 唯香達との結婚も同時に披露するパーティーでは、欠席を選ぶ訳にもいかないでしょう。

 それでも、日本に帰らずヴォルザードに残って、異世界生活を満喫しているならば、もうカミラを許してくれても良いんじゃないかと思っています。


 勿論、綿貫さんだけは別ですけどね。

 綿貫さんの一件が発覚した後、実行犯の騎士達の処分を含めて、僕は何度もカミラと顔を合わせてきましたが、綿貫さんとカミラが直接顔を合わせるのは今回が初めてです。


 ラストックの駐屯地にいた頃も、僕らからはカミラは目立つ存在でしたが、綿貫さんは二百人のうちの一人にすぎませんでした。

 あの事件があったからこそ、カミラは綿貫さんの存在を知り、今日この瞬間を迎えています。


 テーブルに歩み寄っていくカミラの顔は蒼ざめ、額には汗が滲んでいます。

 アーブル・カルヴァインと決着を付ける席に臨んだ時でさえ、毅然としていたカミラが少し震えるほど緊張しています。


 うん、頼むから新旧コンビと八木は余計な言葉を挟まないでくれよ。

 カミラがテーブルの脇に立ち、意を決するように大きく息を吐いた直後、綿貫さんが先に言葉を発しました。


「国分、カミラ、結婚おめでとう」


 綿貫さんはニカっと笑顔を浮かべてみせ、そのいつもと変わらない様子に僕も、カミラも、居残り組の連中も、意表を突かれて目を見開いています。


「も、申し訳なか……」

「あぁ、謝らないで」

「だが、私は……」

「うん、カミラ、貴女は間違えた。貴女の部下も間違えた。そして、あたしも間違えたんだ」


 謝罪の言葉を口にしようとするカミラを止めると、綿貫さんは言葉を選ぶように、ゆっくりと話しはじめました。


「貴女の部下に酷い事をされた後、あたしは自暴自棄になるべきじゃなかったし、もっと自分を大切にするべきだった。でもね……貴方は間違えたけど、もう何度も何度も謝ったし、国としての賠償責任も果たした。貴方の部下は、その命で過ちを償った。そして、あたしはこの子を命がけで生んだ。もう、それで良くない? ねぇ、未来みく


 パーティーが始まる前に、いっぱいオッパイを飲んだそうで、未来みくちゃんと名付けられた赤ちゃんはスヤスヤと眠っています。

 その寝顔を見守る綿貫さんは、まるで菩薩さまのようです。


 母娘の姿を見守っていたカミラの瞳から、ホロリと涙が零れ落ちました。


「だが、私は……」

「まだ罪の意識があるならば、これからは間違えないようにしようよ。あたしは、未来をあたしの全てを掛けて愛して、守って、育てていく。あたしの人生は、未来に出会うため、未来と生きていくためにあったんだって思ってる。未来が、あたしを救ってくれた。未来みくが、あたしに未来みらいをくれた。未来が生まれてきたことが間違いだなんて、あたしが絶対に言わせない。あたしは、未来と一緒に前に進むよ。カミラ、貴女はどうなの?」

「私は……私はたくさんの間違いを犯した。リーゼンブルグという国を守りたいがために、日本の多くの人を苦しめ、その人生を奪うことにもなった。それでも……それでも私だけではリーゼンブルグを救えず、国を破滅させてしまうところだった。でも、魔王様……ケント様が救ってくださった。私だけでなく、破滅に向かいそうだったリーゼンブルグまで救ってくださった。私のこの体は、血の一滴までも魔王……ケント様のものだ。もう間違えない、私はケント様のために……ケント様と共に歩んで行く」


 うん、めちゃくちゃ照れ臭いし、魔王様はやめてほしかったですね。


「うん、いいね。それならカミラ、貴女とあたしは未来に向かって歩んでいく同志だよ」

「ありがとう、サチコ。私は、貴女という人に出会えて幸せだ。貴女を心から尊敬する」

「やめてよ、あたしは王女様に尊敬されるようなガラじゃないよ」

「大丈夫だ、私ももう王女じゃなく一人の女だから」


 いつしか、このテーブルだけ張り詰めていた空気も和んだと思ったら、突然本宮さんがボロ泣きし始めました。


「うえぇぇぇぇ……早智子、えらい! すごいよ、早智子は! あたしも早智子に出会えて幸せだぁぁぁ……」

「ちょっと、ちょっと碧……って、貴子もかい!」

「早智子ぉぉぉ……かっこいい、かっこいいよ、早智子ぉぉぉ……」


 ボディーガードのように綿貫さんの両脇を固めていた本宮さんと相良さんは、綿貫さんを挟み込んで号泣しています。


「ちょっと、ちょっと、泣かれるのは未来だけで十分なんだけど……」

「早智子ママぁぁぁ……」

「誰がママやねん! って、やらせないでよ」


 綿貫さんにツッコミを入れられて、ようやく本宮さんは笑顔を浮かべてみせたけど、涙やら鼻水やらで結構酷い状況になってますね。

 影の空間から箱ティッシュを取り出して、手渡しました。


「おぉ、さすが国分、気が利くねぇ……」

「いやぁ、僕がボロ泣きした時のために用意してたんだけど、先を越された感じだよ」

「なに言ってんだ、折角の目出度い日に、国分が泣いてどうすんだよ」

「うん、分かってる。分かってるから、さっきも結構我慢したんだよ」


 と言いつつ、今も結構ウルウルしちゃってるんだけどね。


「てゆうかさ、次の料理はいつ出てくるんだ?」

「黙れ、八木。心配しなくても、帰る時には僕の眷属に総出でお見送りさせてやるよ」

「ふざけんな! 今日は一張羅を着て来てるんだから、やめろよ、絶対にやめさせろよ!」

「だってさ……」


 足元の影の空間に声を掛けると、即座に楽し気な声が返ってきました。


「わふっわふっ、やめろよ、絶対にやめろよはニホンのお約束」

「ばっか、国分、なに教えてやがるんだよ!」

「日本の常識?」

「小首傾げて可愛い子ぶっても駄目だ! 止めろよ、ちゃんと止めろよ」

「うん、うん、分かってる、分かってる。じゃあ、みんな楽しんで行ってね」

「ちょ、国分、おま……」


 八木がまだ何か言ってたみたいだけど、カミラを連れて他のテーブルも回りましょう。

 大丈夫、うちの眷属はちゃんと分かってるから。


 次に向かったテーブルは、ヴォルザードの人達です。

 マノンの母親ノエラさんと、息子のハミル、カルツさんメリーヌさん夫妻、そしてアマンダさんとメイサちゃん、美緒ちゃんとフィーデリアも一緒です。


「アマンダさん、嫁のカミラです」

「まったく、次から次だねぇ……ヴォルザードでの親代わりアマンダだよ、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」


 他の皆さんにも紹介したんだけど、ハミルとメイサちゃんはご機嫌斜めですね。

 まぁ、ハミルはいつものことだけど、メイサちゃんはお腹でも痛いんでしょうか。


 せっかくカミラに、僕の可愛い妹だよって紹介したんですけどねぇ。


「健人お兄ちゃんって、意外と鈍いよねぇ……フィー」

「そうですねぇ、ミオ」


 何だか美緒ちゃんとフィーデリアは思い当たることがあるようで……あぁ、算術の宿題が一杯出てるのかな。

 まぁ、せっかくのお目出度い席だから、メイサちゃんをイジるのは止めておきましょう。


 カミラを一通り紹介して回ったら、そこから先はお嫁さん五人とは平等に接しないといけませんね。

 てか、さっきから領主様と皇帝陛下に呼ばれてるんだけど、もう少し聞こえない振りしてちゃ駄目ですかねぇ……。

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