第720話 父たちの酒宴
※今回はケントの父親目線の話です。
「ケント、言葉は分かるようにしてあるんだな?」
「はい、でも父さんは、こっちに初めて来たので……」
「あぁ、分かってる。分かってるから、ディートヘルムを連れて、あっちに行ってろ」
私よりも少し年上に見える柄の悪い男が、健人にあれこれ指図をしている。
先程紹介してもらったが、この男が健人達の暮らしている土地の領主クラウス・ヴォルザードだそうだ。
正直に言うと、私が最も苦手にしているタイプの人間だ。
「お手柔らかに頼みますよ」
「あぁ、分かってる、心配すんな。というか、頭さえ壊さずに生かしておけば、お前の治癒魔術でどうとでもなるんだろう?」
「ちょっ、マジで流血沙汰とか勘弁してくださいよね」
「心配すんな、大丈夫だ」
「ホントかなぁ……唯生さん、だと荷が重そうなので、いざという時にはコンスタンさん、止めて下さい」
「ケントよ、男とは時には拳で語らうものだぞ」
もう一人、クラウスと同年代に見える体格の良い男は、頭頂部に耳がある虎の獣人のようで、バルシャニアという国の皇帝らしい。
一国の皇帝を家に招き、喧嘩が起こった時の仲裁役を頼むとか……私の息子はどんな生き方をしてきたんだ。
「父さん、冗談だとは思うけど、念のために注意しといて。怪我に関しては、僕が治癒魔術で何とかするから、とりあえず死なないように頑張って」
「分かった……と答えておくが、まぁ二、三発殴られるのは覚悟しておく」
「あー……その覚悟はお薦めしないかなぁ、元冒険者の酔っぱらいとか質が悪いからね」
「冗談だろ?」
「うん、八割……いや、六割五分ぐらいは」
随分と冗談である確率が低くないか。
それでも、ここに来るにあたっては、相応の覚悟は決めてきたつもりだ。
「おら、ケント、邪魔だから向こうに行ってろ!」
「はいはい、分かりましたよ」
クラウスに邪険に追い払われて、健人は年下の少年を連れて宴席を離れていった。
あの少年は隣国の次の国王という話だが、なぜ健人を魔王と呼んでいるのだろうか。
「おい、えーっと……」
「武人です、タ・ケ・ヒ・ト」
「タケ、こっちに来て座れ」
クラウスの誘いに応じて、テーブルを挟んで差し向かいの席に座る。
この男に関しては、健人の嫁になる唯香さんからメールで説明を受けている。
先代領主の次男で元冒険者、領主としては型破りだが相当有能な人物らしい。
それと、健人がこちらの世界で父親として慕っているらしい。
「タケ、お前は最低だ」
「えぇ、その自覚はあります」
私は、この手の男が苦手だが、対応できない訳ではない。
会社という組織の中で出世するためには、時には威張り散らすばかりで無能な男とも軋轢を生まずに済ませる必要もある。
「けっ、何が自覚はあるだ。お前は自分の息子がどれほど歪んでいるのか分かってるのか?」
「唯香さんから、メールで説明は受けています」
「そんなものは、知ってるうちに入らねぇよ! お前さんとケントが和解しているならば、外野がとやかく言う話でも無いんだろうが、それでも俺は言うぞ。ケントをあんなに歪にしたのは、お前だ、タケ」
そこからクラウスは、実際にどれほど健人が愛情に飢えていて、歪んでいたのか、実例を挙げながら語り始めた。
唯香さんとメールのやり取りをするようになって、私がこちらの世界に来た時には、クラウスを始めとして、健人の周囲の人間から、必ず責められることになると思っていた。
だが、それは健人が歪んでいるとメールで説明されて知ったような気になっていたのと同じで、一つ一つの事例が重く私にのしかかってきた。
仲間を守るために、大切な人を守るために、健人は無茶に無茶を重ねていた。
一緒に召喚された同級生が不祥事を起こし、彼らが追い出されなくても済むように健人が謝罪して回った話は特にこたえた。
私の知らないところで、健人がそれほどの苦労を重ねていたなんて知らなかったし、知ろうともしてこなかった。
「お前さんだけが悪い訳じゃない。だが、お前さんがしっかりしていれば、ケントはこれほどの苦労はしないで済んだはずだ。まぁ、何度も無理をさせている俺が言えた義理じゃないが、ケントの苦労を知って己の罪深さを感じ、ケントの功績を知って息子を誇りに思え」
「返す言葉もありません」
クラウスに続いて、コンスタンからも健人の話を聞かせてもらった。
ギガースという巨大な魔物を倒す戦闘能力や騎士の誇りを尊重する思いやり、私の息子は一角の人物に成長したようだ。
健人の話を聞かせてもらうと同時に、二人の娘と健人の馴れ初めも聞いた。
知り合う切っ掛けこそあれども、中身は政略結婚と呼んでもおかしくない。
だが、クラウスやコンスタンにとっては、それは当然のことのようだ。
「タダオから聞いているが、ニホンやチキュウの王族は自国や自領のために婚姻することは少ないらしいな。だが、こちらの世界は違う。飛び抜けた能力を持つ者と繋がりを持つことは重要だ。それこそ、健人が望むなら、どこの国、どこの領地でも喜んで嫁を差し出すぞ」
「いやいや、健人君なら地球の王族でも娘を嫁にと申し込んできますよ。なにせ小惑星まで破壊してしまうのですから」
クラウスの言葉を引き取った唯生は唯香さんの父親で、日本人だけあって話しやすい。
「唯生さんは、その……一夫多妻については、どう思われているのですか?」
「そうですね、正直初めて聞いた時には受け入れられませんでした」
「どうもすみません、うちの息子が……」
「いいえ、それは初めて聞いた時の話で、今は健人君を息子だと思っていますよ。何度も唯香と話をして、どれだけ健人君を信頼しているのか、どれだけ健人君を支えたいと思っているのか理解しましたから」
「ありがとうございます。健人は多くの理解者に恵まれて幸せ者です」
私としては、何気なく言った一言だったのだが、直後に突っ込まれた。
「いいえ、それは違いますよ、武人さん」
「そうだぞ、タケ。ケントは自分で掴み取ったんだ」
「そうでした。まったく私という人間は……」
自分がどれほど健人を不幸にしてきたのか、未だに自覚が足りないと気付かされると同時に、健人のために怒ってくれる人がいるのだと、愛されているのだと実感して嬉しくなった。
「武人さん、今の家族とは上手くいってますか?」
「はい、妻に言われて家族と過ごす時間を作って話をするようにしています」
「お子さんとも?」
「そうですね。健人には悪いと思いますが、娘とは多くの時間を過ごしてきたので、家族としての愛情を感じられています。健人の時にも、こうしていれば良かったのだと今更ながらに後悔しています」
「まぁ、我々が社会人になった頃は、まだブラック企業なんて言葉は無かった時代ですし、バブルが弾けて大変な時代でしたからね」
「そうですね。先輩たちから、あの頃は良かった……なんて言われても、まるで実感が無かったですからね」
日本の景気が下降する中で、自社を生き残らせるために、少しでも出世するために、がむしゃらに働き続けて、それが正しいと思っていた。
例え、形だけだったとしても、もっと妻や健人と一緒に過ごす時間を作っていたら、違う人生を歩んでいたのかもしれない。
「タケ!」
クラウスが瓶を突き出して酒を勧めてくる。
美味い酒なのだが、かなり度数が高い。
「いただきます」
「この酒は、ケントが初めて働きにいった農場で採れたリーブルを使った酒だ。そこの農場で働きを認められ、可愛がられて自分は変わったんだって健人は話してた」
「そうなんですか……」
本当に私は、健人について知らないことばかりだ。
健人が変わる切っ掛けをくれた農場の酒だと思うと、更に旨味が増した気がする。
「以前、健人から父親とどう関係を修復したら良いのか相談された事があったが、俺は無理に改善しなくても良いと言ってやった」
「えっ……?」
「だってそうだろう。親子で殺し合いをするなんて事例はいくらでもある。無理に距離を詰めようとしても、かえって険悪になることだってある。一人の人間同士だと考えれば、何も無理してベタベタ付き合う必要なんか無い。人には適度な距離ってもんがあるんだ、タケとケントの双方にとって丁度良い距離で付き合っていけばいい」
「そうですね、その通りだと思います。ただ……」
「ただ、何だ?」
「皆さんが健人から頼りにされているのに、自分が疎遠になっている状況は実の父親として情けないですね」
「はっ、そこまで面倒見る気はねぇぞ。頼りにされたいなら、頼られる人間になるんだな」
「ですね」
クラウスの言う通り、これは健人がどうとかいう問題ではなく、私がどうあるべきかの問題だ。
グラスに残っていたリーブル酒をぐいっと一息に飲み干す。
芳醇な香りが鼻に抜け、舌には年月を重ねたふくよかな味わいが残り、食道から胃がカーっと熱くなる。
「美味いなぁ……」
「だろう、こいつは年代物の逸品だ。飲め、飲め」
「いや、これ以上飲んだら明日起きられなくなりますよ」
「大丈夫だ。いざとなればケントが酒を抜いてくれるから心配するな」
「左様、左様、酒を飲むのに明日の心配をするなど無粋の極みだ」
「さすが皇帝陛下、よく分かってるじゃねぇか」
「バルシャニアの誇りにかけて、いくらでも付き合うぞ、クラウス」
「どうした、タダオ、酒が減ってないぞ」
「はぁ……しょうがないな。明日は俺も雷を落とされる覚悟をするか……」
苦笑いを浮かべて、唯生もグラスを差し出す。
健人が酒を抜いてくれるというのが良く分からないが、今夜の酒は長くなりそうだ。
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