第711話 プロジェクトW
※今回はコボルト隊の隊長アルト目線のお話です。
俺の名前はアルト、ご主人様の忠実なる眷属コボルト隊を率いるリーダーだ。
我々の使命は、ご主人様の意のままに手足のごとく働くこと。
今回、我々はリーベンシュタインの疫病封じ込め作戦の支援を命じられた。
リーベンシュタインと言えば、新コボルト隊による連絡網を拒否した領地だ。
そんな領地など、どうなっても構わないと思うのだが、ご主人様は領民には罪は無いから手を貸すとおっしゃる。
まったくご主人様はお優しい、リーベンシュタインの者共は腹を見せて感謝すべきだろう。
今回の疫病は、罹った人がバタバタと死んでしまう恐ろしい病気だそうだ。
このまま放置すると、リーベンシュタインの周辺の領地にまで広がってしまう恐れがあるそうだ。
もっとも、我々コボルト隊は病気に罹る心配など皆無なので、例え恐ろしい疫病が流行している地域であっても万全の活動が可能だ。
ただし、我々の体に病気の素となる物が付着してしまう恐れがある。
我々を介して、ご主人様の大切な人達に病気が移り、亡くなってしまわれるような事態は絶対に避けなければならない。
そこで我々は、魔の森の訓練場にコボルト浴場を開設した。
守備隊に作られたプールを参考にして、土属性の魔術で地面を掘り固め、水はザーエ達に頼んで満たしてもらった。
リーベンシュタインなどに支援物資の輸送を行った者は、コボルト浴場にて除菌効果のある石鹸で入念に体を洗うように定めた。
「全員、毛の根元までしっかり洗え! マイホームに菌を持ち込むな!」
「わふぅ、分かりました!」
我々コボルト隊の誇りである漆黒の毛並みが、薬用石鹸によってモコモコに泡立って羊のようになっていく。
「羊が一匹……羊が二匹……羊が……」
「寝るな、キルト!」
「わふぅ! 失礼しました!」
「コルト! 石鹸の使いすぎだ!」
「わぶぅ……わぶるぅぅぶぅぅ……」
「何を言ってるのか分からん! 泡を流してから喋れ!」
「わぶぅ……」
まったく、コボルトの形が分からなくなるほど泡だらけにしおって……。
我々コボルトが、菌さえ残さず体を洗うのは大変な作業だが、大切な人達の健康を守るためだから手を抜く訳にはいかない。
それに、体を洗うのは悪い事ばかりではない。
石鹸の良い香りがすると、ご主人様が普段以上に入念に撫でてくれるのだ。
なんなら、ギュッと抱き締めてもくれる。
冬場にはよく抱き締めてくださるのだが、今のような暑い時期には、なかなかギュッとしてくれる機会は少ない。
その貴重な機会を演出してくれるのならば、風呂に入るのも、体を洗うのも苦にはならない。
どれ、私もしっかり洗っておくか。
「わぅ、隊長、今日は配達行ってないよね?」
「なっ……俺は配達に行った連中とも接する機会があるから、念のために体を洗っておく必要があるのだ。目に見えないと思って、菌を甘くみるなよ!」
「わふぅ、分かりました」
ふぅ、危ない危ない、ご主人様にギュッとしてもらうために体を洗うなんて、隊員達に知られたら隊長としての威厳が無くなってしまうところだった。
ご主人様のところに行くまでに、しっかり洗い、しっかりと乾かしておく。
折角、入念に体を洗っても、生乾きのまま放置してはいけない。
生乾きだと雑菌が繁殖して体が臭うようになってしまう。
我々にとっては、ちょっと臭いが強め……程度に感じるだけなのだが、ご主人様の好みではないらしい。
こうなると、ギュッとしてもらえるどころか、あんまり撫でてももらえなくなってしまう。
ご主人様の好みに合わせるのは大変なのだが、完璧にマスターした俺に死角は無い。
「わふぅ、隊長、ご主人様が呼んでるよ」
「わぅぅ? いや、まだ乾きが甘い……いや、すぐ行く……」
なんという事だ、折角体を洗ったのに、まだしっとりレベルにしか乾いてないではないか。
かと言って、ご主人様をお待たせする訳にもいかず……わぅぅ、ギュッはお預けか。
「わふぅ、お呼びですか、ご主人様」
「うん、あのね……ん? 雨降ってる?」
「わぅぅ、配達に行った者と接触する機会があったので、体を洗ってました」
「そっか、乾かしてる途中だったんだ、ごめんごめん、じゃあ乾かしながら話をしようか」
「わふぅ、伺います!」
ふぉぉぉ、ご主人様、直々に風と火の混合魔術で毛並みを乾かして下さるとは……なんたる幸運……。
体の隅々まで、ご主人様の魔力が染み渡っていくようで……はぁぁ、気持ちいい。
「リーゼンブルグの状況も落ち着いてきたし、物資も十分に行き渡ったみたいなんで、コボルト隊による配達は終わりにしようと……って、アルト聞いてる?」
「わぅ? き、聞いております。支援物資の配達を……」
「そう、そろそろ終わりにしようと思ってる。梶川さんから融通してもらった物資の残りは、ランズヘルトの各領地で備蓄してもらう予定だから、その配達で最後ね。はい、乾いたよ」
「わふぅ、ありがとうございました」
「うん、石鹸のいい匂い」
ふぉぉぉ、ご主人様に乾かしていただいただけでなく、ギュッってしてもらえるなんて……今日は本当に良い一日だ。
「それでね……アルト、聞いてる?」
「わ、わぅぅ、聞いております」
「疫病対策から人員を引き上げたら、今度はプロジェクトWに人員を常駐させてもらう」
「わふぅ、サチコのお産でございますね?」
ご主人様のご友人サチコのお産が近づいている。
プロジェクトWのWは、サチコの家名であるワタヌキを指している。
サチコ自身も準備を進めているようだが、ご主人様は万全の体制を敷くつもりだ。
「うん、見守り役、僕への連絡、唯香への連絡、チームへの伝達のフォーマンセルで動いてもらう」
「わぅ、既にチーム編成は終えてあります」
「運搬チームは?」
「準備できております」
ご主人様曰く、サチコはギリギリまで仕事を続けるつもりでいるらしい。
もし仕事場であるアマンダの食堂で産気づいた場合には、我々がシェアハウスまで搬送する事になっている。
ご主人様の世界の運搬器具、リヤカーを改造したものに布団を敷き、サチコを乗せて運ぶ予定だ。
「搬送チームは、予想されるルートでの訓練を重ね、最も振動が少なく、効率良く進める速度の見極め作業を終わらせております」
「えっ? それって実際にリアカーを引いて走ってみたの?」
「わふぅ、真夜中ならば目撃される心配はございません」
「そうか、じゃあ準備万端だね?」
「わぅ、お任せください」
「うん、よろしく頼むね」
満足そうに頷いたご主人様、俺を存分にモフられた後、疫病支援の配達を担当していたコボルト隊を呼び出して、片っ端からモフりまくった。
時間は既に、日にちを跨いだ深夜にも関わらず、我々眷属との時間を大切にして下さるご主人様は本当にお優しい。
そして、ご主人様の先見の明は確かだ。
翌日の午後、サチコがアマンダの食堂にいる時に産気づいたのだ。
「あいたたた……始まったみたい……」
「大丈夫かい、サチコ。なんなら、うちの二階で……」
「わふぅ! 我々がシェアハウスまで搬送いたします」
「あぁ、国分のところのコボルトちゃん、頼むね……」
「わふぅ! 任せて!」
搬送チームのシルトとスルトが手を貸して、サチコを店の裏口から連れ出す。
既に、サルト、セルト、ソルトが影の空間から布団を敷いたリアカーを引き出して待ち構えている。
「あんた達、そーっと運んでおくれよ」
「わふぅ、大丈夫!」
プロジェクトW運搬チームが検証を重ね、歩くより少し速い程度の速度が一番振動が少ないという結果を得ている。
リヤカーのタイヤと街の舗装の具合によるのだろう。
思ったよりも、ゆっくりとした速度で動き出したリアカーを見て、アマンダも安心したように頷いていた。
「わふぅ! 妊婦を運んでるから道を空けて!」
「わぅ、道を譲って!」
シェアハウスは倉庫街の中にあるので、馬車や通行人がぶつからないように大きな声で呼び掛けながら進む。
「これは、ちょっとハズいかも……」
「わぅ、サチコは贅沢言わない」
「はい、ごめん……」
シェアハウスには、ご主人様や唯香様、マノン様も到着なさっていた。
その他、シェアハウスを預かるフローチェや娘のシーリアも待っていた。
サチコが無事にシェアハウスに入ったのを見届けて、我々のプロジェクトWは完了した。
「みんな、お疲れ様、完璧!」
「わふぅ、撫でて撫でて!」
「うちは、お腹いっぱい撫でて!」
思う存分、ご主人様に撫でてもらい、搬送チームはリアカーを引いて影の空間へと戻っていった。
「アルトもありがとう。通常業務に戻っていいよ」
「わふぅ、分かりました」
お腹までは撫でてもらえなかったけど、ご主人様はちゃんと俺も撫でてくれた。
コボルト隊の隊長の任務は激務ではあるが、ご主人様にいっぱい撫でてもらえる。
マルト、ミルト、ムルトを除けば、俺が一番撫でてもらっているはずだ。
といっても、ご主人様はみんなに満遍なく愛情を注いでくださる。
その中で、沢山撫でてもらうためには、努力を惜しんではいけないのだ。
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