第704話 支援を終えて帰宅して……
夢中になって作業に没頭すると、周囲の状況が見えなくなるのは僕の悪い癖です。
支援物資の配送をコボルト隊に分担してもらい、僕は主に状況の悪い場所に行ってエリアヒールを使って治療を行っていたのですが、気が付くと夜になっていました。
『ケント様、そろそろ休まれた方がよろしいですぞ』
「ふぇっ……あぁ、もうこんな時間なのか、道理で疲れたと思った」
『昼食も食べていらっしゃらないのでは?』
「あっ……忘れてた」
『それでは体力が続きませぬぞ。疫病対策は一日で終わるものではございませぬ。ある程度の長期戦を想定して動かれませぬと、途中で息切れすることになりますぞ』
「そうだね、今日はもうヴォルザードに戻って休むよ」
支援物資の配送も、二十四時間体制で行う訳ではないので、コボルト隊も一旦撤収してもらいました。
また明日から頑張りましょう。
影移動で自宅に戻って風呂場を覗くと、丁度誰も入っていませんでした。
入口の札を男湯に付け替えてから、脱衣所で服を脱いで風呂場に入りました。
まずは体を洗ってから、のんびりお湯に浸かろうと思い、頭をワシャワシャと洗っていたら風呂場の戸が開く音が聞こえました。
誰かと確かめようにもシャンプーの泡で目が開けられません。
「ケント――――ッ!」
「はぁ? メイサちゃん?」
ととと……っと、足早に近付いて来たメイサちゃんは、ぎゅっと背中に抱き付いてきました。
「おかえり、ケント」
「ただいま……って、泡が……目がぁぁぁ……」
「もぅ、しょうがないなぁ、あたしが流してあげる」
「ありがとう……って、メイサちゃんが急に抱き付いてくるからでしょ」
「そうやって、人のせいにしちゃ駄目だってお母さんが言ってたよ」
「ほほぅ、それじゃあメイサちゃんも算術の宿題は全部自分でやらなきゃ駄目だね」
「宿題、ちゃんとやったもん! ちょっとだけ残ってるけど……」
「あははは……ちょっとねぇ、ホントにちょっとなのかなぁ……」
「きぃぃぃぃ……ちょっとだもん、ホントにちょっとだもん、ケントのクセに生意気ぃ!」
「あははは!」
疫病によって悲惨な状態に陥っている人達を見続けてきたので、自分でも気付かないうちに少し気持ちが落ち込んでいたみたいですが、メイサちゃんのおかげでブルーな気分が吹き飛びました。
「おかえりなさい、ケントお義兄ちゃん」
「おかえりなさいませ、ケント様」
「えっ、美緒ちゃんにフィーデリアも?」
「メイサちゃんばっかりじゃズルい」
「私達もご一緒させて下さい」
「いや、いいけど……」
前にも一緒にお風呂に入っているから、今更と言えば今更なんだけど、二人ともちょっと前を隠しなさい。
そろそろお年頃なんだから、少しは恥じらいというものを持って行動してもらわないと……まったく、けしからん!
メイサちゃんと美緒ちゃんは、まだお子ちゃま体形ではあるものの胸が膨らんできていますし、フィーデリアは二人よりも成長しています。
ここで変な気を起こそうものなら、後で唯香の正座アンドお説教フルコースになりそうなので、体を洗い終えたら腰にタオルを巻いて湯船に浸かりました。
ふっふっふっ……タオルの裏側には闇の盾を装備して、万が一の事態が起こってもエスケープさせられるように備えていますよ。
てか、この状態で闇の盾に衝撃が加わって消失してしまったら……僕の何がちょん切れてしまう恐れがあります。
それでも、この三人と一緒の時に、元気になった姿は見せられませんからね。
万が一の時には、激痛に耐えながら自己治癒魔術で何とかしましょう。
いっそ、欠損部分を補う時に、これまでよりもサイズアップさせて……いやいや、そんなフラグは要りません。
「今日は何して遊んでたの?」
「午後からプールで遊んだよ」
「おっ、メイサちゃん、泳げるようになった?」
「んー……ちょっとだけ」
「あたしは泳げる」
そう言うと、美緒ちゃんは湯船で平泳ぎを始めた。
こらこら、お風呂で泳ぐんじゃありません。
うちの湯船は眷属のみんなが乱入してきても大丈夫なように大きく作ってあるので、ホテルの大浴場並みの広さがあります。
だからと言って、こちらに背中を向けて平泳ぎなんてしたら、色々見えちゃうでしょうが……。
「私も少しなら泳げますよ」
そう言うと、フィーデリアは日本の古式泳法のような体を横に向けて、斜め上を見るような体勢で泳ぎ始めた。
こっちも色々と見えちゃうから、止めなさい……けしからん。
「ケントは、何して……いや、やっぱいいや……」
メイサちゃんは、僕の今日の行動を訊ねかけ、途中で口ごもるように止めました。
「疫病の話は怖い?」
「うん、ちょっとね。でも、それよりも疫病の話をしたらケントが休めないから」
おや、これはちょっと意外ですね。
これまでのメイサちゃんだと、聞きたいことは何でも聞いてきたんですが、いつの間にかこんな気遣いが出来るようになったんですね。
「大丈夫だよ。ここには疫病に苦しんでいる人はいないし、それにメイサちゃん達にも疫病の事は知っていてほしいからね」
「そうなの?」
「うん、ヴォルザードでは絶対に流行しない……なんて保証は無いからね。今のうちから予防法は覚えておいて」
「あたし知ってる!」
元気よく手を挙げたのは美緒ちゃんです。
「じゃあ、美緒ちゃん答えてみて」
「手洗い、うがい、密にならない!」
「ははっ、まあ正解かな」
美緒ちゃんの答えは、インフルエンザなどの飛沫感染を意識したものですが、今回の疫病は恐らくですが経口感染だと思われます。
疫病の症状は、下痢、嘔吐、発熱などで、呼吸器系の疾患というよりも、消化器系の疾患のように見えます。
なので、患者が出た場合の対応や、調理の現場での対応について話をしました。
特にメイサちゃんの家は食堂を営んでいますから、食中毒の防止にも役に立つはずです。
「それを注意すれば疫病は防げるの?」
「完全に……というのは難しいかもしれないけど、何もしないよりは遥かに良いし、今回流行している疫病の他にも病気を起こす細菌はあるからね」
「うちのお母さんも店の掃除はうるさいし、特に台所はいつも念入りにしてるよ」
「そうだね、アマンダさんは綺麗好きだからね。今度、日本からの消毒薬とかも持っていってあげるよ。夏場は物が腐りやすいし、食中毒も起こりやすいからね」
「ホントに? じゃあ、あたしが使い方を覚えて、お母さんに教えてあげる」
「そうだね」
今回の疫病の流行を機会に、ヴォルザードの学校とかで衛生教育をするのはどうだろう。
子供から細菌やウイルスといった知識、衛生観念を身に付けていけば、経口感染する疫病の大流行は防げるような気がする。
明日にでもクラウスさんにお願いしておきましょうかね。
「フィーデリア、シャルターン王国では疫病が流行したことは無いの?」
「私が生まれてからはありませんが、三十年ほど前に酷い流行があったと聞いています」
「それは、シャルターン王国だけで流行ったの?」
「いいえ、周辺の国でも多くの死者が出たそうです。咳が止まらなくなって、息が出来なくなって亡くなる恐ろしい病気だと聞いています」
たぶん、シャルターン王国で流行したのは新型インフルエンザのような呼吸器系の病気でしょう。
対策を講じるのは、こちらの病気の方が大変そうです。
「国民の半数が亡くなり、国が立ち行かなくなる恐れもあったそうです」
「それは怖いね。そうした病気が流行しないように祈るしかないね」
「はい、ですが、その病が流行ったのは冬だったそうです。先程の対策で大丈夫なのでしょうか?」
「病気の種類が違っているみたいだから、対策も少し変わってくるけど、基本は細菌やウイルスを体の中に入れない事。そこを徹底していけば流行は抑えられるはずだよ」
とは言え、日本のような衛生状態ではありませんし、医療体制にも大きな違いがあります。
ヴォルザードには人工呼吸器などの設備はありませんが、病気を根本的に治してしまう治癒魔術が存在しています。
両方の良い所取りが出来れば最高なんでしょうが、ある物を最大限活用して対応するしかないでしょう。
話をしている最中に、僕の胃袋が盛大に鳴りました。
「ケント、まだ夕食食べてないの?」
「うん、忙しかったからね」
「じゃあ、あたしが作ってあげる」
「あたしも手伝う」
「私もお手伝いさせて下さい」
「じゃあ、三人にお願いしようかな」
「任せて!」
三人がキャイキャイ言いながら風呂場から出ていったところで、股間の闇の盾を解除しました。
うん、僕のなには無事でしたよ。
さてと……ちょっとスッキリしてから夕食にしますかね。
風呂から出て、Tシャツと短パンに着替えて食堂に行こうとしたのですが、唯香に捕まってお説教されました。
いや、だって三人が勝手に入ってきたんだから、僕は悪くないと思う……なんて言いませんよ。
そんな事を口にすれば、お説教の時間が延びるだけですからね。
はぁ……お腹空いたなぁ。
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