第714話 女同士の話
※今回は唯香目線の話になります。
早智子は初めての出産だったので、それなりに時間は掛かったものの、シーリアさんの時に比べれば順調に終わった。
初めての授乳も問題無く済んで、母子ともに健康そうだ。
これから一ヶ月程度は、三時間おきぐらいに授乳しなければならないので大変になりそうだ。
暫くの間は、シーリアさんのお母さん、フローチェさんが見守ってくれるそうなので大丈夫でしょう。
いずれ自分も通る道なので、早智子には色々と話を聞かせてもらおうと思っているが、それはまた落ち着いてから……。
お手洗いに立ったフローチェさんが戻って来たら、家に帰ろうと思っていたのだが、眠っていると思った早智子が話しかけてきた。
「唯香、ごめんね」
「えっ、どうして早智子が謝るのよ」
「だって、あたしがシッカリしてないから、国分にあんな事を言わせちゃって……」
あんな事とは、健人の守る宣言の事だろう。
「違うよ、あれはたぶん、健人の家が複雑だったからだと思う」
「育児放棄……みたいな感じだったんだっけ?」
「うん、そう……」
健人は、ちょっと複雑な家庭で育った。
世間体のために結婚した父親からは愛されず、母親からも殆ど構ってもらえず、父方の祖母に育てられたそうだ。
祖母が他界した後は、月に何度かしか帰って来ない父親から生活費をもらい、夜な夜な遊び歩く母親とは顔も合わせないような生活を続けていたらしい。
こちらの世界に召喚された後、母親は夫を包丁で刺す傷害事件を起こした後、留置場で自ら命を絶った。
そんな家庭で育ったからか、健人は家族という存在に対して強い思い入れがあり、自分の周囲の人間に対して少し度を超した執着をみせる時がある。
早智子と赤ちゃんを守ると言った時の健人の目には、絶対に奪われてなるものか……という執着が感じられた。
「なんて言うか、健人の中では早智子も赤ちゃんも家族として認識されているんだと思う」
「それって、やっぱりあたしがシッカリしてれば……」
「ううん、早智子がシッカリしていても、健人は守るって言ったと思う」
「そっか……でも、あんな言い方されたら、良く知らない人だと勘違いしちゃうんじゃない?」
「うん……まぁ、それは諦めてる」
健人は、仲良くなった人達を自分の腕の中に抱え込んで守ろうとする。
その行動は女性から見れば誤解を招きかねない言動、行動なのだが、健人自身は無自覚だったりするから困る。
健人が下宿していた食堂のメイサちゃんも、シャルターン王国から助け出してきたフィーデリアも、リーゼンブルグから連れてきたマルツェラも、みんな健人に恋してる。
健人も健人で、三人を守ろうと思っているはずだ。
「日本にいた頃に愛情に恵まれなかったのと、こっちに来て誰かを守れる力を手にしたのが合わさって、感情が歪になっちゃったんだと思う」
「実際、あたしら全員、国分に助けだしてもらってるし、日本にも送り届けてるもんな。あの成功体験も影響してるんだろうね」
「うん、そうだと思う。あと、船山君とか、関口さんとか、何人か救えなかった人がいたのも影響してるんじゃないかな」
「あぁ、確かに……国分は優しいからなぁ……」
「うん、すごく優しい……けど、自分の体は無頓着だから心配」
健人は色んな魔法が使えて、自分が怪我した時でも自分で治療できちゃったりするからか、誰かのために動く時には自分の安全を顧みない時がある。
「この前の小惑星騒ぎの時も、けっこうヤバかったんだって?」
「そうだよ、ブースターって危ない薬を何本も使って、三日も目を覚まさなかったんだよ。このまま目を覚まさないんじゃないかって、ホントに心配したんだから」
「あぁ、それは駄目だな。てか、あたしも含めて国分に頼りきりだからなぁ……」
「早智子の頼み事ぐらいなら別にいいんだよ。倒れたり、命の危険があることじゃないから、その程度は全然OKだけど、ブースターは駄目。もう絶対に駄目」
「そう言えば、みんなを日本に帰す時も、結構苦しんでたよね」
「あー……属性魔法を奪った時ね。あれも苦しそうだったのに、私の治癒魔術は全然効かなくて、あぁ思い出すと落ち込みそう」
こうして思い返してみると、あまり健人の役に立っていない気がする。
この前の疫病騒ぎの時も、防疫マニュアル作成の手伝いはしたけど、健人には守ってもらってばかりだ。
「そう言えばさ、国分が八木に、あたしに関するネット上の書き込みを監視するように頼んでるみたいなんだ」
「やっぱり気付いてたか」
「まぁ、八木だからね。パソコンに向かって一人で賑やかに作業してたりするから……」
早智子に対する誹謗中傷の書き込み対策を八木君に頼む件は、健人から聞かされている。
ついでに、早智子には内緒にしておくようにも言われていたのだが、同じシェアハウスに住んでいる八木君に頼んだらバレるんじゃないかと思っていた。
そもそも早智子は勘が良い方だし、八木君は八木君で分かりやすいから、最初から無理があったのだ。
「あたしはネットの書き込みとか全く見ないから気にもならないし、子供が生まれたばかりなのに日本で裁判なんて起こす気も無いんだけどね」
「そうだよね。裁判とか面倒そうだし、その過程で嫌な思いしそうだものね」
「だから、もう八木には作業を中断してもらって構わないんだけど、国分が八木を支援するつもりでやらせているなら、止めない方が良いのかなぁ……って思っちゃてるんだ」
「そこは、健人に聞いておいてあげるよ。支援目的じゃなければ打ち切っても良いって伝えておく」
「うん、よろしく。それと、この子の名前なんだけど……国分に名付け親になってもらいたいと思ってるんだけど」
「うーん……それはやめておいた方が良いと思う。健人、その手の事に関してはセンス無いから」
「あー……そうか、普段の格好とかも結構……だからな」
健人は勿論良い人なんだけど、センスを要求される事に関しては、ちょっと……と首を捻ることが多い。
普段の服装も、ちゃんと洗濯して清潔ではあるのだが、サイズが合っていなかったり、色の組み合わせがおかしかったりするのだ。
「名前とか頼まれたら張り切って考えると思うけど、それが使われなかった場合には凹みそうだから……」
「あー……なんか、しょげてる国分が目に浮かんだ。名前は自分で考えるわ」
「うん、そうしてもらえると有難い」
「分かった、帰り際に引き留めてごめんね。それと、今日は色々ありがとう」
「じゃあ、今日は帰るね。何かあったら、コボルト隊に声を掛けて、交代で見守ってるから」
「それじゃあ、後で一杯撫でてやらなきゃだな」
早智子は撫で方が上手いと、コボルト隊から人気がある。
健人が早智子たちを見守るように言っていたし、そうでなくても交代で守っていたはずだ。
戻ってきたフローチェさんに、帰宅すると伝えてシェアハウスを出ると、健人が待っていてくれた。
「お疲れ様、唯香」
「迎えに来てくれたんだ」
「迎えに行くって言ったじゃん」
「そうだった、ありがとう」
「どういたしまして、さぁ、帰ろうか」
「うん」
健人が差し出した左手を握り、肩に頭を預けて歩く。
シェアハウスから自宅までは十分程の距離だ。
既に日付が変わっていて、倉庫街に歩く人の姿は無い。
「早智子が、ネットの書き込み対策はもう止めていいって言ってたよ」
「あぁ、やっぱり勘付かれていたのか、八木がボロをだしたのか……まぁ、綿貫さん本人が良いなら、対策は打ち切りにしよう」
「八木君の支援が目的じゃなかったの?」
「別に、八木じゃなくてもよかったんだけど、暇そうだったからさ」
「なるほどねえ……」
確かに冒険者として活躍している近藤君たちに比べると暇そうではある。
それでも、レンタサイクルは少しずつだが広まっているらしい。
一度自転車の便利さが広まれば、事業は上向いていきそうだけど……八木君だから、ちょっと心配ではある。
「マノンは、もう休んだのかな?」
「うん、唯香の代わりに動けるように休んでおくって」
「でも、そんなに遅くならなかったから、明日はいつも通りに治癒院に行けそう」
「でも、無理しないでよ」
「いつも無理してる健人が言っても説得力無いよ」
「そんなに無理しているつもりは無いんだけどなぁ……」
「してますぅ」
今はマノンも、ベアトリーチェも、セラフィマもいないから、ギュッと健人の腕を抱え込んで独り占めする。
こうしていると普通の男の子にしか見えないけれど、世界にたった一人しかいない私の大切な人。
「健人……一緒にお風呂入ろうか?」
「えっ、でも疲れてるんじゃないの?」
「もう、お風呂は疲れを取るところだよ、なにするつもり?」
「いや、それは……」
「健人のエッチ……」
「ぐぅ……ごめんなさい」
この後、二人でお風呂に入って、朝までギューって抱き合って眠りました。
ちゃんと私を愛してくれるなら、早智子が増えても大丈夫かなぁ……。
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